正面からちょっかいを


 身支度を整え朝食を済ませると、馬車で聖教会に引き返した。

 白ローブに案内されて応接室に通され、ボリバル司祭がやってきた。


 挨拶の後で、ボリバル司祭がおもむろに切り出した。


「エルクさん、あなたは王家の方だというお話を学院から聞いたのですが、詳しくお聞きしてもよろしいですか?」

「申し訳ありません。国の名、家名はお教えできません」

「聖教会はすべての国に教会があります。それぞれの国、王室とは友好的な関係を築いています。……ですが、エルクさんに関しては、私たちも存じ上げないのです。教えていただけませんか?」


「……私は、あの国での継承権を、公式には認められておりません。もし公になって王位簒奪者だと、とがめを受けた場合には、抵抗せざるを得なくなります。その場合には、私の戦闘力を使うことになり、多くの人を傷つけることになるでしょう。知り合った者たちも傷つけてしまう……最悪の場合……王位請求者として領主たち、冒険者たちをも巻き込んだ戦争を起こさざるを得なくなります」

「……」

「ですが、私は王位を自分から請求するつもりはありません。王位継承権を持つ者の地位も、要求するつもりはないのです。学院に通って勉強をし、平和に暮らしたいと思っているのです。……勇者になれるのならばなってみたい、私の力を、みんなを幸せにすることに役立てたいと思っています」

「……わかりました。私たちは勇者の資質を持つ者を探しておりますが、もし王位継承権を持つ方であった場合、大変複雑な問題が生じるのです。……魔王を討伐した勇者は民たちから慕われます。それが、平民であっても、自分の王位を脅かすのではと王たちは恐れるのです。王たちの脅威とならないようにしなければなりません。勇者たちが務めを果たした後は、聖ポルカセス国で暮らしていただきました」

「理解できることです。それで勇者のその後についての本がないのですね」

「はい、その通りです。エルクさんが勇者として魔王を討伐すると、継承問題が複雑になるでしょう。戦争が起きてしまうことを聖教会は良しとしないのです」


 理屈は通っているが……薄っぺらに感じるのはなぜだろう?


「私は、生まれを否定することは出来ませんが、あの国を治めたいとは思いません」

「……わかりました。ではエルクさんに聖ポルカセス国に行っていただくお話をしましょう」




 ボリバル司祭から、聖教会からの案内人と一緒に聖ポルカセス国聖都ウトリーに赴くこと、出立の時期については今しばらくかかることを聞いて、僕は聖教会を辞した。




 聖教会の門に向かう途中で、馬車の床下に作られた抜け穴から光学迷彩を起動して抜け出し、ボリバル司祭の後を追った。

 ボリバル司祭の執務室に入り込むとすぐに、訪ねてきた者がいた。


「ボリバル司祭、あの者はどうなのだ?」

「……ギジェルモ司教……、どうぞお座りを……」


 ボリバル司祭はギジェルモ司教と呼ばれた老年の男に、執務机についたまま、声をかけた。


「……フラゼッタの王位継承権を持っているようではなかった。やはりノルフェだろう。あそこの王たちもお盛んだからな。……ギジェルモ司教、あなたには関係しないということだな。エルクとその周りの者には手を出さないように」

「だが、しかし……あのエルフと親しいそうだぞ」


 ボリバル司祭から、にこやかな笑顔が消えた。


「……あなたには、関係しない、と言った」


 ボリバル司祭をにらんだギジェルモ司教の顔が、赤くなっていく。


「あなたは命じられたことをしていればいい。余計なことに口出しせずにな」

「しかし、あのエルフと親しいとなれば、こちらにも関わることだ」


 ボリバル司祭の口元が歪み、意地の悪そうな顔になった。


「ギジェルモ司教。勘違いしてもらっては困る。ここで命令を出すのは私だ。おまえは従っていればいい」


 ギジェルモ司教は、ますます赤くなる。


「……そうして、感情をすぐに顔に出す、よくも司教まで登れたものだ。ああ、お楽しみを分かち合ったか。始末はしておけよ、手を煩わされるのはごめんだ。あの子どもたち……聖教会の評判を落とすようでは、報告したほうがいいのかね? どう思う?」


 ギジェルモ司教の顔が赤から青に変わり、ポカンと口を開けた。


「知らないとでも思ったのかね。尻尾のある者もお好みとはな。もっと職務に集中してほしいものだ。下がっていいぞ」


 位が下のはずの司祭が、司教に命令? 面白い構図だな。




 僕はギジェルモ司教が出ていくのに合わせてついていった。

 自分の執務室に足音高く戻ったギジェルモ司教は、白ローブたちに怒鳴り散らした。


 血圧上がると良くないよ。……使えるかな? 外側から影響を与える実験には丁度いいね。

 憤まんやるかたない司教は、突然、胸を押さえて苦しみだした。


「む、胸……が……」

「司教様!」

「……む、胸が……背中が……くるし……」

「司教様!」


 慌ただしく白ローブたちが出入りし、聖教会の治癒師が呼ばれた。


「……司教様はいかがでしょう?」

「興奮されて、心の臓に負担がかかったのでしょう。今は落ちついたようです。お休みになってもらってください」

「……心の臓」

「ええ、お歳ですし、あまり興奮すると止まってしまうこともあるのです。そうなればもう……。滋養のあるものを差し上げて、しばらくお休みになってもらうのがよろしいでしょう」



 ギジェルモ司教が運び出され誰もいなくなった執務室で、僕は室内を物色する。

 うまくいったかな。心臓の冠動脈を魔力でつまんでみたけど、狭心症か心筋梗塞にできそうだ。


 普段から、血圧には気をつけたほうがいいよね。エイリークのときに使えたら便利だったのにな。王都エステルンドの時より上手くはなってる。専門校の治癒に関する資料のおかげかな。



 机、棚、そして壁際に置かれた鍵のかかった箱から興味深い資料が出てきた。

 ほほう、やっぱりか。聖教会を、魔王討伐を差し置いて侵略に注力するのはだめってことね。そのためなら、か……。

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