第2話 目覚め

 目が覚めると見知らぬ場所だった、半身を起こすと柔らかなベットに寝ていた事に気づく、服はいつものつなぎで、足元は靴下、靴は履いていないようだった。


 上を見ればどこまでも高いステンドグラスをはめこんだ多角形の天井、横を見回せば様々な装飾を施された壁や柱や窓や祭壇や何人も座れそうな長椅子や天使っぽい人、まるで昔TVで見たヨーロッパの教会の大聖堂のような場所だった。


 そして俺が今乗っている十人は軽く寝られそうな大きなベット、たぶん俺が住んでる部屋”1Kシャワー&トイレ付き”には到底入らないであろう大きさだ。


 つい、つぶやいてしまった。


「この場所にベットは違和感ありすぎじゃね?」


 と、横から声が聞こえてくる。


「もう大丈夫そうですね」


 聞き覚えのあるような声をかけられ、そちらに目を向けると。


 祭壇の側に居たのは頭の上に輪っかが浮かび、背中から翼が二枚生えている、古代ローマ衣装を思い浮かばせる白いゆったりとした服を着ている天使のような美人さんが話しかけてきた。


 優し気な青い目で少しウェーブの入った腰より長い金髪、高い鼻に透き通った肌、目が引き良せられる大きな胸、白い服から少しだけ見える細い足首と革で編み上げられた靴、まさに天上の美をすべて集めたような、絢爛豪華、容姿端麗、才色兼備、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花……。


「あの、それ判っててやってますか?」


 美人さんが顔を少し赤くして聞いてきた。


「それとは?」


 何の事か判らず聞き返す。


「この場所では制御されてない思考は周囲に駄々洩れになるんです」


 えーと、なら思考で会話したほうがいいですか?


「いいえ、普通に声に出して話してください、思考も漏れ出ないように魔法を使う事にします」


 美人さんが手を少し降るとキラキラとした光が波のように部屋全体にいきわたる、

 それを見ながら質問をしてみる。


「分かりました、それでここは一体何処で、美人で素敵な貴方は誰なのでしょうか?」


「ここは神界で、美人で素敵な麗しい私は大天使です、あなたは起きる前の事を何処まで覚えていますか?」


 軽く返されてしまった、というか一言増えとる、好きになりそうだ。


 えっと起きる前というと確かスライムダンジョンに潜っていたはずで、そう、スキルスクロールを! そこで唐突に記憶がよみがえる、だが痛みや気持ち悪さがすごかったはずなのに今一実感がないというか何というか。


「ダンジョンでスクロールを使ったまでは覚えています、すごい痛みがあったような記憶はあるのですが、まるで過去の記憶を思い出したかのような遠い感触と申しましょうか、すごく違和感がありますね、最後は妙なスキルを覚えたような?気がします」


「はい、貴方はそのスキルを覚え、そして一度死にました」


「は?」


「そして、死を得た事で解放されたアストラル体がスキルに合わせて変化をし、と、いや今はもっと必要な事を説明するべきですね、すいませんでした、貴方は死を体験しそして、エラーアラートに気づいた私が体ごと神界に呼び寄せ、癒し専門の天使が回復をして今の状態に至っています」


 死と言われても今生きてるしピンとこないが、助けてくれたらしい。


「えーと、あの妙なスクロールのせいで弱ったけど治してくれたって感じでよろしいでしょうか?」


「……そう理解してくれてもかまいません」


 大天使さんは苦い野菜を食べた子供のような顔をしてそう言った。


「じゃぁそうします、助けて頂きありがとうございます」


 頭を下げようとしたが、ベットに座ったまま会話をしていたことに思い至り、木製でピカピカに磨き上げられた床に靴下のまま降りてから大天使さんの前に立ち、深く頭を下てからゆっくりと戻した。


 あ、大天使さん結構背が高いな、作業着を買う時の簡易の測定だけども、たぶん167㎝くらいだと思う俺より少し高く感じる。


「謝るのは私どもの方です、有り得るはずのないアイテムをこちらのミスで流通させてしまい、あろうことか愛し子に辛い目を合わせてしまいました、本当に申し訳ありません」


 俺の頬に手をあてて優しくさすりながら目をしっかりと合わせ、申し訳なさそうに謝る大天使さん、やばいなこの人すっごい美人で性格もよさげだ、ママと呼びたい。


「ま、今生きてるみたいですし、おっけーですよ!」


 恥ずかしさのあまり手の届かない位置まで遠ざかり、元気よく答える。


「そうですね……、では貴方の現状についてお話ししようと思います」


「よろしくお願いします」


「そちらに座ってください、はい、では説明しますね」


 言われた通り長椅子に腰掛け大天使さんの話を黙って聞く事にする。


「まず、貴方が使ったスキルスクロールですが地上に流通させるつもりのない物でした、天使用に調整されたそのスキルの内包するエネルギーは大きくて、人間が受け止める事は難しく、例えるなら紙風船にプールの水を全部流し込むような物だと思って下さい」


 うん、破裂するか紙が溶けそうだな、でも無理ではなく難しいという事は可能性もあるのだろうか?

 

 大天使さんは話を続ける。


「貴方は治癒術によってある程度回復していますが、まだ治し切れていない部分があると思ってください、スキルのインストールを止める前の段階でもかなりのリソースが流れ込んでいました、それは人には余る物なので回収しましたが、それによりアストラル体、いや心というか存在というか、とにかく穴が空いている状態なんです、これにより精神構造にも多少なりと変化が、つまり性格が変わっている可能性があります……」


 性格が変化? それを感じ取ろうと心に問いかけてみるが、なんというか重苦しい物が無くなったようなスッキリした感じがするんだよなぁ。


 そういや目が覚めてからの言動も、昔を思い出すというか最近の俺とはまったく違うが、むしろ小学生頃に戻った気分で心地よい。


 そういった自身のありようを伝えると、大天使さんはおもむろに魔法を使いだし百面相をしだした、作業中は感情が顔に出る人なんだなーと、うん可愛いな。


「今アーカイブで貴方の過去を少し見てきましたが、確かに幼い頃と最近の貴方はかなり違うのですね、修復時に過去半年程のデータを参照した時と比べて言動というか思考がずいぶん……その、後遺症で頭がおかしくなったのかと思ってましたのでよかったです」


 一瞬言いよどむかと見せかけてしっかりディスって来たぞこの大天使さん、昔の俺と今現在の俺がおかしいと言い切りやがった、まったく、いいぞもっとやれ。


 うん、何故か思考が軽い、やっぱり漫才のようなネタが大好きな俺は昔の俺で素の俺だと確信する、俺はこうであってこうありたかった俺だ。


 なんだろう今の俺が俺であるのがすごく嬉しく、心に感じてた重石のような闇のような物が晴れた気分だ、感覚が嬉しさが心の中に広がっていく気がした。


 その時大天使さんが声を漏らす。


「あっ、空いてた穴が……」


 びっくりした顔でつぶやいた大天使さんに聞き返す。


「どうかしましたか?」


「はい神格が……じゃなくて、ええと空いていた存在の穴がほとんど埋まっています、これなら後の対処が楽になりました、よかった、修復するのに何十年も神界に居てもらう必要が無くなりました、これならすぐ地上に帰れますね」


 にっこりと眩しい笑顔で語りかけてくる大天使さん、可愛い。


 というか、あやうく現代の浦島太郎になる所だったのか、まぁ大天使さんが乙姫なら喜んで付き合うんだけども。


「まだ少し空いている隙間がありますが、そこは後でスキル等で埋めてしまえば大丈夫でしょう、これは地上に帰ってからでも大丈夫なので話は省きますね、そして今回の出来事の謝罪とアフターフォローについてなのですが」


 笑顔で話していた大天使さんなのだが、会話の途中から真面目な顔つきというか冷たい目つきになっていく、あれ?なんかこの部屋寒くないですか?。


「出てきなさい」


 大天使さんの短い一言、会話を挟む雰囲気じゃない、背筋を伸ばして状況を伺う。


 すると、祭壇の後ろの方から何かが飛んでくる。


 身長は二十㎝ちょい、六頭身くらいで、背中に四枚の透き通ったトンボのような丸みを帯びた薄青い羽、何某かの魔法を使って飛んでいるのか、羽から光の鱗粉のような物がうっすらと舞っては消えていく。


 パッチリとした二重で大きな目は薄紫、髪は金髪のストレートロングで腰に届かない程度、少しとがった耳が髪から飛び出している、緑を基調にした葉っぱをイメージさせるノースリーブで膝丈のワンピース、胸元に白い天使を思わせるワンポイント、靴は履いてなく素足だ。


 美人というよりは可愛いという言葉が似合いそうなちんまい美少女だ。


 その見た目はダンジョンに出てくるとされる魔物そっくりである。


「妖精?」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る