第80話 俺たちの戦いはこれからだ

「はーサッパリしました、お兄ちゃん空いたよ~」


 そう言ってこちらに来る姫乃の恰好なんだが……ジャージだった、しかもそれ俺達の中学の時の奴じゃんか。


「別に可愛いパジャマを期待してた訳じゃないけども姫よ、それは高校生としてどうなのよ?」


 俺の問いかけに姫乃は。


「お兄ちゃんは判ってませんね、ジャージは寝間着にも運動にも近所のコンビニにさえ行けてしまう汎用性の高い服なんですよ、なんなら高校もジャージで通いたいくらいです」


 昔はもう少し可愛い恰好とかしようとしてた気もするんだがなぁ……。


 白衣と眼鏡を仕舞ったリルルから擁護が飛び出す。


「さすが姫様です、ジャージは世界を席巻し得る最高の服装なのです! いつか世界をジャージで埋め尽くすのが私の望みの一つ、ご主人様は白衣ジャージを受け入れてくれました……後は先輩のみ……」


 リルルのジャージ好きは世界規模だったようだ、ポン子は顔を横に振ってるが、いつか押し切られそうだ、寝技みたいに。


 さっきリルルには常識と世間のルールをポン子と一緒に教えてみたが、何処まで通じたかは謎だ、取り合えずよそ様に迷惑がかからないようにしましょうと念を押しておいた。


「いい目標だわねリル助、貴方とは仲良くなれそうだわ」


 姫乃がそう言うとリルルは、嬉しいですー、と返事して姫乃とジャージ談義を始めた、内弁慶で人見知りな部分の有るこの二人は案外似てて相性がいいのかもしれない。


 さてこっちはこっちで計画用にダンジョン情報でも集めようかね。


「へぇ~地獄にもジャージ専門店なんてあるのね~、ってあれ? お兄ちゃんシャワー使わないの?」


 リルルとの会話の途中で姫乃がそう話しかけて来た。


「ん? ああ、俺は基本朝シャワーだ、探索とかで汗をかいたら帰ってきてすぐ入る感じかな夜に入る事はほとんどねーかなぁ……」


「そんな! それじゃあ折角外から鍵が開けられる事を確認した私の努力はどうなるの!?」


 知らんがな……。


「明日の朝は姫の登校を見送ってから入る事にするよ、にっこり」


「ぬぬぬぬ、いやでも新妻みたいに送り出してくれるお兄ちゃんも嬉しいから良し!」


 そうして一人納得した姫乃はリルルとのジャージ談義に戻っていくのであった、地獄産の奴が欲しいとか言い出さないよな? それに地獄って貨幣制度あるんかいな? リソース払い?



「はいはいイチローはこっちに集中しましょー」


「おっとすまん、それで初心者がスライムダンジョンの次によく行く場所に当たりはついたか? やっぱりゴブリンとか角ウサギとかウルフ系だろうか」


「そうですねぇこことか、後こっちとか、他にもここらですかね? ベビーウルフとか弱そうと思ったんですが、必ず親ウルフが一緒にいるそうで群れを組む様な敵がいるフィールド型は人数の少ないパーティだと危険かもですね、通路が狭く部屋も小さめな所からやってみましょう、スキルスクロールを買うのも有りですが」


 リルルは毎朝俺のスキルを微調整&確認をした後に吸精していたらしく、だいぶん安定してきたので、ほどほどの強さ以下のスキルなら覚えても構わないそうだ。


「どうせならもう少しお金を貯めて剣術スキルとか買って、尚且つカッコイイ魔法剣とか揃えたいんだが……今ある資金が八十万くらいだろ? 全部使う訳にもいかんし……ちょっと剣術スキルは無理っぽい、人気あるしなぁあの辺は」


「まぁスキルを買うかは明日お試しで新しい場所に行ってからにしましょうか? 無茶をしなきゃ行けるでしょうし、何よりイチローはスライム以外で戦った事ある相手って……リッチだけですよね、しかも一方的にぼこられただけという、色んな戦闘を試してみて足りなそうな部分を補う感じでいきましょう」


「悪魔との戦いは戦闘経験に数えたくねえよな、もうあんな強い敵に会いたくない」


「暗示を受けたり、β用スキルを覚えたり、悪魔に会って潜り込まれたり……さすがに四度目の悪運はもう無いですよイチロー」


「だよなー、はは……そういや俺達久しぶりに行ったダンジョンでいきなり玉手箱なんてのに出会ったな……四度目と言えるんじゃね?」


 俺とポン子はお互いを見やると戦闘態勢を取り、周りを見回す。


 そんな俺らの行動を見た姫乃とリルルは。


「なんでお兄ちゃんとポン助は手刀を立てて警戒態勢とかしてるの?」


「ご主人様も先輩もどうしたんですか?」


 俺はそんな二人に応える。


「それはな、不運という名のフラグさんが俺達を見てるんじゃないかと警戒してみたんだ」


「どうにもイチローには疫病神でもついてるんじゃないかと、いやまぁそんな気配は感じないんですが……」


「仲いいね……そろそろ歯磨いて寝ようよお兄ちゃん」


 そうだな、と警戒を止めて姫乃と一緒に台所で歯を磨く、俺の歯ブラシの横にあったポニテ姉さんの奴を遠くに離し自分のを横に置く姫乃、いやあれ未使用だから……。


 どうも同棲は諦めたがお泊り用の物資は大量に置いていくつもりらしい、シャンプーやら服やら何やら……リルルが預かってくれると喜んでた、ずいぶん仲良くなってるな良い事だ。


 布団を二枚敷いてポニテ姉さんの泊まりの時のように、布団と布団の間にポン子&リルルの寝床カゴを置く、電気を消しておやすみなさい。


 ――


「ねぇお兄ちゃん」


 うす暗い部屋の中に姫乃の声が響く。


「どうした姫?」


「何でこの子らは寝ながら、いえ寝てるのはリル助だけみたいだけど、柔道をしてるのかしら?」


 俺にもよく判らんがこう答えておこう。


「それがサキュバスと天使の文化だからだ! という冗談はさて置き、寝相が悪いみたいだな」


「寝相っていうレベルの話かなぁこれは……は! 私も寝相が悪いからいつのまにかお兄ちゃんの布団に入ってしまうかもしれないね?」


「それはさすがにアウトで、姫がお泊りする権利がしばらく無くなります」


「おーけい私は微塵も動かず寝る女です」


 それはそれで体に悪そうだがな。


「ポン子が対抗するのに色んな動画を見てレスリングやプロレスや柔術やら色々技が増えてきてるみたいなんだが、リルルも一緒に同じ動画を見ているんだよな……」


 姫乃はごそっと起き上がってポン子やリルルを見てる様だ。


「キャメルクラッチって寝技に入るのかしらね? タップしても相手が寝てるからギブアップ出来ないって大変な文化だね」


「本当にやばかったら俺を呼ぶだろ、だから大丈夫なんじゃね? ……おやすみ姫」


「おやすみなさいお兄ちゃん……こんなセリフも何年ぶりだろね……」





 案の定ポン子は負けていた。



 ――







 ――


「貸出は三冊までって? こんなの選べないですよ図書委員さん!」


 がばっと上半身を起こす俺……うん……今まで撮影して来たサキュバスさん達のセクシーグラビア雑誌の中から三冊選ぶ夢を見てしまった……枕の横で相も変わらずリルルが寝ている。


 さてシャワー……は止めておいていつもより早めに飯の準備するか、姫乃の登校時間もチェックするの忘れてたしな……。



 ――


「時間は大丈夫なのか? 姫」


 ご飯をリルルと食べさせ合いながらそう聞いてみた。


「学校は余裕で間に合うよお兄ちゃん、それよりしばらくは他の普通科高校と同じ授業プラス探索者用授業があるから一日七時間授業とかなんだよね……ここにお泊まりじゃないとお兄ちゃんの所に寄るのは難しいと思うの、寂しいと思うけど我慢してね?」


 普通科の勉強に加えて探索系もか……そりゃエリート学校だものなぁ学業もきっちりやるんだろな。


「いやまぁ俺もしばらく探索で忙しいから、姫も学校頑張れな、俺も頑張ってみるからよ」


 姫乃には担当護衛官を目指すとは言ってある、ただし無茶はしないので無理っぽい時は諦めてくれと付け加えて。


「私が担当護衛官を付けてソロでダンジョンに潜るのはまだもう少し先だからね、無理しちゃだめだよ? せっかくまた会えたんだもの、お兄ちゃんが元気な事の方が大事なんだからね?」


「判ってる、無茶はしないって約束するよ」


 ポン子はパンを食べながら、リルルは姫乃の側に行って宣言する。


「このプリチ―ポン子ちゃんが一緒に付いて行くんですからイチローは大丈夫ですよ!」

「姫様安心して下さい! ご主人様は私が、セクシーリルルが守ってみせます!」


 リルルは姫乃に懐いてる気がするなぁ……ジャージ効果か?


 姫乃は嬉しそうな顔をして二人に語り掛ける。


「ポン助リル助 頼んだわよ!」


 ビシッっと扇子を出して二人を指す姫乃、いやだからお前それ何処から出してるのさ……姫だから姫っぽいアイテムを持ってるのだろうか? 謎だ。


「了解です! 姫ちゃん! ズビシッ」

「まかせて下さい、姫様! ムギュッ」


 それに応える様に二人もポーズを決めて答えていた、リルル……ムギュッのポーズはちょっとこのシーンに合わないかなぁ……。


 ――


 ドアの外にずいぶん少なくなった荷物を持つ制服姿の姫乃が居る、かなりの量の荷物をリルルに預けていくようだ。


 俺は玄関口でそれを見送る、ポン子とリルルもいつもの定位置だ。


「じゃ車や騎乗用の魔物に気をつけてな姫、行ってらっしゃい」


 姫乃は俺の送り出しの言葉に笑顔で答える。


「行ってきますお兄ちゃん! っとその前にお兄ちゃん成分補充」


 そう言って俺に抱き着いて頭をグリグリと俺の胸にこすりつける姫乃、こんな所は昔と変わらないなぁ、頭をナデナデしてあげる、〈ナデポ〉に気を付けながら。


 満足したのか俺から離れた姫乃は。


「ではまた遊びに来れそうならモバタンで連絡しますね! あ、いえ、来れ無そうでも一杯連絡しますね! 行ってきますお兄ちゃん、ポン助リル助」


「行ってらっしゃい姫ちゃん」

「行ってらっしゃいませ姫様~」


 リルルがすごい元気に手を振って見送っている、人見知りとは思えないな。



 俺も手を振り、見送る、姫乃は軽く駆けだし途中で何回か振り返って手を振りながら登校していった、危ないから前を見て歩きなさい! 次きたら注意しておこう。


 ……そうだな、姫乃はまた次も来るんだ……家族が居るってのはいいもんだよなぁ。


「よしシャワー浴びたら俺達も出かけるからな! 今日は新しいダンジョンだ!」


「私達の戦いはこれからですね!」


「私も木三郎もがんばります~」


 っておいポン子、それだとなんか打ち切りみたいじゃないか……。




 そしてリルルの木三郎宣言がちょっと怖い俺が居る、学習用のストレージがどうたらとかどうなったか詳しく聞いてないのよね。

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