第39話 Dコイン換金とお買い物

『一郎君、またヒザを擦りむいちゃったの? おいで、まずはお水で洗い流しましょうね、ちょっと痛いけど男の子だもん我慢できるよね』


 その人は俺の初恋だったかもしれない。


 俺がまだ施設に居た頃で小学校の低学年だったか、新人の施設員としてその人は来た、優しくて、みんなと遊んでくれて、美人で、お姉ちゃんが居たらこんな感じなのかと思ったりもした。


 恋をしていたのだろう、用事がなくても側に行って話かける、今思うと邪魔な子供だったなぁと思う、それでも嫌な顔をせず、お手伝いと称して簡単な作業を一緒にやらせてくれて、終わると俺を褒めて頭を撫ででくれる。


 妹や他の女の子達は何故かお姉さんが苦手なようで、よく俺との間に突入してきたっけ。


 お姉さんに恋人がいて婚約をしていると聞かされた時はショックだったなぁ……、その頃からお姉さんと妹達も仲良くなったんだっけか。


 そんなお姉さんが何故かネグリジェを着て俺の前に居る、ここは施設の医務室のベットの上か?


『ごめんね一郎君、私ねもう我慢できないの』


 だから、と言って俺に近づいてくるお姉さん、いやいやこんな事ありえないだろ?


 これは夢か、いやでも。


『いただきます、ご主人様』


 お姉さんは、そう言って……


 ――

 ―





「お姉さん人妻でしょ! それは駄目だって!」


 がばっと俺は上半身を起こした、あ……? あれ?


 そこは俺の部屋で、俺の布団の上だった。


 カーテンを開けてやると、もう朝のようで光が差し込んでくる、昨日のBGMのせいかよく眠れたようでスッキリとしている。


「ふにぃぃ~」


 近くから声が聞こえてその元を探ると、何故かリルルが俺の枕代わりのクッションの横で寝ている。


 トイレにいって帰りに間違えて他の人の布団で寝ちゃう、漫画アニメあるあるだな。


「って、んなわけあるかーい」


 起こさないように小さな声で突っ込みを入れてから起き上がる、いつものようにシャワーでも浴びてしまおう。


 着替え用の下着を取ろうと思ったが、何か違和感がある……あれ?


 いつもなら俺の俺が〈おらかかってこいよ〉としてるはずなのに、今日は〈いい試合だったぜ〉とノックダウンしている。


 リルルを見る、幸せそうな顔で寝ている、俺の俺を見る、ノックダウンしている。


 まさかな? いやいやそんな、いやそんな。


 シャワーに行こうそうしよう、下着を取りいつものように寝汗を流し下着を手洗い、今日は洗濯機買うぞ。


 ベランダで洗濯物を干し終わっても、まだ二人が寝てるので近くのコンビニに行き適当な食事を買って帰る事にする。



 ――



「ただいま」


「お帰りなさい! ご主人様~」


「おかえり~いちろ~」


 リルルとポン子は起きていた、一人はまだ眠そうだが。


「朝飯買ってきたぜ」


「ほわぁーい、食べましょうか、むにゅむにゅ」


「はい! 今日も元気にいきましょうね先輩! ご主人様!」


 リルルが何か元気一杯だな。


 テーブルに弁当を並べ、いつものように食べる。


 ポン子は眠い目をこすりならが〈特盛BLTTTTサンド〉を食べている、買っておいてなんだがT多くね? トマト、卵、タマネギ、チーズだそうだ、名前に関してのクレームは受け付けませんと商品に書いてある。


 そしてリルルに質問をする。


「あーんもぐもぐ、なぁリルルなんで朝方あさがたに俺の枕の横で寝てたんだ? ほれあーん」


「パクっ美味しいです、それはですねー、ご主人様の神の器に漏れた精力を吸い取る為です~、余りの美味しさと満腹の気持ち良さで眠くなってしまって寝直しちゃいました、えへへ、はいご主人様あーん」


「あーんもぐもぐ、なるほど……吸うってその……物理的なエッチィやつじゃないよな? ほいあーん」


「ハグッもごゴホッ、にゃ……なにを、勿論ですよ! そんなエッチな事はまだしませんってば! こう首のあたりをカプッっとして吸い出したんです、私吸精って初めてだったんですけど……こんなに美味しいとは思いませんでした、姉様達が頑張るのも少し判った気がします、ご主人様あーん」


 あーんと食べる、昨日言ってた結界にヒビが入った件だったのか、私にまかせて下さいって直接吸うって事なのね……あの夢はサキュバスに吸精されたからか?


 ……夢ならもう少し見てもよかったかもな。


「いつも迷惑をかけるねぇリルルさんや」


 そこで素早くポン子がリルルの横に来て耳打ち、お前寝ぼけてたんじゃないのか。


「えっと、それは言わない約束ですよご主人様? でいいんですか? ポン子先輩」


 グッジョブとポン子に褒められて嬉しそうなリルル。


 ギャルとは少し違うがこれはこれで有りだな。


 ――


 飯を食い終わった俺達はスライムダンジョン前の協会受け付けに向かっている。


 二人にはツナギの胸の中に隠れて貰っている、買取と鑑定だけなので装備類は持ってきていない。


 ダンジョン前に近づくと何か様子が違う気がした、違法駐車か? 車が何台もダンジョン前の道に止まっているし、新人や中堅っぽい人らも数が減ってる?


 ゲートを通りいつものごとく、人が近くに居ない受付に向かう。


 受け付け前に到着した俺らに気づいたおばちゃんは、内緒話をするような態勢をとり小さな声で語り始める。


「おはよう山田ちゃん、一昨日おとといは大丈夫だったの? ツナギの胸に大穴あけて急いで換金もせず帰っちゃうから心配しちゃったわよ、飴ちゃんいる?」


「ああえっと、ちょっと色々あったんで帰りたかったんですよ、心配をかけたならすんません」


「無事ならいいのよ~実はね一昨日、未帰還だったパーティが帰還したんだけども、転移罠にかかったあげくリッチに遭遇したなんて言い出しちゃってね、本部から調査員がやってきたりで大変なのよぉ、フィーバータイムも終わっちゃった感じでね、しかも今日は魔物の湧きすら悪いそうで……、これってダンジョンコアが壊された時の現象に似てるとか何とかでね……飴ちゃんいる?」


 おばちゃんは何かを察したかのような目で見てくる、探偵センサーか!?


「あ、えーと」


 どう言ったものやらと俺が悩んでいると。


「あ、いいのよいいのよ、探索者にそんな報告義務なんてないんだし、でもね山田ちゃんはポン子ちゃんの事とか色々目立つでしょう? 本部の調査員が居なくなるまで来ない方がいいんじゃないかとおばちゃんは思うのよぉ、うん、おばちゃんにはね気が向いたらでいいので今度でいいからちょこー-っと教えてくれたら嬉しいから、ね、あ、飴ちゃんいる?」


 飴を貰いながら、そういえば昨日はこの飴に助けられたな……。


 目立たない事を優先するならリッチのコインも上級探索者が一杯いるような受付で換金するとか、石板で低額コイン複数枚にした方がいいのだろう……でも。


 胸元を少し開いて、他に気づかれないようにポン子とリルルに挨拶をさせる。


 こんにちわーと手をふるポン子と、緊張してるのかちょこっと頭を下げるリルル。


 ポーズ付きの挨拶はまた今度だな。


 そしてツナギを閉め、リッチのコインと探索者カードをそっと出し換金を頼む。


「これ換金よろしく、さっきの子とかこれとか色々内緒でよろしくね」


 とおばちゃんにウインクして言った。


 おばちゃんは俺のそんな態度が珍しかったのか、少しポカンと口を開けていたが。


「ん、もう、山田ちゃんってば良い男になってきたわね、おばちゃんが三十歳若かったらアタックしてる所だわよ、ピポパっとはい換金終了、金額はサービスで分割して処理したからたぶん目を付けられないと思うわよ、あ、ちょっと待って」


 自身のカバンらしき物をごそごそと探っている、そこからまだ封の開いてない飴袋セットを取り出す。


「はいこれ、山田ちゃんにしばらく会えないだろうからその分で、分ね、また必ずおいでなさいね~」


 バイバイと手をふるおばちゃん。


 指輪の鑑定は諦め手を振り返しゲートから外に出ていく。


 ある程度離れたらポン子とリルルを解放した、ポン子は頭の上に、リルルは左肩に乗ってきた、頭は二人で座るには狭かったようだ。


 正統派美少女素足妖精を頭に、芋ジャージ素足ギャル妖精を左肩に装備した探索者、うん目立つなこれ、まぁテイムした魔物を連れ歩いてる探索者なんてこの特区なら一杯いるから大丈夫かな? 今も車道をペガサスに乗った探索者が走ってるし、車道は専用の免許いるから面倒なんだよなぁ……。


 ポン子が語り掛けてきた。


「イチロー、私が飴全部貰ってよかったんですか?」


「ああ、昨日は助かったしな、ちゃんとリルルにも分けてやれよ?」


「勿論です、後で分けましょうね後輩ちゃん」


「はいです先輩、私は果汁飴が好きです~」


「少なくてもは調査員とやらのせいで近づけないですね~イチロー?」


「だな、おばちゃんには頭が上がらないな、お前らの事を詳しく話せないのが悪い気もしてくる」


 リルルはよく判ってないっぽいので説明してやった。


「なるほどー暗号だったのですね! あの人は優しいんですねぇご主人様」


 そうだな。


 ――


 そうして三人で雑談をしながら買い物をしていく、モバタンをリルルに説明しながら専門店で買い、お昼を外のお店で食べ、リサイクルショップで洗濯機、壁掛け大型ディスプレイ、冷蔵庫、コンロ、他下着の予備やら食器や雑貨やら収納ボックスやら……。


 リルルの寝床に関してだが、必要派のポン子と必要無い派のリルルが高級タオルがあるエリアで舌戦を繰り広げていた、俺は勿論中立派、最終的にリルルの奥義涙上目使いによってポン子陣地は陥落していた。


 負けてはいたが、ポン子は負け惜しみなのか。


「私のフードファイトでの通り名〈底なし腹〉にかけて次の夜は負けませんからね!」


 とかなんとか、底が無いのは胸だけにしとけよな。


「あれぇ? イチローにすごく侮辱された気がするんだけど」


 気のせいだ。


 その後も予算が潤沢すぎて買い物をし過ぎ、持ち帰りに困っていた。


 お店の入口の近く、買い終わった山のような品々を前に。


「さすがに空間庫を見られるのはまずいよなぁ……やっぱ送って貰うかぁ」


 最初は二人の空間庫があるからいいかと断っちゃったんだが、いざよく考えてみたらそれはまずいよなーと思い直した。


「妖精で使えるのなんてよっぽどの高レアか後天的に覚えさせた場合でしょうねぇ」


「使うのはまずいですか? ご主人様」


 リルルに返事をする前に一人の店員さんが後ろから話しかけてきた。


「お客様お困りでしたら、今すぐ軽トラックで配達するサービスがありますよ、お客様もご一緒に乗って貰ってお運び出来ます」


 振り返ってみると、お店の制服を着た女性の店員さんがいた、ニッコリと笑顔を浮かべ、仕事用なのか黒の髪ゴムで纏めたポニーテールのすっごい美人でお胸様もポン子とは比べようも無いほどの圧力で。


「ん? イチローにすごく侮辱された気がするんだけど」


 気のせいだって、ありがたくサービスとやらを受ける事にした。


「お願いしてもいいですか? サービス料とかは?」


「これだけ買って貰ってますから、かかりません」


 タダは素晴らしい、早速頼むと店員お姉さんは軽トラックをすでに近くに用意してあったのか指さした。


 ポン子とリルルに頼み生活魔法で軽トラの荷台に運び込み、それを店員お姉さんがささっとロープで荷台に固定していく、ロープの使い方が熟練の職人を思わせる、上手いというか見た目まで意識してる気がする……すげぇな、荷運びの芸術家か何かかな?


 積み終わったトラックの助手席にお邪魔をし自分の家の場所を教える、お姉さんは明るい人なのか俺やポン子に気軽に話しかけながら運転をしている。


 俺や妖精の名前を聞かれたり、お勧め商品の話をしたり、探索者歴を聞かれたり、お店のサービス期間の話をしてくれたり、収入を聞かれたり、コーヒーの美味しい喫茶店の話をしたり、恋人はいるのかと聞かれたり、なんだか話が上手い店員お姉さんで色々話してしまった気がする。


 俺の部屋がある団地の前に着き、生活魔法で荷物を運ぶ、店員お姉さんも部屋の前まで手伝ってくれた、帰るお姉さんにお礼を言う。


「ありがとうございましたお姉さん、また買い物にいきますね」


「いいえーこれがお仕事ですから、また後でよろしくお願いします、では失礼しまーす」


 そう言って元気に帰っていく店員お姉さん、面白い人だったな。


 部屋の荷物を色々設置し少し休憩、休憩終わったら夕飯を買いにいこう。


 なぜか静かなリルルに話しかけてみる。


「リルル大人しかったなぁ、一言も話さなかったし、やっぱ人見知りする感じか?」


「そういえば後輩ちゃんは大人しかったですね~」


「……いえその、さっきの人は……あの……私の……姉です」


 最後の方は声が小さかったが聞こえた。


 俺とポン子は。


「えええええぇぇえ、まじか! サキュバスだったの?」

「はぇぇぇぇそーだったんですかー気づきませんでした」


 リルルは恥ずかしそうにコクリと頷いた。








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