第3話 帰還

「妖精?」


 俺が声を出すと

 目の前に浮かぶ妖精が笑っているような泣いているような顔で声を出す。


「えへへ、こ、こんにちわ~」


 こちらに向かい手を振りながら挨拶をする妖精。


「私はまだあなたに発言の許可は出していませんよ」


 大天使さんが冷ややかに突っ込む、空気がピンと張りつめていく、妖精は背筋を伸ばし右手を心臓の位置に左手を体の横にまっすぐに伸ばして固まる、この世界の敬礼なのかな?


 羽まで一切動かずに空中にピタっと留まっているのは、なんとも魔法的だなぁと感心する、羽から光の粒がうっすらと出ては周囲に解けていってるけども。


「ふぅ、この天使は今回貴方が使用したスクロールを地上界に流通させる原因を作った者です、貴方への守護天使として妖精の姿で地上に派遣する事をもって謝罪としたいのですが、いかがでしょうか?」


 大天使さんがこちらに問いかけてくる、妖精の方は未だに直立不動のままだ、いやまぁ浮いているんだけども、しかし守護天使かぁ名前からするに守ってくれる存在なのだろうか。


 このちんまい妖精にそれだけの力があると? なんとなく厄介払いという言葉が浮かんでくる、天使? 見た目妖精なんだが。


「それでその守護天使というのは具体的にどんな事をするのでしょうか?」


 内容を知らないと答えようがないので聞いてみる。


「そうですね、それは自らに語らせた方がいいかもしれませんね、さぁ、発言を許可します彼に貴方の自己紹介と仕事の内容を説明しなさい」


 大天使さんは妖精に向けた手を俺の方に向けながら発言を促す。


 妖精は俺の前に浮遊してきて元気よく答える


「わっかりました大天使様! こんにちは人間さん、私はプリチーな妖精の姿に変えられていますが元の姿は可憐な天使です、このたびは大変な目にあったようでお見舞い申し上げます」


 なんだろうすごく残念臭がする、まるで自分のせいではないかのような言動に、きっと反省の文字が辞書に載ってないのだろうと思わせる。


「私は貴方にカードテイムされ主人登録済みの妖精としての偽装をし地上へと一緒に行きます、天使としての力は一部以外使えなくなりますが、地上のテイムシステムを流用し妖精としての格はなんとレア相当! きっと貴方の、いえご主人様のお役に立って守護してみせますので期待していて下さい!」


 むふーと鼻息をもらしながらふんぞりかえる天使もとい、もう妖精と呼ぶか、さっきまでの殊勝な敬礼姿は何処にいった。


 しかもレアって下から3番目じゃん、珍しいけど他に居なくも無いって微妙な立ち位置じゃね?


 守護天使の説明にはいささかというか、かなり足りていない気もするし、一緒に行く事が決定してるらしいし、色々とげせぬ。


 これでもし俺がいらないですとか言ったらどうなるんだろうか。


「もう少し真面目にやりなさい! 今回の失態で貴方を消滅させるべきだとの意見もあったのよ? そこをどうにか彼の一生に寄り添う守護天使として地上に出向扱いにし、それをもって謝罪となすようにした! 私の! 根回しの! 苦労を! 無駄にする気ですか!」


 大天使さんの雷が落ちる、というか実際に窓の外にピカピカと雷光が見えてすごい音が連続して聞こえてくる、すごくコワイ、ママもとい大天使さんには逆らわないようにしよう。


 いらないと言ったら妖精の消滅もありそうだな、言わなくてよかった黙っておこう。


「ご、ごめんなさーい」


「いいですか、あなたはそもそも――であるから――いつもいつも――そんな事だから――出来るわけじゃ――しなさい」


「にゃ~、ごめんなさいってば~~」


「その言葉使いも――目をつけら――あの時――私がどれだけ――」


「ひぃー-」




 大天使さんによる妖精に対するお説教が始まった、勢いがすごいし長いし同じフレーズを使わずに怒るという技を使っている、説教職人かな?


 時間もかかりそうだし、長椅子は硬くてお尻が痛くなるので、柔らかいベットに腰掛けて部屋の壁やら柱やら天井やらの装飾などを観察して時間を潰す。


 ヨーロッパの教会に観光に行ったようでちょっと楽しい、窓の外が未だにピカピカしてるが気にしない。


 まだ続いているので、目の前の天使漫才を眺めてみる、説教漫才もネタとしてありだよなー、これ大阪あたりならワンチャン売れるんじゃないかな?


 導入はこんなので。

〈どうも~美人大天使でーす〉

〈どうも~プリチー妖精ちゃんでっす!〉

〈いやもうみなさん聞いてくださいよー、この妖精ほんましょうもなくて〉

〈ちょっ大天使様、何を急に言い出すの!?〉

〈いえね、こないだこんな事がありまして――〉

 みたいな、最後は説教で終わるとかどうよ。


 あ、終わったみたいだ、窓の外も雲が晴れて光が差し込んでいる、うん綺麗だな。


 はぁぅ~と表現しづらい声を出しながら妖精がふらふらと飛びながらこちらに近づき、大天使さんも一緒になってやってくる。


 俺も立ち上がって迎えるが、あれ? 気のせいか大天使さんの肌の艶がよくなっているような……、うん、俺は何も気付かなかった! そういう事にしておこう、長生きはしたい。


「こほん、申し訳ありません、ちょっと興奮してしまいました、それでですね細かい仕事の内容や事情の説明など諸々は地上に行ってから妖精に聞いて頂くとして、貴方を早めに地上にお返ししたいのです、神界に長時間いるのもよろしくないですし」


 一番時間がかかったのは貴方のお説教なんですが。


「あれ? 修復に何十年かかるかもとか言っていた気がしますけども」


 矛盾してないかと不思議に思って聞いてみた。


「正当な理由があればですね、貴方に神界の影響が少なくなるような結界を張る事も許可されるのですが、現状もういつでも帰れるような状態になりましたし、このままここに居ると封印部分もゆるんでしまいますし……」


 封印? 回復とかではなく? まぁ妖精が色々教えてくれるなら後でいいか。


「分かりました、それじゃあ帰る事にしますね」


 素直に頷くと、ほっとした顔を見せる大天使さん、と妖精、お前は説教が終わるのが嬉しいんだろうな。


 妖精と俺が横に並び大天使さんと向き合う。


「それでは転移魔法にて貴方が倒れた場所に送り返します、ここに来る時に持っていた荷物も一緒に送るので安心して下さいね」


 笑顔でそう言う大天使さん、ほんと美人だよなぁこの人、綺麗で仕事も出来そうとか完璧じゃね?


 そして彼女は妖精の方に顔を向け。


「貴方も守護天使の仕事をしっかりとしなさいね、遊んでばかりいちゃダメですよ、お菓子は程ほどにしておきなさいね、それから――」


「も~判ってますってば~大天使様、私に全てまかせて下さい! 万事うまくやってやりますよ!」


 クドクドと注意事項を連ねて妖精に語り掛ける大天使さん、そして腕を振り上げ陽気に答える妖精、なんだろうか、ママでは無く、おかんとダメ娘みたいに見えてきた。


 ようやく注意が終わった大天使さんが少し距離をおいた。


「では、あなた方の未来に幸運あれ」


 大天使さんがそう言うと魔法陣のようなものが俺と妖精に被さってくる、頑張ってくださいと声をかけながら手を振る大天使さんの姿が歪んだ瞬間、浮遊感と共に着地。


 そこは見慣れたダンジョンの部屋だった、周りにはバックパックとサイドポーチと靴、そしてすぐ横に浮遊している妖精と部屋の中央で蠢くスライム達。


 おや?









 ――

 side 神界


 転移術の残滓が消えていく様を見て溜息を吐く大天使。


「お疲れ様です」


 いつの間に居たのか側に一人の天使が立っている。


「なんとか終わったわ、あなたも治癒術の行使で疲れているでしょう? お疲れ様」

「ずいぶんと急いで帰したのですね」


「あのまま神界にいたら封印が解けかねないからねぇ、こちらで修復する必要があったのなら時間もあるし色々説明出来た所なんだけども、後はあの子にまかせるしかないわね、どうにも不安しか感じないけど」


「彼女なら色々やらかすでしょうね、しかし彼の欠けた部分を補った力は封印した神格からですよね、あれは一体?」


「我思うゆえに我あり、あの子の強烈な自我が、独立しかけていた神格を得たアストラル体の一部に、自身という存在を上書きして取り戻したの、正直なんでそこまで自我が強くなったのか判らないわね、アーカイブで見たここ半年くらいの彼を見るに、欲望の薄い、ただ生きているだけどいう感じだったのだけど、さっき聖堂で起きた後の私に対する漏れた思念は感じてて恥ずかしいくらいだったわよ、ま、私が素敵すぎるせいでもあるんだろうけどね!」


「素敵かどうかは置いておくとして、今の説明で判りました、報告していませんでしたが、彼の精神を修復するさいに記憶領域を少し削る必要がありまして、子供の頃は快活な少年だったようなので、ここ数年の嫌な記憶に絞って削ったんですよ、経験が減った分少し年齢的に幼くなったかもですが、一年や二年は誤差ですよね誤差、子供の自我はある意味強烈ですからそのせいですね、後ついでにかけられていた暗示も解いておきました」


 置いておかないでよと呟きながら大天使が叫ぶ。


「いやいや人の子の二年は大きいでしょ、って何それ! 暗示? 私聞いてないんですけどぉ?」


「言ってませんし、術の行使で疲れてさっきまで休んでたんですよ、それよりもです、半端にずれた封印はいつか解けちゃいますけどいいんですか?」


「いや記憶削るとか暗示とかちゃんと報告しなさいよ、まぁ終わった事だしもういいけども、それと封印の事はいいよもう、独立しかけていた自我のない神格が生まれそうな事が問題だっただけで、自分の物として取り返したならもう放置で、完全に解けるまで能力は人間とそんな違いもないし、あと何十年か何百年か先に封印が自然と解けるまでは人の生を楽しむといい、完全に解けたら私たちのお仲間が一人増えるよ、そしたらパーティして迎えてあげなくちゃね」


「そうですねその時は……、ってあれ?そうなると彼女に与えた使命の彼に寄り添うという話は?」


「ん?だよ使命に変わりはない」


「それはまた……、彼女も彼も大変そうですねぇ」


「まぁあの二人相性はよさそうだし大丈夫だって、そもそも彼はまだ人間みたいなものだし、あの子も力を制限されてる、彼が探索者を生業にしていくのなら二人共死ぬことだってある、ま、未来の事を考えても仕方ないってば、なるようになるわよ」


 死を語る大天使の顔は万年の時間ときを生きて来た者の諦観を感じさせる。


「そうですね、なんなら今頃魔物に襲われて死にかけてたりするかもしれませんしね」


 その顔を見た天使は空気を変えるがごとく笑いながらそう言った。


「あはは、今帰ったばかりでそんなコメディみたいな事あるわけ無いじゃないの、それよりお腹もすいたし一緒にお茶でもしましょう、約束のとっておきの地上産紅茶とお菓子セットを出すからさ」


「はい、ご一緒します、そういえば大天使様、彼に会う時演技してませんでしたか?それと何故救護室ではなく聖堂に場所を移させたのですか?ベットまで移して」


「そ、それはほら、どうせなら美人で仕事のできる天使に見て貰いたいじゃない? 天使のイメージって物があるし、この場所ならさらに荘厳さがプラスされるかなーって」


「はぁぁぁ、相変わらず見栄っ張りというか何というか」


「何よ~貴方だって対して――」

「そんな事ありません私は――」


 天使と大天使は楽しそうに会話をしながら部屋を出ていく。






 天使が退室し静寂を取り戻した聖堂には、ステンドグラスを通したキラキラとした光を帯びた、特大のベットが静かにあるのみであった。

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