第97話 草原ダンジョンと出会い

 今俺は草原ダンジョンに居る。


 昨日は大変だった……家に帰るなりリルルがスクロール研究に突入してご飯だと呼んでも聞こえてない程で、無理やりテーブルに移動させて食べさせたがぶつぶつ独り言であーでもないこーでもないと研究内容らしい事を言いながら俺にあーんもして来ないで食べて居た、文化を忘れるって相当だよね。


 今日はお肉を多めに確保しておこうって事で草原ダンジョン一階の壁際固定狩りにする事に、角ウサギの肉は素人が焼いただけなのにめっちゃ美味しかったからなぁ、前回はリトルボアの肉は全部売ってしまっていたので今回は両方を空間庫にストックしておこうという訳だ。


 前回と同じ様に転移魔法陣部屋で木三郎を召喚してから一階の壁際に移動をし、固定狩りをしていく。


「相変わらず人が揃わないうちはノンビリしたもんだよな」


「すぐ忙しくなりますよイチロー」


「昨日は最高の日でした、今日も別のスクロールを出しましょうご主人様!」

『シャ!』


「もうあのスクロールの研究はいいのか?」


 気力満点といった感じのリルルにそう聞いてみると。


「はいご主人様〈身体硬化付与魔法〉のスクロールは大体調べ終りました、後は改造なのですけど……改造しちゃってもいいですか? 失敗してゴミになっちゃう可能性もあるんですけど」


 もう調べ終ったらしい仕事早いなリリルさん、改造かぁ……まぁ売値が一万くらいだから失敗してもいいかね。


「改造の許可を出すので存分にやって良し! あーでも危険だったりはしないよな? 爆発したりとか」


「イチローの運の悪さなら爆発して部屋が無くなって宿無しもワンチャン有りますね!」


 嫌な予想をするなよポン子、ちょっと有りそうとか思っちゃったじゃないか。


「〈身体硬化付与魔法〉なら爆発まではしないと思いますご主人様、失敗してもゴミになるくらいでしょうか? 攻撃魔法系のスクロールだと危ない事もありますけど」

『シャシャ……』


 物によって爆発する可能性もあるんか! そういったのは頑丈な研究部屋でも建てられるくらいお金持ちになったら許可を出そう、いつになるか判らんけども。


「それならリルルの好きに改造していいよ、爆発しそうな奴とかは今は無しな、安全を確保する事が出来たらいいけども」


「ありがとうございますご主人様、今日の夜にでも改造してみますね~」


 リルルは嬉しそうにクルクルと俺の周囲を飛んで喜びを表している。


「ちなみに木三郎さんの改造とやらは終わったんでしょうか後輩ちゃん」


 それは俺も知りたかった奴だ、ただまぁ聞くのがちょっと怖いので後回しにしてたんだよな。


「はいポン子先輩、記憶領域の拡張は終わりました、その結果木三郎さんは人と同じくらいの賢さを手に入れる可能性を得たと思って下さって大丈夫です! これからの経験や勉強次第で賢くなっていくはずです!」


 ……やっぱ凄い結果になってる、ゴーレムの賢さが人と同じくらいってやばいじゃんか、SF作品なら他のゴーレムに感染して人間に反逆するまで有りうる話やん。


「なるほどーさすが後輩ちゃんです、これからもよろしくね木三郎さん」

『シャシャシャァシャーシャンシャシャ!』


 まぁ会話出来るようにとかの改造じゃなくて良かったって思おう……ゴーレムが言葉を話してたらそれこそ金の成る木だと大量の厄介事が降り掛かるだろうしな。



「なんか敵の湧きが良くなって来た気がする、これから一気に忙しくなるぞ、皆ダメージを負わない様にな、いくぞ!」


「まかせて下さい、ポン子ちゃんの魔法で蹴散らせてみせますよー! お肉一杯確保の時間です!」


「いきますねー多重ポン子先輩の術!」


『シャッシャ!』


 リルルはポン子を増やすのが好きだよな、まぁ幻の個体が小さい分魔力消費が少なくて済むらしいが自分を増やしたりはしないんだよな、恥ずかしいのかな?



 そうして始まる草原ダンジョン恒例の鬼湧きタイム、次から次へと敵が湧き倒しても倒しても終わらない、今日は人が前より多かった感じするからか湧きもすげーな、俺はひたすら敵を転がして木三郎さんに流す。


 ――


 一回目の波が終わり肉の半分程度を換金しに地上へ向かう、周りが皆移動するから合わせないと目立っちゃうしね、プロレスマスクジャージマラカス演奏者は目立たないのかって? あーあー聞こえなーい。


 買取が終わればまたすぐに一階の壁際に戻る、ご飯をもそもそ食べながらたまに来る魔物を倒し二回目の鬼湧きを待つ。


 そうして二回目の換金も終わり三回目も倒してから帰る事に、このままだと一日で六万くらいの売り上げになりそうだね、まぁお肉の半分をポン子の空間庫に確保してるからしょーがないんだけども。


 三回目の買取を終え、木三郎を戻すのに一階の転移魔法陣部屋に入った直後後ろから声がかかる。


「待って下さい! 少しよろしいですか!?」


 転移部屋の中に入った俺らの後ろから入口を塞ぐような位置で声を掛けてきたのは……姫乃のクラスメイトの鐘有さんだった、横にこないだと同じ小さな護衛も居る。


 少しウェーブの入った茶色のロング髪が乱れている、走ってきたのだろうか? 彼女は木三郎に向きながら。


「あ、あのコン様ですよね? 私そのいつかのお礼を言いたくて」


 んん? コン様って誰よ?


 木三郎も困惑してるのか一切反応をしない。


「夏樹お嬢様落ち着いて下さいその名前は勝手に付けた物でしょう! あ、うちのお嬢様が失礼をしました、五日程前に白夜ダンジョンで私どもを助けて頂いたのは貴方様でよろしいでしょうか?」


 やっぱその件だよなぁ、夏樹さんは護衛の確かユキさんだったか、ユキさんに向かって腰の装備と鈍器のマラカスが一致しているし間違いないわよ、とか言ってる、あの時の濁った黄色い空気の中でそんな部分まで正確に覚えているのかよこのお嬢様……これは誤魔化せそうにないか。


 相も変わらず木三郎さんは反応をしない、あ! そうか、木三郎さんは誤魔化せないと悟ってゴーレムの振りをってかゴーレムなんだけども! 普通のゴーレムの愚鈍さを演じているんだなこれ……木三郎さんの賢さがやばい気がします、有難いけどね。


 ポン子やリルルは口を挟んでこない、賢さを見せて妖精の特殊個体だと判明するのを恐れてよく知らない人の前ではばれるまでは口を閉ざす決め事にしてある、おばちゃんとか姫乃とかは例外な。


 しょうがない口を出すか。


「何か用ですか鐘有さんに護衛のユキさんだったかな?」


 そう声をかけると二人は俺の方へと目線を変えて。


「草野さんのお兄さんですわね、今はこの方とお話をしているのでお話は後程にして下さい」


 夏樹さんはそう俺に言ってから再度木三郎に声をかけ無視されていて。


「先日お尋ねしたツナギの探索者に心当たりが無いという嘘も含めてお聞きしたいですね、この方が前にツナギを着ていた事も知っていたのでしょうし」


 護衛のユキさんは腰の剣に手をかけながらそんな事を言ってくる。


「あんたらが聞いたのはツナギのって話だったじゃないか、そいつは俺のカードから召喚した従者でウッドゴーレムだよ、木三郎手首を見せてやれ」


 さすがに隠せそうにないのでやばい部分以外は教える必要があるだろう、木三郎はジャージの腕部分を引き上げ、木製の手首を見せる。


 俺のその言葉を聞き、そして木三郎の木製部分を見たお嬢様と護衛は驚き動揺をしている。


「そ……んな、コン様がゴーレム? 嘘だと言って下さいまし……」


 お嬢様は愕然としながら腰を落としてしまい女性座りをしながら両手も地面につけて俯いてしまった。


 お嬢様のそんな悲痛な姿を見た護衛は俺に詰め寄ると


「では私どもを助けたのは草野さんのお兄さんという事に? 何故あの時にそれを言わなかったのですか!?」


「そりゃ面倒事が嫌だったからだよ、今も現に助けたはずの相手に声を張り上げて詰め寄る様な事をされてるだろう?」


 俺の返しに護衛は何も言い返せずに一歩下がった。


 お嬢様がしゃがみこんで……あれ? 泣いてねぇかこれ、やっべどうしよう、地面にポタポタ涙が落ちているのに気づいたのか木三郎さんが動く。


 木三郎さんは片足を地面につけてお嬢様の手を取り立ち上がらせ制服や手足についた汚れを優しくはたいて取っていく、ジャージのポケットから綺麗なハンカチを取り出し涙に濡れた目元を拭いてあげている、うんまぁ完璧主義な執事なら泣いてる女性を無視は出来ないよなぁ……これは仕方ないか……。


 護衛はそんな様子を見ると俺を見て再度木三郎さんを見て驚愕しながら呟く。


「え? え? 召喚主が何の命令も出してないのにゴーレムが行動を? しかも何ですかあの紳士な行動……特殊個体? あ! それで面倒事と……成程……」


 護衛は色々察した様で何度も頷いている、涙も止まり立ち上がったお嬢様は木三郎さんに問いかける。


「……もしかして貴方にはゴーレムには有り得ない程の自我と意思があるのでは御座いませんか?」


 あーさっきの行動を見ればある程度知識のある人は気づいちゃうよねぇ、木三郎さんが俺の方を向く、ああうんまぁもう隠せないよなぁ、女の涙には叶わないって太古の昔から決まってるんだよな……木三郎に頷いてみせる。


 木三郎は頭に被っていたプロレスマスクを外し腰からマラカスを一個取り出した、護衛が少し反応して立ち位置を変える。


『シャッ』


 一度鳴らしてみせた、いやいや木三郎それじゃ判らないだろ? 普通に頷くとかで良かったんじゃ――


「その銀髪と狐のお顔……やはり貴方は……ではコン様、えっとお名前を知らなかったので狐面になぞらえて勝手にコン様と名付けてしまったのですがよろしいですか?」


『シャッ』


「ありがとう御座いますコン様、御優しいのですね……」


『シャシャッ』


「謙遜なさらないで下さい……私どもを助けてくれたあの時の貴方の必死に守る姿は誰かに命じられた物だとは思えませんでした、あれはコン様のご意思だったと思ってもよろしいのでしょうか?」


『シャッ』『シャシャッ』


「どちらでもないと? コン様と主人の両方の意思だという事ですか?」


『シャッ』


「なるほど……ではやはり貴方は私の命の恩人で――」


 ――

 ―


 お嬢様と木三郎のやり取りが続いている……俺は横にいる護衛に話しかける。


「なぁ、なんであんたの所のお嬢様はうちのゴーレムと会話が出来るんだ?」


 護衛はお嬢様のそんな姿にもそして対応しているゴーレムの性能にもどちらにも驚いているようで。


「知りませんよ……恋する乙女の能力とかじゃないですか? それより何なんですかあのウッドゴーレム、人と普通に意思疎通できるとかヤバイじゃないですか……」


「俺が厄介事を避けようとした事は理解できてくれたようで何よりだ、それで君らは俺やゴーレムに対して何をする?」


 護衛は俺の方を向くと怒った表情で言ってくる。


「馬鹿にしないで下さい! お礼をしたくて探してるって言わなかったですか? お礼を言うべき命の恩人に迷惑なんて掛けません……掛けない……掛けない予定でした……御免なさい草野さんのお兄さん、たぶんすごいご迷惑をおかけしますがお許しください、厄介事よりはましな迷惑だと思うので……たぶん……」


 なんだよそれ、すっごい気になるんだけど、意味を問いただそうとした時に木三郎と話をしていたお嬢様が俺に近づき。


「草野さんのお兄さん、お名前をお聞かせ頂けますか?」


「この間言ったと思うのですが、鐘有夏樹お嬢さん」


 そう返してやると、お嬢様は綺麗な礼で頭を下げると。


「申し訳ありません、有象無象の人々が私に自己紹介をするもので大事な人の名前しか憶えておくのが難しいのですお許しください」


 謝っているのか煽っているのか判断がつかなかったが、お嬢様のナナメ後ろにいる護衛がペコペコと頭を下げているので取り合えずスルーしてやる。


「山田一郎ですよ」


 それを聞くにお嬢様はまったく顔色を変えず、護衛はピクリと反応した、草野じゃないしな。


「では山田一郎様、わたくしにコン様のカードを売って頂けないでしょうか?」


 なんだよやっぱりこうなるんじゃねーか、護衛を見ると顔を横に振っている。


「お断りします、第一そのゴーレムの名前はコンではなく木三郎さんで、すでに名付け契約を済ませてあるので譲渡は不可能です」


「名付け済みなのですか……残念です……では山田一郎様、わたくしのお付きとして就職しませんか? お給料はユキの十倍以上出しますよ!」


 護衛のユキさんの給料がいくらか知らないがその表現はやめてくれ……口を開けて驚愕の表情をしているユキさんがなんか哀れだから。


「俺を雇っても特殊個体で賢いゴーレムの秘密とかは手に入りませんよ?」


 そんな返しをするも、お嬢様は俺の言葉の意味を理解出来ないのか首を横に傾げていた、ん? んん? なんか様子がおかしいな……そこに護衛がお嬢様に耳打ちをしている、しばらくするとお嬢様は怒りの表情をして。


「なんですかそれ! 例え恩人がゴーレムだったとしても私はただ初恋の王子様であるコン様に近くに居て欲しかっただけですよ! 特殊個体だ? 賢さだ? お金なんてうちにはもう腐るほどあるんです! 今更小金に拘って初恋相手を厄介ごとに巻き込む訳ないでしょーが!」


 ドカンと恋心を大声で張り上げるお嬢様、木三郎もテレている、体の動きでテレを表現するゴーレムかぁ……普通なら金に成るとかを考えるんだろうけど、このお嬢様は違う様だな……。


 木三郎のテレた様子を見たお嬢様は自分が大声で恋心を張り上げた事に気づき、いやー---と大声を上げて顔を両手で隠してしゃがみ込む、彼女の耳は真っ赤になっている、護衛が肩をポンポン叩きながら慰めているが、あんまり親身になっている様子は感じられない、さっきの十倍宣言が後を引いている様だ、木三郎さんもこんな時の対応はまだ漫画やらで学んで無いらしく右往左往している。



 頭上からポン子が一言。


「まるで漫画のような展開でしたね」


 リルルも肩でウンウンと頷いている。


 そーだね、で、どうしようかこれ。













◇◇◇

いつもお読み頂きありがとうございます



この作品ですが更新がストックに追いついてしまいました


なので毎日更新はこれで終わりになりそうです。




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