未熟は言い訳にならない
一行は大きな正面玄関から領主館をでて、馬車は広い正門をとおる。
「先に言っとくね。僕は勇者じゃないからね。白く光る剣で、みんなが勘違いしてくれて助かったけどね」
「……聖剣じゃないのか?」
「ちがうよ、ダーガ。僕の作った魔剣、かな」
「……作った?」
「うん、いろいろとね、作れるんだ。これは魔力を流すと白く光るだけの剣。かっこいいでしょ?」
……「ブォン」とかの効果音や音楽が流れるように出来ないかな?
「……王家の跡継ぎとか……」
「あ、それは、ラドが勝手に言ってるだけ」
「それより、あの、あの、人が動いて、こ、声が聞こえるのは何? あんなの見たことない。あれはなんなのよ!」
「まほー。マルニクスだっけ、あの人にも言ったけど知らない魔法はあるんだよ、オルガ。勉強しに『学院』ってとこにいってみたいなぁ」
僕の馬車はカルミア商館から少し離れたところで止まった。そこにはアザレアたちの乗る馬車が待っていた。
「僕とラドはここで降りるよ。ダーガとオルガ、ロッテはこのままギルドまでこの馬車でどうぞ。じゃ、またねー」
「アザレア、様子は?」
「やつらは全員揃っています。裏口と倉庫にはラドの部下がいます」
「よし。じゃあ、訓練通りいこう。奴らは二階の応接室に集まってる。なるべく殺さないようにね。さぁ、懲らしめようか」
馬車をカルミア商館の入り口につけ、通りを渡ってきたラドの部下と共に正面玄関に押し入る。
「は?」
突入前から詠唱していたアザレアとオディーが、玄関ホールにいた者を風魔法で吹き飛ばした。二階へと続く階段を駆け上がる。僕は大きな両開きの扉に手をかけ、勢いよく押し開いた。
「やあ、皆さんお揃いで。お出迎えありがとね」
「え? あら? ボクちゃん?」
女性の甘ったるい声がかかる。うん、あの熱い夜が……いやいや、お仕事しないと。
「おまえは!」
「オットーだっけ、久しぶり。それから、皆さん今までちょっかいありがとう、お礼に来たよ」
「エルク!」
「そう、エルクだよ」
バルブロは白髪の眼光鋭い高齢者。ペッテルは傷だらけの顔をした大男。オットーの隣にはフォルカー、ひょろりとした中年。インガは美しい顔で肉置きがよく、艶気がある女性。でも性根はねぇ。
全員が立ち上がり、僕を険しい目で睨みつける。
「誰に断わって入ってきた!」
「あれー? 皆さん、領主館からの連絡を待っているんですよね? 僕が連絡係りだよ。それともあれかな、僕はフリッツに捕まってるとでも思ってた?」
バルブロたちが顔を見合わせる。
「あ、伯爵家には僕の方から説明しておいたから大丈夫だよ。伯爵は自分で始末をつけなきゃいけない事が出来て忙しくなったんだ。で、君たちは僕が貰ったから。まあ、ちょっかい出した分はしっかり払ってもらうね」
「突然入ってきてガキが何を言っている! どうしてお前が?」
「さっきね、エグモントとフリッツがここでどんな話をしたか、伯爵に報告したんだ。で、皆さんのことは、僕がもらえることになったからね。そこ!」
入り口と反対側の扉に向かおうとしたオットーに、光の矢が走る。
バシッバシッ!
背中に当たって音を立てた。衝撃を受けたオットーはうつ伏せに倒れ込んだ。
「威力は抑えてるけど、痛いでしょ? おかしな動きをしたら威力落とさずに打ち込むよ。狂鹿倒したやつだから、痛いじゃすまないからね」
ペッテルが剣を抜いて、低い体勢でエルクに向かってくる。数本の光の矢が胸板に当たり、壁まで吹き飛ばされた。
「モーリッツ! モーリッツ!」
バルブロが大声を上げた。
「呼んでもムダだよ。誰も来ないよ。そうそう、モーリッツならこっち側についてもらったから。上がいなくなったら怖いお兄さんたちの統制が取れなくて、街の人に迷惑がかかるでしょ? 今日からまとめ役をしてもらうんだよ」
インガが手を振り上げ、何かを僕に投げつけた。
カカンッ!
と、音がして、僕の眼前に二本の針が宙にとどまる。
「僕の事マルニクスから聞いてないの? 知らない魔法を使うって。……この針には、毒は塗られてないようだね」
僕が手をふると針が床に落ちた。
「もう、あきらめなよ。今までどんな悪い事してきたかしゃべって、罰を受けてもらうよ」
憎々しげに僕を睨みつけるインガの後ろで、バルブロが懐に手を入れた。
「まだなにかする? もう無理だと思うよ。侮ってもらっては困るんだよね」
僕が軽口を叩いている間に、バルブロは懐から出したものをあおった。手から陶器の小瓶が落ちる。
「グッ! グガァー!」
声を上げて倒れ込んだ。胸を抑えて痙攣したが、すぐに動かなくなった。
「くっ、毒か! ……もっとあがくと思ったのに。罰を受けずに逃げられたか!」
……えっ? 魔力が、放出されてる? 身体の中に魔石がある!
「みんな、バルブロから離れて! おかしい! バルブロに魔石がある!」
ラドたちは距離を取ったが、インガたちは動かなくなったバルブロから目が離せなかった。
「魔石の反応が大きくなる。なんだ? 魔力を物質化したのか? まずい、狂鹿のボス並みの魔力に!」
バルブロの身体のあちこちが不規則にボコリボコリと盛り上がる。服が弾けてバルブロの体が大きくなっていく。
……変身? 待っててもしょうがないから、変身前に叩く!
僕は光弾を打ち込む。幾筋もの光跡がバルブロに走り、弾けた。
服と肉の焼ける匂いがして、肉片が飛び散る。頭と首にあたった光弾は脳を焼いているはずだけど、動きが止まらない。
服を裂きながら天井に届くほどになった。体のあちこちから、ずるずると六本もの触手が伸びてくる。触手の先が、「カパッ!」と音を立てて鋭い牙の生えた口を開けた。六本の触手は蛇になった。
バルブロの首が光の矢で折れたらしく、左に頭が垂れている。眼は白く膨れ、口からは膨れ上がった舌が飛び出している。肩のあたりが盛り上がり、爬虫類の頭に形を変えていく。
床に座り込み、呆然と見上げるオットーに、蛇の一本がチロチロと口から舌を出しながら近づいた。
「は?」
ばくんっ!
蛇はオットーの頭と肩を
「さがれ!」
僕は蛇のバルブロを重力魔法と防壁で床に押さえつけ、防壁の内側に光弾を放つ。
防壁に複雑に反射し、繭のようにバルブロを取り巻いて炸裂させる。肉体が削られ穴だらけになったが、見る見るうちに修復していく。
蛇の太さが脈動するように太く、細く、変化する。
……なんだ? 防壁の魔力が薄くなった? いや、中和?
そう思った瞬間、細い蛇が防壁に穴を開けて飛び出してきた。
「エルク様!」
両隣のラドとアザレアが僕を庇おうと前に出る。
ずどっ!
ラドの下腹に蛇が突き刺さった。
「ちっ! くそっ!」
僕は剣を抜いて蛇を切り落とし、左手でラドに突き刺さった部分をつかむ。同時に蛇のバルブロに球状に重力をかけ更に固定する。防壁に魔力を注ぎ直して強化する。
「ラド! 手を離せ! 引き抜く!」
目を見開いて下腹を押さえうずくまるラド。僕は剣を放り出して、蛇の頭を引き抜き、防壁で包んで数千度の熱で灰にする。
両手でラドの下腹部からあふれる腸を抑え込み、治癒魔法をかける。
ちぎれた腸をつなぎ、溢れたものが汚染しないよう浄化魔法を使って取り除く。神経、血管など、すべてが元通りになるようイメージし魔力を流し込む。ラドの魔力が急速に失われる感じがあり、魔力供給も行う。
「エルク様、蛇がまだ狙っています!」
アザレアが、僕とラドを庇って蛇との間に剣を構えて立つ。
「アザレア! 僕は大丈夫だ! ガランのブレスでも傷つかない! みんなを部屋の外に出して!」
ラドの傷を治療し、顔色を観察した。
「ラド、すまない。相手を見くびった。僕の油断だ」
「……いえ……エルク様……痛みも……和らぎました……」
バルブロに向き直る。
「やってくれたね。もうバルブロの意識はないかもしれないが、許さない。八つ当たりを受け取ってもらう!」
太い光線が僕の体の周りを回転する。
外に被害を及ぼさないように、館にいるもの全員とカルミア商館全体に防壁をかける。光線は回転する半径を広げ、数を増す。光線は壁を突き抜けて、防壁に包んでいる者を避け、外の防壁で反射するようイメージする。
バルブロの防壁と重力魔法を解き、光線を一気に放つ。
びゅきゅきゅきゅきゅきゅっ!
バルブロの身体に拳大の穴が空く。発せられる熱を魔法で冷却する。
肉体を蒸発させて突き抜けた光線は弧を描き、防壁に反射して戻り、バルブロの身体に、蛇に、再び穴を空ける。
最後に心臓に融合している赤い大きな魔石に向かい、強烈な光を放って、バルブロのすべてを消滅させた。
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