ダンジョンのある現代編
第1話 ダンジョン探索
「よし、今日も行くか」
寒くもなく暑くもない今日も適温に保たれたダンジョンの入口内部、このダンジョンだと二十四度くらいだったかな?、腰に手をあて背を伸ばし軽くからだを回して準備運動をしながらつぶやく。
ドロップ率がよくなりますように。と手を合わせて願いつつ、床に置いてあるバックパックから突き出ている棒のような物を抜き出す。
それはカーボン製の釣り竿の一部を利用していて、ヒュッっと降るとしなりを帯びてビョンビョンと動く。
棒の先には鉛の重りが幾十にも巻いてあり、しなるメイスのような物と言えば想像しやすいだろうか。
これは、施設の倉庫に眠っていた壊れた釣り竿とその道具の一部から自作した装備品でスライムスレイヤーマークⅣだ。色はスプレーで黒くしてある。
ちなみにマークⅠは廃棄古材の手元だけ持ちやすいように一本に、それ以外は2本重ねてダクトテープでぐるぐる巻きにして折れにくくした物だった。
あれは重くて使うの大変だったな、遠い目をしながらマークⅣをしならせて調子を確認する。
「大丈夫そうだ」
つい独り言を言ってしまうのはクセになっている、作業着専門店で買った黒の安全靴に、青灰色のつなぎ、緑色のサイドポーチに、破れた場所を下手くそな縫い後で補修してある色の落ちた小豆色のバックパックを装備して、マークⅣを片手に歩き出す
今いるダンジョンは人口石壁洞窟型のダンジョンで、基本的に石で出来ている通路と部屋で構成されるよくあるタイプのダンジョンであり。
石壁はまったいらでつなぎ目が無く、床はざらつきがあるので濡れていても滑る事は無い。
通称が雑魚ダンジョンとかスライムダンジョンなんて言われ、探索者が少ないのが特徴といえるかもしれない。
正式名称は英字と数字の組み合わせだった気がするが覚えていない。
通路の広さは狭い所で幅五メートル高さ三メートルくらいからで、広い所だとさらに十数倍以上あるダンジョンもあるらしい。
そこまで広いものが本当にあるのか、それはもう通路でなくてホールでは?と実技講習の教官に聞いた事があるが、「それくらい広くないとドラゴンが通れないだろ」と返されて唖然とした。
五十メートル程歩いた先で十字路に着いた、このダンジョンの一階は碁盤目状になっていて、一辺の長さが一キロ近くある道に囲まれ、道と道の間に行き止まりの部屋が無数にある作りだ、京都の町をイメージしてくれ、ちなみにこのまま真っすぐ行くと二階へ進める階段に着く。
「さて」
ここから渦を巻くように外側の部屋から順番に部屋を回って行くのがいつもの流れ。
一つ目の部屋に入ると部屋の大きさは学校の教室を二つくっつけて正方形にしたくらいか。
中には、このダンジョンで唯一出る魔物、そう、スライムが数匹こちらに気づいてピョンピョンと近づいてきている。
このスライムだが倒し方にはコツがいる、まずこちらの様子を見て動かないでいる個体に攻撃をしかけると避けられる事が多々ある、そして複数個体がいるときに一つの個体に注視して横から体当たりを食らうなんて事もある。
体当たりが結構痛くて小学生が思いっきり蹴ったサッカーボールが当たったくらい。
ただこれを聞くと馬鹿にする人もいるんだが、ちょっと想像してみてくれ、相手が十数体いたなら、十数個のサッカー少年のシュートが常に体や顔に降り注ぎ気がつくと体にスライムが取りき、そしていつの間にか装備や皮膚が溶かされる。
消化速度は遅いので普通は簡単にふり払えるんだけどな。
まぁやってみせるのが一番か、って俺はさっきから一体誰に説明してるんだろうな……ずっと一人で居るせいか架空の人物に脳内で説明しながら狩りをするとかやべー奴だよ。
近づくスライムが一斉攻撃できないように、相手が縦並びになる立ち位置に変え、相手が動き出す瞬間を狙ってマークⅣをふるう。
カーボン特有のしなりと鉛の重さで、軽く振ったにも関わらず木材で思いっきり床を殴ったくらいの衝撃はある。
ドンッとスライムを破裂させつつ床にぶつかった鉛が重い音を響かせる。
「まず一匹」
そして二匹三匹と同じ要領で倒していく、倒されたスライムの痕跡はしばらくすると消え去り、ドロップアイテムが残る。
1と数字のかかれた銀色のコインが三枚
「外れか……」
コインを拾ってサイドポーチに入れて次の部屋に向かう。
そして次から次へと部屋を渡りスライムを倒していく。
部屋の外から敵の数を確認する、多ければ通路まで少しづつ釣り出して倒し、少なければ部屋に入り順番に潰していく、ドロップを拾いポーチやバックパックにしまい、また次の部屋へ、たまに通路にいるスライムも即座に潰し、ルーチン化された動きで作業をこなす。
この状態だともう思考力もほとんど戦闘に割いておらず、今日は何弁当を買おうかと考えながら条件反射で倒していく。
今居るダンジョンの一階は馬鹿みたいに広いくせに、二階に行きたいなら真っすぐ進めば階段があるので外側には人がほとんど来ない。
たまにすれ違っても魔物を倒すのに競合するような場所でもないので、お互い距離を開けて会釈をしてすれ違う、実に平和なダンジョンで過ごしやすい。
世間ではダンジョンはパーティを組む事を推奨しているが、ここなら一人でいけるし煩わしさが無くて良い、何よりひっそりと静かに生きていかないといけない。
ここのスライムが再出現するには二十四時間と言われているが魔物の数が足りないと感じた事は無く、大体一日八時間潜って六百匹近く倒しても減らした気がしない程に一杯いる。
今はダンジョンに進入してから三時間程、腕時計で確認した時間が丁度お昼過ぎだったので、マークⅣを壁に立てかけてスライムを倒し終えた部屋で休憩している、お昼はダンジョンの中で食べる事が多いので、大体がコンビニのオニギリとペットボトルのお茶で済ます。
ゴミも放置しておけばダンジョンが吸収してしまうので、隅の方に捨てておけば良い、ある程度放置された非生命体が吸収されるらしい、少なくとも前日に捨てたゴミを次の日に見かけた事は無い。
「今日のドロップは渋いな」
いつもならもう少し出るんだが、と頭の中でドロップ品の数を計算する、コインが二百枚ちょっとに、スライムゼリーが二十六個、金属片四十五個、コモンポーションに至っては一個しか出ていない。
協会の買取相場次第だが恐らく三千円前後くらいだ、このままだと今日の夕食は魚のフライ弁当になりそうだ。
「後半戦に期待だ」
自身を元気づけてマークⅣを持ち、動き出そうとした時だった。
部屋の真ん中にスライムが一匹わいてきたので戦闘態勢を取る、少し色が違う気もするがいつものように近づいてマークⅣでズドン。いつものようにドロップが……
「ん? スクロールか」
片手を握り小さくガッツポーズをして喜ぶ、スクロールなら最低でも一万で売れるし内容次第ではもっと高い事もありえる、スライムカードと同じく一月に一個か二個出るお楽しみアイテムだ。今日は高級焼肉弁当大盛に出来るな。
まぁ、スライムから出るスクロールはコモンしか聞いた事がないんだがな。
スクロールには二種類あって一時効果の物は、一定時間基礎能力を上げる、回復魔法や攻撃魔法を設定された回数分使える、ダンジョンの奥から帰還出来るなど、他にもスキルを一時間だけ覚えるものとか色々あるらしい、使い捨てスクロールとか、消費スクロールなんて呼ばれている。
そして永続効果スクロールは、なんとスキルを覚える事が出来て、一般的にはスキルスクロールと呼ぶ、どちらにしろ使い終わるとスクロールは光りながら消えていく。
スキルは覚えれば基礎能力値に補正がつくと言われており、例えばコモンのゴミスキルでも覚えれば能力が上がり、熟練度を上げれば補正値もさらに上がるらしい。
アイテムを鑑定するスキルや魔道具は存在するが、能力値を数値で見られるような物は未だに発見されていない、しかし観測データや体力測定などからそのような効果はあるものと認識されている。
体力系の補正値を上げると免疫力も上がったり若々しくなったりするのではないかといわれており、それ系が上がるスキルスクロールはお金持ちに人気がある。
俺も今までの探索で過去にスクロールを二十枚弱程手に入れており、スキルスクロールは一枚あった、ただ探索者成り立てで貧乏だったため、いや今でも貧乏は変わらんのだが、その頃は、朝に水 昼おにぎり 夜もやし。
なんて食生活だったので自身に使う事を諦めて泣く泣く売り払った記憶がある、コモンの口笛スキルだったがそれでも5万で売れ、すぐ後に買って食べたコンビニのから揚げ弁当の美味さは今でも忘れられない。
ただ口笛が上手く吹けるようになるだけのスキルで、器用さが上がるのでは?といわれている。
見覚えの無いアイテムの鑑定は、スキルや魔道具が無いならダンジョンから出て自販機や誰かに鑑定して貰うのが普通だが、スクロールに関しては裏技があり、使用キャンセル鑑定と呼ばれているものがある。
スクロールをひろげて使おうとすると、本人にしか聞こえない女性の声で質問が来て、×××のスキルを習得しますか? もしくは××の魔法を使用しますか? 等と聞かれ、「はい」「いいえ」「YES」「NO」などの発音をする事で使用出来る、音声認証だ、位置指定などがある場合はさらに続くらしい。
この声は〈ガイド音声さん〉と呼ばれてて、一部ファンによる成人指定同人誌があるとか無いとか……闇が深いなこの国は。
「鑑定をするか」
慎重に、さきほど出たスクロールを開けていく、そして以前何度も使用キャンセル鑑定で聞いた事のある声が聞こえてくる。
『これはベータテスト用スキル群五ですベータ終了前には必ず削除する事! 重要! のスキルを習得しますか?』
「はい?」
ガイド音声の意味が判らずつい言葉が出た。
『スクロール使用の承諾を確認しました、インストールを開始します』
ちょ何を言って、っがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ぁぁ。
痛い痛い痛いイタイ気持ち悪い気持ち悪い気持ちわるぃキモチワルイ……。
お腹の中に手を突っ込まれ臓器をむぎゅっと絞られては解放される、そんな感触と共に全身に痛みが流れる。
スクロールが手から零れ落ち、あまりの気持ち悪さに腹を抱える。
――いつのまにか目の前に壁がある、いやこれは床か、痛みは消えず意識が遠くなっていく片隅で、目の前にある未だに消えてないスクロールから何か聞こえる気が……する。
『あれ? アラート表示だ、なんだろ、って何でこのスキルがまだあるのよ! 人間にインストール中!? しかも格が低い個体に、天使用のスキルなんて人に入れたら精神も肉体も壊れちゃうじゃない! まずいまずいまずい、えとえとインストール緊急停止に、肉体時間停止、精神の保護っは間に合わないか! しょうがない神界の救護室に転移、後は治癒術の得意な天使を呼んで――』
『――てな訳で彼の精神の修復と肉体との同期、それと暴れだしそうな神格の封印、何故か削除されてなかったテスト用スキルの削除処理をお願いね、必要なリソースは特別予算から出るように申請しておくから、え? 忙しい? あなたの所は超暇でしょうに! 私は今バグ取りで忙しいのよ、大変な処置なのは判るけど、私のとっておきの紅茶とお菓子セットをあげるからお願いよ~、ありがとう! よろしくね~、あ、後この騒ぎが起きる原因になった存在が居たら連れてきてね、まぁ予想はつくんだけども……』
『ふぅぅ、なんとかなったわね、それじゃ少し休憩してからバグ修正の続きと彼が起きた後にする説明の準備を、ってあら?しまったパスが繋がったままだった、解除っと』
光を発し消えていくスクロール、そして静寂が戻ったダンジョン。
通称雑魚ダンジョンと呼ばれるダンジョン一階のとある部屋にはマークⅣだけが転がっていた。
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