第98話 バイキングとお礼
さて、今俺は何故だか高級ホテルのレストランに居る。
家に帰りたかったんだがどうしても木三郎さんとお話をしてお礼をしたいと詰め寄られた、木三郎はその性質が希少な為にテイマー登録しておらず外で連れて歩けないと言ったら、草原ダンジョンの横に車を横づけにしてこのホテルまで案内された、この高級ホテルはお嬢様の私有地でありレストランは貸し切りにしたので大丈夫と言われた、お金持ちこわーい。
断る事も出来たと思うんだが、高級料理の食べ放題ですからなんて言葉を聞かされたポン子が釣られてしまい、そこが攻め時とみたのかお嬢様は妖精さん達も勿論食べ放題でお腹一杯食べていいですよー、なんて誘うものだから……ワーイ、と無邪気な妖精を装い喜ぶポン子は俺の頭の髪の毛をちょいちょい引っ張るんだよ、話を受けろと言ってるんだろうが飯を食いたいだけだったら後で怒るからな?
レストランに入ると端っこに据えられたテーブルの上に料理がずらっと並べられている、バイキング形式というのだろうか? 作法とか知らない一皿づつ出て来て使うフォークの順番とか決まってる様な物では無いのは庶民に配慮をしてくれてるって事かね有難い。
適当に三十人前くらい選んで運んで貰う、俺達が座るテーブルが一個で足りなくなったのでいくつか連結して貰った。
俺の向かいに座るお嬢様の夏樹さんと、そのナナメ後ろに立つ護衛のユキさんはその量を見て頬をひくつかせていて。
「ず……ずいぶんと沢山選びましたわね草野さんのお兄さん……余っ分はお土産として包ませましょうか?」
そんな事を言ってくる、庶民がはしゃぎ過ぎて限度を知らない行動でもしてると思ってるのだろうか? だがな食べ放題と言ったのは貴方だぜ?
「大丈夫ですよ、ポン子! 遠慮しないでいいらしいから思う存分食べて来い」
「ラジャーイチロー! ひゃほーい久しぶりに遠慮なく食べれそうでーす」
いつもは遠慮してるらしいしな……弁当四個食べて遠慮してるとか言われても困るけどな。
ポン子は次から次へとお皿に近寄り例の高等魔法を使い吸い込んでいく、リルルは人見知りを発症しているので俺の側でデザート類を食べている、あーんもしてこないので緊張しているようだ。
そんなポン子の姿に絶句をしてるお嬢様らに語り掛ける。
「この度はこのようなお礼の席を設けて頂きありがとうございます鐘有のお嬢様」
木三郎さんは俺のナナメ後ろに控えている、お嬢様が座る様に言っても首を横に振っていた……ちなみに座る様に言った席はお嬢様の隣の席だった。
「コホンッ、私どもの誘いを受けて頂いてありがとう御座います、お兄さんとコン様がいらっしゃらなければ私やユキの命は無かったでしょう……改めて御礼申し上げます」
そう言ってお嬢様と護衛は頭を下げる。
「ああうん、まぁたまたま偶然に見かけて運よく助ける事が出来ただけだしあんまり気にしないでくれ、礼をしたいっていうなら木三郎さんの事を秘密にしといてくれればそれでいい」
「そんな訳にはいきません! 鐘有の者として命の恩人に何の報いもしないなんて知れたら怒られてしまいます、お礼ですがそうですね……」
お嬢様は何かを考え出した、その間にポン子はかなり離れた場所にあるバイキング場にお代わりを取りにいっている、すでにこの場にあった食事は粗方消えていた、テーブルの側には人を配置せずある程度距離を置いているのは会話を聞かれない為だろう。
お嬢様が口を開く。
「秘密にするのは勿論なのですがコン様の貴重さは隠していてもそのうち広まってしまうでしょう、ですので私が……この鐘有夏樹が山田様の後見をしましょう、そうなれば他の者に手出しをされ辛くなるはずです」
「俺にあなたのお付きとして就職しろって事ですか? それならさっき断ったじゃないですか」
「その話ではありません、お付きになって頂けるなら嬉しいので諦めた訳では無いですが……山田一郎という探索者に鐘有夏樹がツバをつけているので手を出すなという事です、客分といった扱いになりまして特に何かして貰う事もありません、対外的に見せつける為にたまにこういったお食事をして貰うくらいでしょうか? 勿論コン様同伴で!」
お嬢様は恋心を大声で宣言してから開き直っているようだ。
まぁゴーレム相手なんで添い遂げる事は出来ないのは理解している様だが、そういやカードから召喚できるエルフやラミアやらと結婚した人達は聞いた事があるが、さすがにゴーレムと結婚ってのは聞いた事ねーなぁ。
「後ろ盾になってくれるって事か……どう思うポン子?」
テーブルの上でバキュームカーになっているポン子に聞いてみた、もうここまで来たらある程度ばれてもいいだろう。
「悪くない話かと思いますよイチロー、個人では抗うのも難しい事もあるかもですし、草原ダンジョンからここまでの間の印象だと裏切ったりはしなさそうです、こちらの不利に成る事を仕掛けるなら正々堂々正面からやるタイプだと思いますし」
少し前まで頭の中お花畑みたいな子供っぽい言動をして居たポン子が急に真面目に語り出した事に驚いているお嬢様と護衛、そんな二人は木三郎さんを見てポン子を見てそしてリルルを見る、デザートを食べ終わっていたリルルはその視線が嫌だったのだろう、何も言わず俺のツナギの中に潜り込んで来た、人見知りが激しいのでと伝えておいた。
「山田様の妖精も特殊個体なのですね……それは確かに厄介事を避けたくなるのも判ります……そんな中でも私達を助けて頂けたのですね、コン様の主人なだけありますわね……」
あくまで木三郎さんが主役らしい、ぶれないねこのお嬢様。
「じゃぁお礼としての客分って奴お受けしますよ、木三郎さんと俺達を守って下さいね」
木三郎さんを全面に押し出してお願いしておいた、権力者の庇護は有難いしな。
お嬢様は俺ではなく木三郎さんを見ながら宣言をする。
「まかせて下さい! この私鐘有夏樹がコン様を守ってみせます!」
俺の名前すら出て来なくなった。
お嬢様は護衛に何やら命じている、護衛さんは空いているテーブルにスクロールらしきものを並べ始めた。
「これらのスクロールはコン様へのお礼にと用意した物ですが……主人の山田様に差し上げますわね、勿論コン様に使ってくれる事を確信してますわ」
そう俺にプレッシャーをかけてくる……さすがに多すぎだと文句を言う、後ろ盾もしてくれるならこんなに要らないと伝えるが、鐘有の者の命がこの程度で済む訳がないだろうと押し切られた、それならばと木三郎さんにはお嬢様から渡してやってくれとお願いしたらすっごい喜んでた、ナナメ後ろの護衛もお嬢様に見えない様にグッジョブと手で示してくる。
木三郎さんに用意されていたのだから木三郎さんが使うべきだよね。
木三郎さんにはこれらは俺の物になったが全て譲渡する事を宣言し、お嬢様に手渡して貰う、すると木三郎さんはお嬢様の前で片足をつき恭しくそれを受け取る、それはまるで騎士がお姫様から何かを受け取る様なそんな光景であった。
その時俺や護衛にはお嬢様の心から『キュンッ』という音が漏れ聞こえた様な気がした。
顔が赤いし判り易いなぁ、あのお嬢様。
そして護衛から、銀髪で……ギャル完みたい……、という言葉が漏れていた、こんな所にもあの作品のファンが居たらしい、こういったシーンが作品にあるから木三郎さんも動けた訳か。
こうして木三郎さんは〈プロレス〉〈格闘〉〈演奏〉〈空中機動〉〈軽業〉〈礼儀作法〉〈鈍器術〉〈身体強化〉〈パフォーマー〉〈気配察知〉を覚えた。
どうやらスクロールは十個あったらしい、しかしあのお嬢様は木三郎さんを何だと思ってこのスキルをチョイスしたのだろうか……いやまぁプロレス系は判るんだが、演奏とか礼儀作法とかは探索者に渡すにはおかしくね? いやまぁいいけどさ。
ちなみに全てのスキルをオークションで買ったら三千万近くになると思われる……頭がくらくらしてきた。
お嬢様はさらにお金をお礼にくれるとか言い出したので断っておいた、スクロールだけで十分です、これ以上にお金とか貰ったら世話になり過ぎてる気がして何か返さないといけない気分になってしまいそうだ、まさかそれが狙いという事もないだろうが……。
そしてそれらの儀式めいた事が終わった頃にはバイキング形式の設置台には食材の一欠けらすら残っていなかった。
ポン子いわく腹半分だそうで、さすがのお嬢様や護衛や遠くに居た職員達も唖然としていた、次は満腹まで食べさせるからとポン子と約束をしているお嬢様、律儀な人だね。
今は高級車に乗り俺の家まで送っていって貰っている所だ、その車中で俺とお嬢様は言い争いをしている。
「いやそれは悪いですよ鐘有のお嬢様」
「だめです! 主人に何も無く自分だけ貰ったと知ったコン様が落ち込んでしまいましたので、山田様にもきっちりスクロールを送らせて頂きます」
「その分後ろ盾をしっかりして貰えればいいって言ってるじゃないですか! 総額いくらになるのか考えただけで震えるんですってば、こちとら庶民なんですから配慮して下さいよ」
「鐘有の人間を助けたんですよ? 私のすぐ動かせる個人資産だけでもスクロール千枚や二千枚は軽く買えるんですから! コン様が遠慮しない為にも受け取って貰います! これは決定事項です」
「だから……あーもう木三郎さんも説得してくれよ」
『シャシャシャッシャーシャ』
うん、言葉を話せないんだったな。
「違うのですコン様! ……わたくしは山田様を困らせている訳では無いのです、これは私の……鐘有の者としての矜持でもあるのでどうかご理解下さい」
だから何でこのお嬢様は木三郎さんの言いたい事が判るの?
「という訳でこれらのリストの中から最低でも十個お選びください、選んでくれないならこちらで勝手に選択して郵送します、コン様も説得に加わって下さいまし、主人が強くなればそれだけ安全になるんですよ?」
『シャシャシャシャ!』
これは俺にも判る……木三郎さんがお嬢様の味方になったな……。
「……判りましたじゃぁリスト下さい、貧乏人にいきなりこんな事されると溺れちゃうんですよ、まったくもう……」
リストの中の欲しいスクロールを選んでいると、ポン子が近づいてきて強烈に押してくる一つのスキルがあったのでそれを含めてチェックや数を書いてから返す。
「はい確かに、では後程ユキに持っていかせますわね、頼んだわよユキ」
「畏まりましたお嬢様」
はぁ……サキュバスに続いてまたヒモみたいになってしまう、ヒモチローまったなしだよ。
家の前で降ろして貰い部屋に戻る。
「ただいま、なんだかえらい事になってしまったな」
「ただいまですよ、まぁ後ろ盾が得られてよかったじゃないですか」
もぞもぞとツナギの中から出て来るリルル、ポン子は護衛のユキさんとかと雑談もしてたんだがリルルはずっと隠れてたんだよな。
「ただいまです、私は研究しますです」
そういってスクロールを出して作業をし出した。
木三郎さんはお茶を入れてくれている、一つ一つの動きが洗練されているような気もするが礼儀作法スキルのおかげだろうか?
姫乃に今回の顛末とか客分の事とかをモバタンで連絡しておかないとな……。
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