第17話 魔法陣
次にスライムダンジョンに行く時は、ポン子を隠して尚且つ、俺の恰好を少し変えて行こうという相談をしながら買い物をする。
「フェアリーに注目して、どうせ俺の事なんてよく見ちゃいないだろし、こんなもんかね」
黒デニム生地のツナギと、雑草色のバックパックを胸元のポン子に見せる。
ポン子はイモムチローにぴったりですね、とか言ってたが、人気ないとかで他の色より安かったんだよ!
「どうだ? ポン子」
「後は私がダンジョンに入って奥にいくまで隠れていれば大丈夫ですかね? ダンジョンでは周りの視線がほとんど私に向いていましたし」
「じゃこれ買ってくるわ、んで弁当買って帰って明日に備えようぜ」
「ほいほい、私は隠れてまーす」
と俺のツナギの胸元の中に潜り込んでいく、ちょっとくすぐったい。
そうして次の日になり
――
相も変わらずスライムダンジョンは混んでいるいるようだ。
ポン子はツナギの胸元に潜り込んで隠れている。
ゲート前の入場列に並んでみるも誰にも注目されない、ちょっと寂しい。
そしてまた、受付のおばちゃんに呼ばれる、その付近に
「おはよう山田ちゃん、あれ、ポン子ちゃんは……ああ、飴ちゃん渡しておくわね」
ポン子は胸元から手を振って、すぐまた中に潜り込んだ。
飴を受け取りつつ俺は。
「ジロジロと目線がうっとうしいもんで」
「そうねぇ、その方がいいかもね、でもすぐ興味無くすわよ、何せね」
おばちゃんは手を招き声を落として言う。
「今日ね、山田ちゃんみたく宿泊の申請をしてない未帰還のパーティがいるのよ、ほら山田ちゃんも六日もかかってポン子ちゃんを手に入れたんでしょう? つまりその子らもダンジョンの秘密部屋とか見つけちゃったんじゃないかしら、周りにその情報が出回れば山田ちゃん達にかまう人も減るわよきっと、山田ちゃんが優秀だって言ってくれた、おばちゃんの探偵センサーが最近ずっとビビビっと来てたのは、スライムダンジョンの秘密が表に出てくるからなのね~、ポン子ちゃんのお友達が見られるかもね~楽しみだわぁ、あ、飴ちゃんいる?」
え? 優秀だと言ったのは、異常なスキルがドロップした事や俺が神界に運ばれた事に関してたまたま当たってたから言っただけで……。
「えとそのパーティの構成とか聞いてみてもいいですか?」
「未帰還がいるくらいの情報なら注意喚起という事で言えるんだけども、そこまでの情報は守秘義務がねぇ……御免なさいね山田ちゃん、おばちゃん職業倫理しっかりしてるから言えないわ、あ、飴ちゃんいる? そうそう彼ら彼女らは甘い飴二個としょっぱい飴二個貰ってくれたわ~、じゃぁ今日も頑張ってね山田ちゃん」
「飴ありがとう、おばちゃん行ってきます」
スライムダンジョンの中に入り、真っすぐと進んで行く。
ポン子は胸元から顔を出し語り掛けてくる、これくらいなら遠目に気づかれないだろう。
「男が二人、女が二人の四人パーティですね」
「ああ、昨日後をつけていたパーティと同じ人数、同じ構成だな」
「それで何かするつもりですか? ただフィーバータイムに喜んで帰りが遅いだけかもですよ」
「判ってる、でも俺があの時まいたりしなければ、帰ってきていたかもしれないと思うと……勿論まったく関係のないパーティかもしれないが」
「ふぅ~、仕方のない人ですね~、あのまま私達を探しに先へ行っているとしたら五階より奥に行かないといけませんね」
ポン子は溜息を吐きながらも俺の思いを汲んでくれた、そして続ける。
「いいですか、イチローは二年たっても棒が武器という物語の主人公には成りえない只のイモムシです、異常を感じたら即座に帰っておばちゃんに報告、上級探索者なりを呼んで貰います、無茶は駄目で自分の命を最優先でいきますからね!」
「ああ、判っている、俺はイモムチローだ」
程なく五階の中ボス部屋に着くも何も異常はない、中ボスを倒して先に進む、またもやスライムカードが出た。
六階、七階と寄り道をしながら進んでみるも特に異常はない、途中テントを張った泊りがけの探索者も居たが俺達をつけていた人らでは無かった。
そうして八階、九階と進むと人を見かけなくなった、ポン子はすでに頭の上だ。
「いませんね~、人も見かけないですし特に異常は感じませんし、どうしますか? イチロー」
「そうだな、もしかしたら何処かで追い抜いているかもだし、十階の中ボスを倒したら一旦帰っておばちゃんに話を聞いてみるか」
「判りました、中ボスに異常があるかもしれません、気をつけていきましょう」
「ああ、そうだな」
十階の中ボス部屋の前には特に何もなく静けさが漂っている。
入口から中を覗いて見ると、ノーマルスライムが十数匹いるだけだ。
「スライムだけだな」
「スライムだけですねぇ」
慎重に部屋に入ると背後の扉が閉まる。
スライムが近づいてくるがいつもの様子で特に変わりは無い。
「倒してから一旦帰るか、いくぞポン子」
「判りましたイチロー」
ほどなくすべてのスライムを倒し、またしてもスライムカードが出ている。
そして奥の部屋への入口が開くと同時に、部屋の中に大きな魔法陣が出現する。
この感覚は転移の。
ポン子が急いで俺の顔に飛び込みしがみついてくる。
「イチローっ」
ポン子が叫ぶ声がきこえ――
――
一瞬の浮遊感とともに着地すると、そこはまるで物語に出てきそうな王に謁見するような部屋で、石で出来た長方形の大きな部屋、その長い一辺には柱が等間隔に並んでいる、柱の隙間の奥は見えにくく兵などを配置するのに使うのではないだろうか。
片方の奥、学校のプールくらいの距離はある先には数段登った先に豪華な椅子、そしてそれに座った魔術師のようなローブを着た骸骨、くすんだ王冠を被っている、その奥にある白い台の上に浮いている玉のような物。
反対側はさらに遠く、扉が開いているのが見える。
俺の顔から離れ、浮かんでいるポン子が苦い声で言う。
「あそこに見える玉はダンジョンコアです、ならここは最下層……、あの骸骨はコアガーディアン、恐らくリッチでしょう、今の私達では絶対に勝てません、コアを壊せばガーディアンも消えますが、そんな勝率の低い目に賭ける気にもなりません」
いつも呑気なポン子がここまで深刻そうならば勝てないのだろう、ならば。
「逃げよう」
「逃げましょう」
扉開いてるしな。
「昔は中ボス部屋と同じで閉じ込めていたそうですが、そのうち誰もコアガーディアンに挑まなくなってしまい、仕様を変更していつでも逃げられるようにしたと聞いています」
そりゃ死んでも記憶が無くなるとはいえ復活する天使の感覚と、死んだら終わる人間の感覚は合わないわなぁ。
その時、玉座に座っていたリッチが立ち上がり数段ある階段を下りて来た。
「ようこそ欲深き探索者とその眷属よ、相談は終わったかね? では始めようか、『ストーンショット』」
手を前に出し、岩の矢のようなものを連続して放ってくる、距離がそれなりにあるのに声がこちらに届く。
「まずいですっ、ウインド、ウインド、ウインド、ウインド」
岩の矢をウインドショットで迎撃するポン子。
呪文を短縮させて放っているあたり余裕がないのだろう、相手は一度唱えただけで何発も出るってずるくないか!
「逃げようポン子、俺が逃げるお前が俺に乗って後ろを向いてあいつの攻撃を防ぐ、これでどうだ?」
「ウインド、ウインド、はい、ウインド、それで、ウインド」
ポン子が俺に近づくと骸骨は言う。
「ふむ、逃げられては困るな、『黒き
何か黒い縄のような物が俺にからみついた、そして体に一切力が入らず棒を手放し、その場にうつ伏せに倒れた、なんだ……これ。
「な……こぉ……」
言葉が出せない、体もほとんど動かせない、顔が少し動き横目でリッチを見る。
思考は問題ないが体が反応してくれない、やばいやばいやばい。
ポン子の声が聞こえる。
「イチローっくっウインドウインドウインド、あ、い、キャッァ」
ドコっという音がし、そして悲鳴とともに俺の顔の側にドサッっと落ちてくるポン子。
ポン子が手を伸ばし俺の頬に触れる、逃げてくれポン子。
「ポ……ニゲ……」
「ぅぅいたたぁ、イチローあいつは何かおかしいです、魔法のループ処理にリッチのスキルとして聞いた事のない物を使いました、発動キーを変えている? そんな魔物がいるとは……、そして相棒を置いて逃げるなんてする訳ないでしょう!」
ポン子の声は悲壮感がある、初めて聞いた声色だ。
そして骸骨の声も聞こえ。
「ほうリッチに詳しい妖精とな、これはこれは中々に興味深い、しかしリッチか、うむ、たかがリッチと思って死んでいかれても詰まらんな、冥途の土産だ私の正体を教えてやろう、震えながら消えてゆけ、残った人間はこちらでちゃんと利用してやるからなククッ」
人間を麻痺させて玩具にするのは慣れているからなと、フハハハと笑いながら骸骨は言った。
そして。
「フフ、我は悪魔だ、こちらに来るのにダンジョンの魔物を依り代にしているだけの話、真の姿は品格と威厳を備えた伯爵級悪魔でモテモテのナイスガイだ、見せられんのが残念だ」
フハハハと笑っているリッチ、いや伯爵悪魔。
息を飲んだポン子は、はくしゃく、あくま、それで……なら……と呟いている。
「イチローこれはちょっと無理そう」
弱り切った小さな声で語りかけてくる、諦めてしまうのかポン子。
「私が無事に帰るのは無理そう、リソースの話は覚えている? 燃料でもあり存在でもある、逆を言うなら存在を削れば燃料になるんです……、ぎりぎりまで存在を使って天使の魔法で攻撃します、大丈夫、天使は死んでも復活するから」
存在を削るってそれは駄目なやつじゃないのか、復活って天使は死ぬと記憶が無くなるってやつだろう? ちょっとまて何かほかに、なにか策を。
「ま……ほか……」
くそ体が動かない、どうして俺はいつもいつも上手くやれないんだ、まてそんな事を一人で決めないでくれ、俺達相棒だろう? 二人で何かいい案を……。
「どうにかあいつを抑えてみる、その間にイチローが逃げてくれたら私も隙をついて撤退する、だからイチローは頑張って逃げて、まぁだめでもイチローさえ生きててくれたら私も復活して神界から会いにくるから、また後でね」
チュッと頬に感触があった。
ポン子の感情が俺に流れてきているのを感じる、なんだこれ、偽り、悲しみ、気合、決意。
そしてポン子が浮き上がる気配がする。
「まさかこんな所で悪魔に会うなんて思いもしませんでした」
「ほう、ちんけな妖精がまだ抗うというのか」
体が動かない、良い策も思い浮かばない、役に立てない、足を引っ張る、……俺は、俺は本当にイモムシだ、地を這いずっているのがお似合いだ……クソッ……。
ポン子は悪魔に向けて。
「妖精妖精うっさいんですよハゲ悪魔! 確かに私は見た目はスーパープリチーな妖精ですが」
ポン子から神聖な気配が漏れ出てくるのを感じる。
伯爵悪魔が堅い声を出す。
「む? この肌に突き刺さるような胸糞悪い神聖な気配、神の眷属か!」
ポン子は高らかに叫ぶ。
「ええ、私はイチローの守護天使! 彼に降り掛かる災厄を防ぐ盾にして彼の歩む道を阻む闇を払う矛!、お前みたいな道端の石ころ雑魚悪魔に構ってる暇はないんですよ! とっとと退場してお家で泣いてろハゲ頭!」
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