涙はまだ流せない
消えていった二人のいた場所にたたずむ僕に、誰も声をかけてこなかった。
「……クレマ司祭」
「はい」
「そいつは……だれだ?」
クレマ司祭とラドが取り押さえている男を、僕はゆっくりと振り向いて見つめた。
「ひっ!」
男は僕と目が合い、失禁した。
「くっ、こいつは、こいつはカトルセ助祭。クアトゥロ司教の施設の者です」
クレマ司祭とラドは失禁した男を押さえながら、なるべく身体を離した。
「ラド、クレマ司祭。もう離していいよ。おまえ、カトルセ助祭、逃げないよね?」
カトルセ助祭は勢いよく首を上下に振る。
「で? ……なぜここにいる?」
「ク、クアトゥロ司教から、クレマ司祭の邪魔をするように、め、命じられて」
「……魔力濃縮液だな」
「はい、はい。クレマ司祭の子どもに与えろと」
「小聖剣もか?」
「隣りにあったので。子どもに飲ませるために……すぐに勇者になれると……いい含めて飲ませるために……隣の部屋から持ってきました」
「エルク様、申し訳ありません。私のせいです。私が、地下に降ろしていませんでした」
クレマ司祭は後悔で顔を歪め、頭を下げた。
「いや、クレマ司祭、僕のせいだよ。あとで使おうなんて浅はかな考えで、クアトゥロ司教を潰さなかった……君のせいじゃない……うまくやれていない僕の責任だ」
僕は大きくため息をついて、背を伸ばす。
カトルセ助祭と視線を合わせて一言発した。
「我に従え」
「はい。あなた様に従います」
「カトルセ助祭、クアトゥロ司教に『うまくいった』と報告しろ。『クレマ司祭の計画は子どもの死で大幅に遅延する』と」
「はい、かしこまりました」
「その後は、クアトゥロ司教の情報をこちらに流す仕事をしてもらう。ラド、クレマ司祭と相談して、こいつを監視する人間をつけて帰してやって。カトルセ助祭、後日、魔力濃縮液は全て僕が処分する。全ての魔力濃縮液の在りかを調べ、できれば集めておけ……人造魔石もだ」
「はい」
「クレマ司祭。ひとつ、大きな疑問が残っている」
「はい、何でしょう?」
「なぜ、魔王と勇者が存在しているのか」
「魔王と勇者が?」
「ああ、そもそもの初め、初代の勇者と魔王の戦いについて、知っていることは?」
「初代の勇者……いいえ、知りません」
「ずっとそうなんだと、疑問は持たなかったんだろうな。初代勇者について誰が知っている?」
クレマ司祭は顎に手をやりしばらく考え込んだ後に、答えた。
「エウスタキオ主座でしょうか。主座のみに、主座についた者のみに明かされる『秘儀の書』があると聞いたことがあります。そこに記されているかもしれません」
「ふむ、『秘儀の書』か。そこにあればいいが。よし。新聖剣のお披露目を手配して。エウスタキオ主座を必ず出席させて」
「はい、かしこまりました」
「それと、小聖剣を移したら、この魔力訓練室を封印して。新しい訓練室を作るように」
「かしこまりました」
夕食の食堂では子どもたちが騒いでいたが、僕が入ると静かになった。
いつもジェセとペペが座っていたテーブルには誰も座っていない。僕が座ると子どもたちから声がかかった。
「ねえ、エルク、ジェセとペペはしんだの?」
「うん、もういないんだ」
「そう、ふたりともしんだの。ほかの子たちといっしょになってるかな?」
「他の子?」
「みんないなくなるんだよ。あたらしい子はエルクだけ。もっといたけど、みんなしんじゃった」
「そうか。ジェセとペペは一緒にどこかで生まれ変わって、幸せになるさ」
「うまれかわる?」
「ああ、人は死んだら生まれ変わるんだ。きっとどこかで幸せになるよ」
「そう。きっとどこかでわらってるね」
翌日、クレマ司祭から今日これからお披露目をするが良いかと聞かれた。
「昨日の今日でか? エウスタキオ主座も出席して?」
「はい。大聖剣が使えなくなるのは一大事です。新しく聖剣が造られたとなれば、それが最も重要なことになります」
「わかった。では進めて。いつでもいいよ」
手配された馬車で僕とラド、クレマ司祭とセセンタ助祭が、聖都ウトリーの西側「施設」に向かった。
高く長く続いている漆喰壁に囲まれた施設の門で聖教会騎士団の誰何を受け、馬車内を検められて中に入った。
二階建ての施設の正面玄関に馬車が止まった。
案内されて、建物を抜けた中庭に入った。中庭には金属製のおりが設置され、中には数頭の狂猪が入れられていた。
おりの横には一人の老人が立っていた。頬のこけた痩せぎすで長身、酷薄そうな青灰色の目をしている。白いローブの肩、胸に刺繍がついている。クアトゥロ司教だろうと、僕は見当をつけた。
「エルクさん、主座会議議員のクアトゥロ司教です。クアトゥロ司教、こちらは勇者であるエルクさんです」
先に紹介されたクアトゥロ司教が、目を細めクレマ司祭をにらんだ。僕は微笑んでいたが、相手が言葉を発するまで、沈黙していた。
「……お初にお目にかかります、クアトゥロです」
「あ、そ」
「……」
そこに、白ローブたちが入ってきた。
後ろから豪華な金糸刺繍の白いローブをまとった老人が続く。
白髪を長く伸ばし、白いひげも長い。その中で眉だけが、黒々と太い。僕に
「エルクさん、エウスタキオ主座です。エウスタキオ主座、こちらは勇者のエルクさんです」
「クレマ司祭。この者は勇者と聖教会で承認されていない。なぜ、勇者と名乗る」
「クアトゥロ司教、不思議なことをおっしゃる。聖剣を発動できる者は勇者と決められています。ましてや、エルクさんは自ら聖剣も作れるほどのお方」
「ねえ、クレマ司祭、僕がなんか勘違いしてるのかな。聖教会ってさ、勇者を崇め、勇者の魔王討伐を手助けするところ、だったよね。つまりは、勇者の家来ってことでしょ?」
「……お初にお目にかかる、エウスタキオだ」
「エルクだよ。よろしくね。なんか、納得してないようだからね。早速僕の作った聖剣を見せるね。ああ、テーブルを持ってきて、大きめのやつね」
僕は白ローブたちにテーブルを運ばせると、おりの横に置かせる。
アイテムパックから三本の剣を取り出してその上に並べた。美麗な蒔絵が施された黒い鞘、両手持ちで黒い革紐が巻かれた柄、柄頭には黒い宝石が嵌められている。
僕が一本を取り上げ鞘を払う。
幅広の刀身には装飾がなく、つや消しの濃い灰色をしていた。
「これが聖剣? 唯の剣ではないか」
「……えーと、なんて名前だっけ? クアトゥロ司教だっけ? 聖剣を唯の剣とは、ずいぶんひどい事をいうね。それとも、聖剣と他の剣と、ひと目で鑑定できるほど見識があるのかな」
「いや、クアトゥロ司教の言うことも最もだ。これは聖剣とは似ても似つかぬ普通の剣ではないか」
「はぁ、エウスタキオ主座まで……。『機関』にある、聖剣と呼んでる物と違うからかな? なんだかなぁ、あれは剣じゃないのになぁ。先は尖ってて刺すことはできるけど、魔力を集めて放出する魔道具だよ、あれ。おまけにあれを使うと毒を撒き散らす」
「剣ではない? 魔道具? 毒だと」
「みんなはずっと勘違いして来たんだね。じゃあ僕のを使ってみせるよ」
僕は聖剣を構え、魔力を流すと、刀身から白い光が溢れ出した。
「これ狂猪だね。聖剣のお披露目だけなのに、命をもらうことになるなんて、かわいそうだね。ごめんね」
僕が光る聖剣を素早く狂猪に突き刺した。狂猪は動きを止め、光の粒になって消えていく。
「どう? 納得した?」
エウスタキオ主座とクアトゥロ司教が、目を見開いて僕が持つ聖剣と、狂猪のおりを見た。
「ま、まさしく、聖剣……聖剣だ……聖剣だ!」
詐欺です。光るだけの剣です。僕が魔法で素粒子分解しました。
「さて、ここにもう二本あるでしょ? こっちも使ってみせるね」
いずれの聖剣も白い光が溢れ、狂猪は光る粒子になって消えていった。
ごめんね、良き転生を。
「で、聖剣と勘違いしていた魔道具は、魔力量二百以上でしか発動しないんだっけ?」
「はい、その通りです」
クレマ司祭が僕に答えてくれる。
「聖教会の人たちって魔法が使えるの? エウスタキオ主座は? クアトゥロ司教? クレマ司祭?」
僕に名を呼びかけられた者は、三人とも首を横に振った。
「ここにいる人で、少しでも魔法が使える人はいる? 魔道具使う時に便利って程度でいいから。魔力を流せる人は?」
その場にいる全員が周りを見渡し、白ローブの一人がおずおずと手を上げた。
「少しなら、魔力が流せます。詠唱は知りませんので魔法が使えるとは……」
「魔力が流せれば十分だよ。こっち来て聖剣を構えて」
白ローブは主座と司教たちに囲まれて怯えた顔をしながら前に出てきた。震える手で聖剣を取り、魔力を流す。ぽうっと薄い白い光が、刀身を覆った。
「おお!」
僕が拍手をすると、つられて全員が拍手をした。
「聖剣発動おめでとう。あ、でも勇者ってわけじゃないよ。そのままでは狂猪や他の魔物を討伐できないからね。聖剣の使い方を憶える特別な訓練をしないと」
「訓練すれば……誰でも使えるのか?」
「クアトゥロ司教、ちょっと正確じゃないね。僕が課す訓練をすれば、ってこと。自分でやってみても無理だね。さて、いま三本聖剣があるけど、三日間で三本作ったんだ。今回は、特別に僕の手持ちの材料を使ったけど……必要な材料さえあればもっと量産はできるよ、エウスタキオ主座」
「聖剣が……量産できる……」
エウスタキオ主座は、三本の聖剣をギラギラとした物狂おしい目で見つめる。
「エ、エルク様、材料は用意いたします。聖剣をお造りいただけませんか? 今後の、将来の勇者たちのためにも、ぜひ! お願いいたします!」
「うん、いいよ。このままでもいいけど、もっと改良した方がいいかな? するとあれとあれと、ちょっと希少な材料が必要になるかな? エウスタキオ主座、後で相談に乗ってね」
「はい、かしこまりました、勇者エルク様」
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