第96話【閑話】ある少女の話2
夕方、日も落ち始めている時間に走る高級車に乗っているのは、学校の制服であろう物を着ている少女が二人、軽くウエーブの掛かった茶髪ロングヘアが呟く。
「……もっと早く走れないのかしら?」
そのイライラとした物言いに運転手はビクっと体を揺らす。
黒髪ショートであるもう一人の少女が宥めにかかる。
「夏樹お嬢様落ち着いて下さい! 格好悪いですよ、あ、運転手さんはそのまま法定速度を守っていつもの様にお願いします」
諫められた夏樹は気まずそうにユキから目線を少し外して答える。
「そうね……やっと会えてお礼が言えるかと思ったら焦ってしまっていたわ、それでユキ、草原ダンジョンに銀髪で仮面を被ったツナギの探索者が居たのよね?」
モバタンを弄りながらユキが答える。
「はい、三日前の金曜日の情報になりますが目撃情報によると妖精を二匹を従えている二人パーティで銀髪仮面の方はジャージを着ているプロレスラーで、もう片方がツナギ装備だったそうです……お嬢様が言っていたのと少し違うのですよね」
「……コン様はプロレスラーな体形だったかしら? ジャージは着替えたのかもだし、あの時は麻痺で目も良く見えなかった可能性もあるし……うん実際に見れば私の王子様かどうか判るでしょう、それと妖精を二匹従えたツナギ装備の探索者って何やら最近聞いた話な気がするのだけども……」
「草野さんのお兄さんだか恋人さんだかの情報ですね、肩や頭に妖精を乗せたツナギ装備の探索者という情報でした、あの時は草野さんとお兄さんしか居ませんでしたが……ツナギ探索者の情報はほとんどお兄さんのしか無いんですよね、白夜ダンジョンであったのはツナギの探索者が女性二人を床を滑らせて運んでいるという情報しかありませんでしたし……モバタンで撮影してた人も居ましたが運ばれていた女性しか撮って無かったですからね、まぁ私達の事だったんですけど」
「ユキ! あの画像を勝手に撮っていた人にはきっちり裁きを加えているのですよね? 乙女のあんな姿を無許可で撮るとは許せません!」
「勿論です、幸い画像は拡散される前に抑える事が出来たので回収しましたし、鐘有の名前を出したら相手が土下座してきたそうですが、うちの有能な弁護士達が可能な限り重い罪と賠償金を払わせるべく鋭意努力中です」
「まったく、よだれを垂らしているユキの画像なんて出回ったらお嫁のあてが無くなってしまう所だったわね」
「……夏樹お嬢様も変顔でしたけ……いいえなんでもありません! それで私達の運ばれる様子のインパクトが大きすぎて運んで居る人の事に注視した人が見つからなかったのが残念でなりませんね、美人すぎるのも罪ですね夏樹お嬢様」
「そうよユキ、私達二人が美人過ぎて注目を浴びてしまったの、決して変顔やよだれなんて垂らしてなかった、いいわね!」
「ラジャー! っとそれでですね、協会の人間に聞き込みをしても実際に救助をした探索者に会った人達は職業意識が高かったらしくさっぱりで、その報告を盗み聞きしていた探索者に会っていない中間管理職からしか手に入らなかったのが痛いですね……ツナギを着た探索者としか情報が無いくせに偉そうに鐘有の系列会社のそれなりのポストを要求してきたらしいですよ、アホですね」
「いいじゃないの、ものすごい危険で大変だけどお給料は良い職場を紹介して差し上げなさいな」
「承知しました、それと土日の有力な情報は今の所届いて無いですね……まったくお嬢様が授業なんてサボるから当主様に土日は補習以外でお出かけ禁止なんて言われるんですよ」
「お父様ったら授業のサボりなんてまったく気にしてないくせに……私と一緒に居る口実にしたのだわ、やれガーデンパーティだダンスパーティだのと……すごく疲れたわよ……」
「末っ子は可愛がられる物ですからね、まぁ私の休日も一緒に巻き込まれましたが……お屋敷の下働きの子らと一緒にお出かけの予定だったのに……」
「一人であんなのに行く気がしなかったの、悪かったわ今度何かで埋め合わせするわよ、でもいいじゃない子供用のドレス似合ってて可愛かったわよ?」
「ぬぐぐ……寄ってくるのが子供好きのご高齢の方しか来なかったんですよ! もっとこうイケメンで家を継がない三男とかがダンスを誘いに来てもいいのに、周りのご高齢な方々らに、貴方もあと五年後くらいに良いお見合い相手を紹介してあげるわよ、なんて言われるんですよ? 私はもう今年結婚出来る歳に成るのに!」
「そんな貴方に結婚を前提にして交際を、なんて言ってくる男が居たらその方が怖いと思うのは私だけかしらね?」
ユキは夏樹のその言葉を聞いて上を向き何かを想像している……しばらくすると体をぶるっっと震わせて。
「た……確かに、それは怖いですね……、可愛いひ孫を見る様な眼で私を見て来るイケメンとダンスが踊れただけ良しとします、あの方が見た目通りの二十代で未婚ならと思わなくも無かったですが……かなりの数のスキルを持ってる方ですね、私が護衛だと気づいていたのかもしれません」
「うちのパーティに来る様な人達はスキルを大量に買えるから見た目で歳が判断し辛いのよねぇ……ちなみにあの方はダンジョン黎明期からご活躍されていた方でね、もうすぐ還暦じゃなかったかしら?」
「……イケメンの血を引いたお孫さんでも紹介してくれないでしょうかね……私にもそろそろラブな出来事が欲しいです、あ、草原ダンジョン側に着いたみたいですし、偵察に行っている部隊に連絡を取りますのでお待ち下さいね」
ユキはモバタンで連絡を取り出す、夏樹は足先をトントンと床に打ち付け、腕を組んだ右手の指先も左腕をトントンと叩いている、夏樹本人はその行動を無意識でやっている、運転手は有料駐車場の代金をモバタンで払いつつ無言を貫いている。
停車している高級車の中でトントントントンという音だけが鳴り響く、モバタンから顔を上げたユキが夏樹に語り掛ける。
「夏樹お嬢様、今日は確認出来て居ないそうです、土日をお休みにしている可能性もあるので月曜の今日は白夜ダンジョンか草原ダンジョンに来るかと期待したのですが……」
「そう……仕方ないわね……完全に日も落ちてしまったし、もう少し待ってみて駄目そうなら帰りましょうか」
そんな時にユキのモバタンが震えた、再度モバタンを操作したユキは報告を続ける。
「夏樹お嬢様、鉱山ダンジョンでツナギを着た探索者の情報がありますね、妖精を連れているようなのでお兄さんでしょう、相方がジャージを着た探索者でプロレスラーだそうです、一応荒いですが画像もありますねこれです」
夏樹にモバタン画面を見せるユキ、そこにはコウモリを鈍器で殴っているジャージのプロレスラーが居た。
じっくりとそれを見ている夏樹……。
「プロレスラーね……あれ……この鈍器と腰の鈍器収納用らしい装備はコン様と同じ? 画像が荒いけどもしかして? いえこの鈍器に間違いないです! 鉱山ダンジョンに急いで向かいなさい!」
運転集は静かに頷くと高級車を発進させる。
「ユキ! 画像はこの一枚しか無いの?」
「はい、鉱山ダンジョン二階を悠々と進むマラカスプロレスラーを見つけた! とかコメントが書かれてアップされていたこの一枚だけです、どうやら無断で撮って情報板に上げているようですね」
ユキのその言葉に夏樹は顔をしかめ。
「サイト管理者に連絡をして情報の削除を依頼しておきなさい、まったく勝手に撮ってサイトに乗せるとか……乙女の寝顔を撮るよりは軽い罪で済ませてあげなさい」
運転手はどっちも同じじゃ? と内心思っているがそんな事は一切表に出さず運転に集中している様に見える。
夏樹は自分のモバタンにマラカスプロレスラーの画像を移し頬を赤くしながら眺めている。
「はぁ……コン様の雄姿ですわね……思ったより筋肉質な方でしたがこれはこれで……ジャージでこの体格でマスクやお面で顔を隠して銀髪のカツラ? 染めている? そして鈍器かと思ったけどマラカスと兼用? ……ふむ……ユキ!」
急に呼ばれたユキはモバタンの操作を止めて夏樹に顔を向ける。
「どうしました? 夏樹お嬢様」
「この画像から読み取れるコン様のプロフィールなのですが……」
そのコン様って名前は何処からもってきたんですかね……と軽く突っ込みをいれているユキは完全にスルーされる。
「銀髪でマスクや仮面をかぶり練習着のジャージを着たプロレスラー体形、そして何よりマラカスを鈍器として使っている……つまり……コン様は、ルチャリブレ系のプロレスラーを目指しているのではないかしら! ドドーン」
自分の予想に確信があるのか語尾に謎の単語を付け加えてきた夏樹。
ユキはそんな夏樹の予想を聞き。
「ルチャリブレってメキシカンプロレスでしたっけ? なんでそんな話になるんですかね?」
今の夏樹にはユキの言葉は一切耳に入ってこない。
「ユキ! コン様へのお礼はスキルスクロールにするわ! あの方は動きが素人っぽかったですし戦闘系スキルはきっと喜ぶと思うの、うちに〈プロレス〉や〈格闘〉のスキルスクロールの在庫があるなら取り寄せておいて、無かったらそれ系の物をオークションで全力入札して獲得しなさい! 私の資産の半分までなら許可するわ!」
「夏樹お嬢様の資産の半分があったら数千枚は余裕で買えると思います……ちょっと落ち着いて下さい!」
勿論ユキの言葉は夏樹の耳に入っていかない。
「ああどうしましょう『これで俺の夢が叶う! ありがとう夏樹、俺と結婚してくれ!』なんて言われちゃったら……イヤンイヤンもうコン様ったらそれはまだ早いですよ~まずはデートに行きましょう! しまったメキシコまでのファーストクラスの座席を予約しておかないと!? いえプライベート機で行けばよろしいわねうんうん……」
暴走している夏樹、ユキは溜息を吐きつつどうやってこれを鎮めようかと考えている、ふとバックミラー越しに運転手と視線が合う、運転手は優しい目でユキを見ると軽く頷きそして運転のために視線を前方に戻す。
ユキはその優しい眼差しを受けて心が落ち着き、そして……暴走している夏樹を放置しモバタンで各種作業を始めるのだった。
「ええ!? 結婚式に
高級車の中は夏樹の声だけが響いている。
すでに日も落ちていてこのまま鉱山ダンジョンに着いても、あらかたの探索者は引き上げた後になるだろう、頑張れユキ! 夏樹からの八つ当たりを受けても運転手さんは君の味方だ!
だが運転手は女性なので君とのラブは発生しないだろう。
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