第36話 新たな力は

「では〈ナデポ〉以外の技の候補を説明しますね」


 そういってリルル先生は眼鏡を押し上げた。


「快楽と欲望は使いました、残りは麻痺 睡眠 雷 吸精 ですが、麻痺と睡眠と雷は力がそれほど残っていなかったので弱めになってます、地上のスタンガンのような物を発生させる事が出来ますけど、撃ちだす事は出来ません」


 男の子としては攻撃系の技が欲しいんだが、だめそうかなこれは。


「それは攻撃技としては弱いんですか? リルル先生」


「ええ一郎君、手の付近にしか発生させる事ができませんので敵に接近する必要がありますし、魔物に近づくとか怖いじゃないですか? 麻痺や睡眠の状態異常も雷に付与できますが威力はせいぜい初級クラスですし、魔力の宿った武器に付与して雷属性攻撃でレイス系なんかの不定形生物に攻撃がしやすいくらい? でしょうか」


 生物系の魔物にも多少は効くでしょうが……もう少し力を残しておけってのハゲ上司め、と八つ当たりをしてるリルル先生。


 なんだろう結構使えそうな気がするんですが。


「技の名前はなんと?」


「弱い技なのでまだ決めてません、好きにつけていいですよ一郎君」


 技の内容を踏まえてつけてくださいねーと溜息を吐きながら告げられる、リルル先生的には納得のいってない不本意な技なんだろうなぁ。


 ハイハイと口に出してポン子が手を上げている。


 正直指したくないが……。


「ポンちゃん先生なにか案がありますか?」


「はい! 〈電気麻でんきマッサージ〉がいいと思います!」


 おま!


 リルルの目からウロコが落ちた幻が見えた気がした。


「なるほど! それはいいかもですね〈ナデポ〉と併用も出来ますし……攻撃技としてはさらに弱くなりますが、その技名なら一郎君は希代のマッサージ師になれる可能性を秘めています! さすが先輩先生! 決定です!」


 俺がマッサージ師になる事が決定してしまわれた……いやいやまってまって。


「でもちょっと長いかもですね後輩先生」


「そうですねぇ先輩先生、なら少し短くして〈電麻でんマ〉にしましょうか」


 ポンちゃん先生の絶妙なアシストにリルル先生がゴールを決めた、まぁオウンゴールなんだが、リルルは判ってないだろうこれ、そしてポン子は判っててやってるな。


 ポン子はお腹を押さえて笑いを堪えている、そんなポン子を不思議そうに顔をコテンと曲げて見ているリルル。


 俺は決定しないように急いでリルルに語り掛ける。


「まってまって、電気と麻痺は入ってるけど睡眠が睡眠が入ってないから! 思い直して下さいリルル先生!」


「確かにそうですね一郎君、〈電気麻でんきマッサージ睡眠〉ですか、むむむん、語呂が悪くなりそうです」


 そしてやはりポン子がチャチャを入れる。


「後輩先生、電気麻でんきマッサージをすると相手の筋肉とかがピクピクしますよね?」


「そうですねぇそれがどうかしましたか? 先輩先生」


「〈ピクピク睡眠〉を略せば?」

「〈ピク――」


「それはアウトだ!」


 二人を止める、ポン子にイエローカードを出すジェスチャーをする、抗議をしてる風なジェスチャーを返してきたポン子、芸が細かいよな。


 なら、でんき、かみなり、ますい、らい、クッ……睡眠が入らないです、とか言ってるポン子。


 その技名になったら俺は一生使わないからな?


「〈麻酔雷ますいかみなり〉とかでいいよもう、字が少し違うけどリルル先生どうですか?」


「意味合いをある程度抑えているのでいけると思いますが睡眠が入って無い分ちょっと弱くなりますね、まぁリソースを多めに払えば詠唱省略とかで出せますし、技の名前を必ず言う必要も無いんですけどね」


 まぁリソース勿体ないので正式名の方がお得ですが、とリルル先生は続けた。


 まじか……、それをもっと先に言ってよリルル先生。


 ポン子が、ハイハーイと手を上げている、正直このまま押し切って技名を決めてしまいたい、しかしあいつの提案を聞いてみたい俺もいる……クッこんなに苦悩するなんて思いもしなかった。


「ポンちゃん先生なにかな案がありますか?」


 ポン子は胸を張って答える。


「〈麻痺雷雷睡眠まひらいかみなりすいみん〉これを提案します! 後輩先生どうですか?」


「え、ええ、それなら意味もしっかり入ってますし、威力が弱くなる事はないでしょうけども……言いづらくないですか? 先輩先生」


 確かに長いし何か言いづらい感じはするな、まぁ威力を優先したって事なのかな?


 ポン子にしてはまともな案で安心したよ。


 その時ポン子がニヤっと笑った気がした。


「ええ、なので正式な技名は〈麻痺雷雷睡眠まひらいかみなりすいみん〉ですが、その下部に短縮詠唱用の技名を固定登録する事で言いやすい技名を使っても威力の低下を可能な限り抑えるのはどうでしょうか? 後輩先生」


 リルルは、それならいけますけども、と返事をしていて、そこにポン子がたたみかける。


「正式な技名の頭文字を取って〈マラカス〉を短縮詠唱名にする事を提案します!」


 まともな案じゃなかった……こいつまたぶっこんできやがった。


「まて、技名が周りに知られたら、俺が楽器を振り振りしながら戦う探索者に見られてしまうじゃないかポン子っ!」


 つい素で突っ込みを入れてしまった。


「今でもスライム相手に踊ってるんですから、楽器の一つや二つ、あ、マラカスって複数形なので二個ですね両手が塞がります、踊って演奏の出来る探索者を目指しましょうよー、後はスキルで〈歌唱〉とか取れば完璧ですね! やったねイチローこれで貴方もアイドル系主人公だ!」


 ニコニコと本当に、いやまじで本当に楽しそうに語るポン子、それとポンちゃん先生何処行った。


 リルルはよく判ってなさげで。


「はぁ、〈マラカス〉ですか? 問題は無いので設定は可能ですがマラカスって何か意味があるのです? 演奏? アイドル? ごしゅ……一郎君はアイドルに成りたいのです?、よく判りませんが私は応援しますよ」


 リルルは訳の分からなさのせいで若干先生キャラが、ぶれてしまっていた。


 マラカスを知らないようだ。


「後輩先生、マッサージにも使えるなら振動も起こせる仕様を追加出来ませんか?」


「それくらいなら簡単に付けられるので、やっておきますね先輩先生」


 当たり前のように追加案が採用されて話が進んで行く。


 もう止めるのに疲れてきた俺がいる、後で実験台にしてやるからなポン子。


「さて、最後が吸精ですが、これは素人天使が修正した物を多少流用してみまして〈救世きゅうせい〉にしてみようかと思います、元々が字のごとく相手の精力をリソースとして奪う技なんですが神の力を融合して意味を反転させてあります、吸精は悪魔に堕ちかねない危険な力なので意味を変える事で威力を落とさざるを得ませんでした、自身の精力とリソースを使って味方を救う事が出来るようになります」


 自分の精力を相手の精力にするとか? それまた探索に使えないような? だがポン子は理解できたようで。


「つまり、エナジードレインがバフ系のスキルに変わったと考えてもいいですか? 後輩先生」


「先輩先生その通りです、一郎君が守りたい救いたいと思う相手に自信の精力とリソースを対価にバフをかける技になります、力、耐久、器用、素早さ、魔力、魔力耐性、幸運、再生、この八つのバフがかかります、それぞれの上昇量は一郎君の払う対価の量次第で変わってきますけども」


 まぁ威力を落としたので、これも個々の上昇量は低めですけどね、とリルル先生は続けた。


「俺はバッファーになるのか……前線でバリバリ戦う探索者にも憧れるが……味方が有利で安全なのが一番だよな、それで決めてください、リルル先生」


「判りました、ではご主人様の中をじっくりと弄らせてもらいますね、ふふふ」


 あ、先生から研究者に戻ってしまった、慎重な作業になりそうだし、チャチャを入れられても困るのでポン子には二枚目のイエローカードを出しておく。


 それは理不尽では! とポン子は言いつつ何故かリルルの所に降りていき耳打ちしている。


 リルルが空間庫から人間サイズの、口周りを覆うマスクを取り出した、表面には大きくバッテンが描いてある、ポン子が魔法をかけると妖精サイズに小さくなっていった。


 ああ、生活魔法で小さく出来るのか……そういやリルルの服とかも大きさ変えないと着れないもんなぁ。


 ポン子はバッテンマスクをつけてスライムに戻って座っている、律儀だなぁ。


「ではいきますねご主人様、体を楽にしてください~、はーいちょっとチクッとしますよ~」


 何故かお医者さんになっているリルル。


 俺の中がグルグルとギュウギュウと、ちょっと気持ち悪いかもこれ……。


 と、今度は気持ちよくなって、そしてチクッとしたと思ったら。


「はい終了です~、ご苦労様でした~」


 リルルはそう言う、まって、一分もたってないんだけども! 大天使さんと天使さん二人掛かりで数十分かけてたんだけど……。


 マスクを外したポン子が降りてきてリルルに返している、俺の胸の上に二人の美少女妖精が立って居る、俺に床属性が生えた……のか?


「早いですね後輩ちゃん」


「そうですか? 先輩、方向性さえ決まっていればこんなものかと思うのですが……、素人天使と一緒にしないで下さいね?」


 先生プレイは終わりらしい。


 その素人ってやっぱり大天使さんの事だよなぁ……、ポン子は頼れる上司的な事を言ってたんだが……うーん、リルルが天才すぎる説の方が納得できるかも?


「ブゥッ失礼くくっ、そうですね後輩ちゃん、素人と一緒にしてはいけなかったです、それでイチローの中のスキルは確定したと?」


「はい〈夢見がち〉スキルで定着させました、スキルが安定定着するまで大がかりな改変はしばらく控えないといけないですが、微調整や技を使うだけなら問題ないはずです」


「おーおめでとうございますイチロー、これで貴方もスキル持ちですね!」


 わーパチパチと拍手をしながら言ってくるポン子、リルルも拍手をしている。


「ありがとうポン子、リルルもお疲れ様ありがとうな助かったよ」


 感謝の言葉は素直に口に出せと、妹にも施設の女の子らにも言われている。


「どういたしましてですご主人様、それとしばらくはメンテナンスが必要なので、その都度微調整させて頂きますので、よろしくです」


 そういうものなのか。


「了解だ」


 うふふまだまだ弄れます~とリルルは嬉しそうだ……メンテナンスは必須なんだよな? ね? リルルさん?


「ではイチロー、引き続きスキルの試しをしますかね~」


 ポン子はそう言うが。


「それは構わないけどこの態勢のままやるのか? もう俺起き上がってもよくね?」


 リルルは素直に。


「あ、そうですね、ではテーブルにでも移りましょうか、ポン子先輩」


 そしてポン子は素直に従うはずもなく。


「後輩ちゃん判ってないですね、肌を美少女に素足で踏まれて喜ばない男の子なんて居ないんですよ? イチローだってこのままで過ごしたいに決まってます」


 いやそんな訳……そんな……うーん? リルルに嘘をつく訳にもいかないし、肯定しても変態になりそうだな、よし黙っておこう、沈黙はきんなり、だ。


「ほらイチローも否定しないでしょう? このまま話を進めましょう後輩ちゃん」


「はいですポン子先輩! 確かに姉様達に男の喜ぶ踏み方を教わった事がありますし、部隊長の教え一章にも書いてありました、頑張って踏みますねご主人様!」


 ……沈黙は黄鉄鉱だった、愚者は俺だったようだ。


「それにスキルが暴走してしまうかもしれないし、いつでもイチローにアクセス出来る状態の方がいいですよ後輩ちゃん」


 あら、実は俺を心配して言っていたのかポン子、素直にそう言えばいいのに。


「大丈夫だとは思いますが絶対はありえないですね、確かにその通りですポン子先輩、ではこのままご主人様に説明しますね~」


 リルルは再度女の子座りに戻り、そして何故かポン子も俺の胸の上で横座りしている、スラ蔵さんが悲しむぞ。


「それでですね、ご主人様」

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