第16話 フィーバータイム

 いつものように頭の上にポン子を乗せ、マークⅤ候補の棒を持ち、スライムダンジョンに向け歩いている。


「朝食の〈煮卵サンド〉と〈八蜜ユニゾンサンド〉は美味しかったです」


 八層の蜜がそれぞれ違う風味で素晴らしかったです~、とポン子は頭の上で機嫌良さそうだ。


「俺の〈キュウリサンド〉も中々だったよな」


 中身キュウリだけなのに逸品でした、一口じゃ満足できないですよ~、とポン子はぼやく。


「あの十字路の角にあるパン屋、屋さんは当たりですね、また行きましょ~う!」


 長いから普通にパン屋さんと言いませんか?


 と、スライムダンジョン付近に着くと、ゲート前に行儀よく並んでいる探索者が見えてくる、入場待ちらしい。


 ここまで混んでるスライムダンジョンは初めてだ、どうみても今年からの新人に見えない人達も居る。


「なんですかあれ」


 ポン子に問われるが、俺にも判るわけがない。


『おいあれが』とか『本当に』とか何やらこちらを見てヒソヒソとした声が聞こえてくる。


 ポン子と俺はうっとうしさを感じながらもゲート前の列に並ぶ。


 ほどなく敷地の中に入るが、そこにもかなりの数の探索者が居て、次から次にスライムダンジョンに入って行く。


「イチローあれ見て下さい、石板の数が十枚超えてますよ……」


 唖然として言うポン子。


 一昨日の新人がそこそこ来ていた頃で三枚だったんだぞ、まじか。


 協会買取所の受付から声がかかる。


「山田ちゃんポン子ちゃん、こっちおいで」


 おばちゃんが手招きして呼んでいる、協会の受付前付近は人が居ないみたいだ。


「おばちゃん、これなんの騒ぎですか?」


「それがね~、あ、ポン子ちゃん飴ちゃんいる?」


 ポン子は受付台に降りて、おばちゃんに飴をいくつか貰い、幸せそうに舐めている、口の中に吸い込まれた瞬間小さくなるのだろうか……謎だ。


 おばちゃんが頬に手をあて言った


「どうもフィーバータイムに入ったみたいでねぇ」


 ふぉーふぇーたぇえむ? とポン子が聞いてくる。


「ポン子ちゃん、フィーバータイムっていうのはね、ドロップ率が上がったり、普段出ないレアがドロップに混じったり、魔物が多く出現したり、レア魔物が出たり、ダンジョンにたまにある現象なのよ、飴ちゃんどうぞ」


 おばちゃんがポン子に説明した、そうだったのか、名称だけ知ってたんだが。


 有難うございます~、と一個目の飴を食べ終えたポン子が二個目の飴を用意しながら言う、舐め終わるの早くないか?


「ほらこういう情報ってすぐモバ端末使って流れるでしょう? 探索者専用掲示板でも最初は信じられてなかったり、信じてる人もスライムのドロップ率上がっても草だよなとか笑われちゃってて、書き込んでいたっぽいたぶん新人さんが怒っちゃって、頭にフェアリー妖精乗っけた新人に思えない探索者が入り浸ってるんだから何かあるんだろー、とかぶちまけたみたいでねぇ、もしかしたらと思った人らでワンサカよ~、あ、飴ちゃんいる?」


 あー俺らが見られてた訳が判った、しかし新人に思えないのはフェアリー部分だけで後はスライムオンリーの元ボッチ探索者なんだがなぁ。


 あと掲示板に書き込んだ情報源おばちゃんじゃないですよね? 新人だよね?


「実際に昨日から買取額がすごい上がっててねぇ、まぁ珍しい物とかはまだ来てないんだけども、『妖精もテイム出来るんですか?』とか何度も聞かれちゃったわよ、探索歴数年くらいのパーティとかも結構来ててね、泊まり込み申請までしてる人らも居て気合入ってたわねぇ、フェアリーカードとか高く売れるものねぇ、あ、飴ちゃんいる?」


 飴をくれつつおばちゃんの話は止まらない。


「例えスライムのドロップ率アップだけだとしても、新人が安全に稼げるでしょう?  それは新人にとってすごく良い事で、おばちゃんも嬉しいんだけども……、前年とは比べ物にならないくらいに一杯人が来ちゃって、ちょっと困ってるのよねぇ……」


 飴を勧めないあたり本当に困っているのだろう、協会の受付が一人だからだろうか?


「大変そうだけど、頑張ってねおばちゃん」


 俺はそう応援しておく。


「ありがとう山田ちゃん、貴方はほんとに優しいねぇ、大丈夫今日の勤務が終わったら、ちゃんと飴を買い足しにいくから、もーうまさか、半年分の飴の買い置きが二日で無くなりそうになるなんて思わないじゃないねぇ~?」


 そっちかーい、心配して損したわぁ。


 飴をくれる頻度が低いのは数が残り少ないからか。


 おばちゃんに手を振りながら、再度ポン子を頭に乗せダンジョンの中に入っていく。


 一階の通路の壁際には飴の包み袋が一杯落ちている、ゴミは端っこに捨てるルールだ。


「混んでるなぁ……」

「混んでますねぇ……」


 十字路のたびに左右を見るが人影が見える。


「これは奥に行くしかないかもな」


「ですね~、いっその事、数階下に降りてみるのはどうですか?」


 それじゃぁと俺は軽く走り出した、真っすぐ行けば二階、そしてそのさらに先へと。


 ――


 そして辿り着いた五階の中ボス部屋。


 スライムダンジョンは五階ごとに中ボス部屋と魔法陣部屋のみの階がある。


 中ボス部屋は入ると扉が閉まり、中の魔物を倒さないと出れない仕組みだ。


 入口外から中ボスは見れるが攻撃は仕掛けられない、中に入らないといけないのだ。


 早速中ボス部屋に入ると背後で扉が閉まるの音が響く、目の前にはノーマルスライムが十数匹。


「話したい事もあるが、まずはこいつらを倒してからだな、棒の使い心地はどうだろなっと、いくぞポン子!」


「了解ですイチロー! ポン子ちゃん発進」


 ポン子が頭から飛び立つのを感じつつ、スライムに囲まれないような位置取りをする。


 ポン子ちゃんアターック! ポン子も風攻撃を始めたようだし俺もいくか! ってまて、いや後で聞くか。


 ――


 スライムを倒し終わり、周囲にはドロップアイテムが散乱している。


 着艦~とか言いながら、ポン子が俺の頭に着尻する、俺の頭は空母になったようだ。


「ふー、終わったなぁ、この部屋は俺らが先に進まないと入口が開かないし、ちょいと話そうぜ」


 ほんとはマナー悪いんだけどなこういうの。


「ふっ楽勝ですね、了解~」


 二人でアイテムを拾ってみたが明らかにいつもより多い、スライムカードまで落ちていた、まじか、ドロップ品を入れたバックパックを床に置き、俺も座り込む。


 ポン子はバックパックに座っている。


 「確かにドロップは増えてるな、コインの数字も一じゃなく十になってるし、ゼリーも金属片も百%ドロップしてるとか、カードまで出て、すごいなフィーバータイム」


「え~と、飴のおばちゃんが居たり探索者が居たりで言いませんでしたが、天使側がドロップ率の調整とかイベントを始める事はあるんですよ~、カードはボス部屋のドロップ調整とかですかね? でもそんな簡単に出る確率にするというのは……うーん」


 何か腑に落ちない顔で悩んでいるポン子。


「イベント?」


「ええ、いつも同じだと人間が飽きてしまうからとかで、定期的にイベントを起こすらしいですね~」


 モバタンでやれるソシャゲが思い浮かぶ。


「天使も大変そうだな」


「イベント企画の部署は人気あるらしいですよ? 逆に嫌がられるのがバグ取りとかです、なので大天使様が率先してバグ取りしてるんです、だから部下に好かれてるんですよ大天使様は、私も大好きです」


 ちょっと怒りんぼですが、嫌な仕事を下に丸投げしない良い上司なんですよね~、とポン子。


 俺の大天使さんへのイメージが二ポイント上がった。


「そんじゃポン子は神界で何やってたんだ?」


「ベータの頃からスキルのテスターなんかがメインでした、後お茶汲みとか、お菓子を食べるとか、貴方がDシステムの調整に手を出すと事件が起きそうだから禁止と言われてました、失礼しちゃいますよね」


 お菓子は用意するんで無く食べるのか。


「まぁ本題だ、後をつけられてるな」

「つけられてますねぇ~」


「めんどくせ~な、何か金になる秘密でも隠してると思われてるのかね」


「私がレア級とはばれて無いでしょうけども、例えコモンのフェアリーだとしても、攻撃魔法を使える魔物を従えているなら、もっと稼ぎになるダンジョンとか行ってしかるべきなんでしょうね」


「俺がスライム専門のボッチ探索者で、魔力の宿った武器も持ってなく、他のダンジョンの情報を調べたり装備を整えるまでは、安全なここに入り浸ってるだけですと正直に言ったとしたら?」


「信じて貰えないんじゃないかな~、今はその魔力の宿った棒も持ってますし」


 くっここに来て施設長の優しさが障害に。


「それに結局フェアリーの入手先は何処なんだと成りますよねぇ~」


「直接的な脅迫とか攻撃とかは無いだろうけどなぁ、こそこそ後をつけられるのもなんか嫌だな」


「魔力を使って攻撃すればスキルや魔力の剥奪がありますから~」


「あいつら面倒だから今日はもう帰ろうと思うんだ」


「帰還陣ですか?」


「そそ、帰るだけならタダだからな、入口の転移陣使うと行った事のある魔法陣部屋にいけるっぽいな、石板でアイテム買う必要あるからやった事はないが、カードも一枚出て収入は十分だろ」


「残念ですが今日は帰りましょうかね~、そういえば棒の調子はどうでしたか?」


 よくぞ聞いてくれた!


「中々いいな、軽いのに硬くて少ししなる感じがすごく良いし、スライムを殴った時の感触が前より強烈というか、これが魔力が通ってるという事か? あいつらの体当たりを弾いた時も重みが前と違って楽に吹っ飛ばせたんだよ、攻撃を意識すると手に吸い付く気もする、いやぁこれはマークⅣの上位互換だな!」


 つい嬉しさのあまり早口になってしまった。


「へーよかったですね」


 ポン子の目は空気を見るような冷めた目だ。


 俺はこの目をする子を知っている、施設にいた頃、男の子が馬鹿な趣味の話などを力説した時の女の子達の目だ、口では肯定的な事を言いつつ、笑顔なのに共感はまったくしていないという事が傍から見てて判る、恐怖しか感じない目だ。


「その目は男の子の心に刺さるので辞めて下さいお願いしますなんでもします、使いやすい棒でした、以上」


 ポン子は優しい笑顔を浮かべ。


「別に怒ったりしてないですよ~、ちょっと馬鹿だな~と思ってただけで」


 馬鹿とは思ってたんですね、女の子コワイ。


「そういやポン子、お前さっき魔法の呪文違ってたよな、『ポン子ちゃんアタック』だったか?」


「ええ変えてましたね、発動キーなんてなんでもいいですし」


 説明し忘れてたっけかなぁ、とポン子が続けて言う。


「スキルや魔法の呪文なんて正直なんでもいいんですよ、システムを弄る腕が拙い私でも呪文名や技名くらいは楽に変えれます、中身は怖くてあんまり弄れないですけど」


「うーん生活魔法とか攻撃魔法の違いとかもっかい教えてもらっていいか? 前にちょこっとだけ聞いたんだが、応用が効くとか結果がどうのとか」


「あはい、そうですね、生活魔法は攻撃に使えないという制約魔法の一種で応用が効きます、制約、つまりデメリットを設ける事で規模を大きくしたり使い方の幅を広げたりほんと色々できます、その代わり攻撃には使えない」


「ふむふむ」


「逆に攻撃魔法は使える魔力量がだいたい決まってます、使用魔力を減少させて威力を下げる事は出来ても魔力を多く籠めて威力を上げたりなんてのは出来ません、上級の魔法を覚えて下さい」


「なるほど」


「あとは、そうですね私のアクアショットで説明しましょう」


 そういってポン子は〈水弾〉と言ってバナナの形をした水をカーブさせて撃ったり。


〈水猫〉と言って猫の形をした水をフォークで放った。


「水の形を変える事で魔力を無駄に消費し、軌道を変える事でやっぱり消費量が増える、魔法自体の使える魔力はほぼ決まっているので、変化させた分攻撃力は弱くなりますね」


「そんな特性があるのかぁ」


「そして猫は歩かせたかったのですが無理でした、アクアショットに含まれる目標に向かって飛んでいくという内容をあまりに逸脱した変化は与える事が難しいのです、まぁ地上に流通させているスキルや魔法の話ですけどね、天使や神のそれはもっと理不尽ですエチケット行きです」


 エチケット袋怖いな。


「俺は呪文の中には唱えるのに一分くらいかかる物とかあるって聞いた事あるんだが、変更出来るのかぁ、真剣に技名とか呪文名唱えてる人見たら笑ってしまいそうだ、気をつけよう」


「いえ、人が自由に変えるのは難しいと思います、無詠唱スキルとか何某かのスキルによって法則のある感じで変える事が出来るくらいかな? 天才なら判りませんが、一般人には無理じゃないかと」


 それと少し申し訳なさそうな顔で続ける。


「神界でDシステムを作る時の布告にこんな物がありまして【募)魔法やスキル名  発動キー スキルの効果内容 以上を求む、採用された数に応じてボーナスを支給、みんな頑張ってボーナス一杯貰っちゃおーう、尚情報が重複した物は自動に弾かれます】てな感じで」


「ずいぶん軽いというかフレンドリーというか、ああ、大雑把なのか」


「ええ、これを聞いた天使達が、えーと色々はっちゃけまして、ほとんど同じスキル名とか呪文を長くしてみたりとか色々お遊びを初めてしまい……」


「あー、だから似たようなスキルとか、名前違うのに効果同じじゃね? ってがあったりするのか、〈調理〉〈料理〉〈炊事〉〈割烹〉〈家庭料理〉〈和食料理〉とかまだまだあるが有名だぜ? ほとんど同じ効果じゃんって」


「最初は会議とかで検討していたらしいのですが……あまりに数が多くて問題が出たら修正すればよくない? となったらしいです、今でもスキルは増えたり減ったりしているはずですよ」


 神や天使って大雑把だなぁ……。


「ありがとう勉強になったわ、そろそろ行くか、カード売ってちょっと良い弁当買って帰ろうぜ?」


 バックパックを装備して帰る準備、ポン子も俺の頭に帰ってきた。


 そして嬉しそうに語るポン子。


「俺丼屋に行きましょう~、今日は〈スパイシー海鮮丼〉と〈お好み焼き丼〉でいきます!」


「美味そうだな、じゃぁ俺は〈おにぎりの華〉弁当でいこう」


 そうして帰還陣に走り込み、帰る俺とポン子。


 カードも前と同じ値段で売れたが、おばちゃんがこの買取ペースだと値下がりしていくかもと言っていた。

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