第121話【閑話】ある少女の話4

 とある高級マンションの一室、リビングにあるソファーに軽くウエーブのかかった茶髪ロングの少女と黒髪ショートの女の子が向き合って座っている。



 茶髪ロングの少女は手にしていたモバタンをテーブルに置いて溜息を吐くと。

「なんとかいけそうね……そっちはどうユキ?」



 ユキと呼ばれた少女も同じくテーブルにモバタンを置いて溜息を吐きながら。

「こちらもなんとかいけそうです夏樹お嬢様……女性陣が皆手伝ってくれますので……これがもし嘘の話だったら私達は吊られちゃいますね」


 ユキが笑いながらそう言うが夏樹と呼ばれた少女に笑顔は無い。

「カードに何かあってこの話が無くなれば実際にそうなるわよ、盗む事は不可能でも破壊する事は可能なのだから」

「それもそうですね、気を付けます」



 ユキが頭を下げると夏樹が含み笑いを漏らす。


「お嬢様?」

「ごめんなさい、ねぇユキ、私が山田様相手に〈金運〉スキルが発動した事は話したわよね?」


「確かに言っていましたね」

「今回のこれでいくらお金が動くと思う?」


「それはえっと……長い目で見たら兆の単位でしょうか?」

 ユキは至極真面目にそのありえない単位を口にする。


 しかし夏樹はニヤっと笑うと。

「正解は『お金に換算出来ない』よ、使いようによっては世界を取れるカードだわ……でもそれをしたら公正公平を重んずる天使さんが黙っては居ないはず、それなら世界的な価値のある物として祭り上げてお零れを貰うしかないわよねぇ……山田様もなんて物を寄越してくるんだか」



「文句を言う割に楽しそうに見えますけどね」

 ユキの言う通り笑っている夏樹であった。


「同じ事をしようと思えば外科的な手術でも出来るけど魔法で出来ちゃうなんて……体にメスを入れる事を厭う方は多いわ、それが服の上から何て規格外にも程がある、笑わずしてどうするのよ」

「確かにあれはすごかったですね」


 ユキの同意の頷きを得た夏樹はさらにヒートアップしていく。

「でしょう? それにあの天使よ! 四枚羽の天使をハイヤーを呼ぶが如くに戦闘態勢で呼んだのよ? 本人の強さなんて関係ないわ山田様は国家級の戦力を持って居る事になるの、本当に敵対しないでよかったわぁ……」

「さすが私のイチローさんです、ウンウン」

 ユキは夏樹の言葉に嬉しそうに頷きで返している。


 夏樹のヒートアップしていた表情がスッっと元の冷静な物に戻る。

「ねぇユキ……その『私の』って表現おかしくない? 山田様はただ素直に褒めただけだと思うわよ? その証拠に運転手の事も褒めてたじゃないの、それどころか運転手の方は少し欲情もしてたわよ? まぁあの程度なら男性として普通の範囲だけど、でも貴方に対しては……」

「みなまで言わないで下さい夏樹お嬢様、大丈夫です私はこれから成長するんです、それにチャットアプリのIDも手に入れました、これからはおはようからおやすみまでコミュニケーションを取れます、少しづつ意識して貰えば最後には……ふふふ」



「どうしよう私の護衛筆頭がストーカーだった疑惑が出てきたわ……」

「失礼な事を言わないで下さいよ、私はゴミを漁ったり盗聴とか盗撮はしませんから……ってしまった! ドレスとタキシード姿でツーショットの記念撮影をしておくべきでした……一生の不覚です」


 ユキが頭を抱えて後悔をしている姿を笑いながら見ていた夏樹は。

「しょうがないわねぇユキは、一生の不覚だなんてそんな事……ってあああ! 私も帰る時にコン様と記念撮影する予定だったんだった! 色々ありすぎて忘れてたぁぁぁぁ……コン様の素敵なタキシード姿を残しておかなかったなんて……一生の不覚だわ……」


「うにゅー----」

「むきゅー----」

 主従は揃って謎の声をあげながら頭を抱えて悶えるのであった。


 そんな時に二人のモバタンがテーブルの上で震える、主従が共にモバタンを手に取り内容を確認すると……。


「見てユキ! 運転手が帰宅する時のコン様のタキシード姿を同意を取って撮影してくれていたのを送ってくれたの! はぁぁぁぁ二人で撮れなかったのは残念だけどコン様のタキシード姿は素晴らしいわねぇしかも何種類ものポーズまで……彼女にはボーナスを出してあげないとね! そして次からは出会った時にコン様と撮影をしましょう」

 夏樹は自身のモバタンの画像をユキに一瞬向けると、すぐさま自分でじっくりと見ていく。


 だが夏樹は気づいていないがユキはその画像を一瞬たりとて見ていなく、自分のモバタンを凝視しつつ握りしめて苦い表情をしている、そんな表情に少したってから気付いた夏樹はユキに問いかける。


「どうしたのユキ? 何か問題でも起きた?」


 ユキは黙って自分の持って居たモバタンの画面を夏樹に見せつける、そこには一人のちょいイケメンに見えなくもない男の子のタキシード姿が写っていた。

「なんだ山田様のタキシード姿じゃないの、彼女はユキにも送ってくれたのねお互いに感謝しないといけないわね」


 夏樹のその言葉を受けたユキはモバタンの画面を見せながらそっと画像をスライドさせる、そこには山田と呼ばれたタキシード姿の男性と腕を組みながらピースサインをしている給仕姿をした女性との仲良さげなツーショット画像が何枚も出て来た。


「あ……あらま……彼女もやるわねぇ……負けてられないわねユキ」

 夏樹は少しひきつった表情でユキを励ます。


 ユキはプルプルと体を震わせたと思ったら急に立ち上がり。

「あーもー! あの人は私への嫌がらせにこんな事をするなんて! 最初の一枚を見た時の私の感謝の心を返せ! 興味も無いくせにイチローさんに触るなんて!」

 腕を振り回し全身で憤りを表現している。


 そんなユキが憤慨しているのを見ていた夏樹はポソっと。

「興味無い事は無いと思うわよ?」

 そう呟いた。


 それを耳にしたユキが腕を振り回すのを止め、スッっとソファーに座り直してから夏樹に勢いよく問いかける。

「それはどういう意味ですか夏樹お嬢様、彼女がイチローさんに?」

「ええ、ほら彼女の姿を褒められた時にちょこっとラブの匂いを感じたのよね、本人もちゃんと気づいてない様な小さな物だけども」



「そんな……的中率90%以上のお嬢様のラブ判定嗅覚に反応するなんて、いやでもなんでそんな事に? ほとんど接点なんて無いじゃないですか」

「彼女が容姿やあの胸のせいで嫌な思いをして来た事は知っているわよね? それで運転手の時は胸を潰して顔も地味に見える様にしてたんだし」


「ええ給仕の時とは化粧や髪型まで違いますしね、正直イチローさんが同一人物な事に気付いていたのに驚きました」

「そこよ! つまり山田様は胸の大きさや美醜の事なんて関係なく、しかも化粧や恰好すら超えて彼女を認識していたって事になる、給仕姿の彼女をナンパする人は多いけど運転手姿だと使用人の一人として無視する人ばっかりなのにね」



「な……なるほど……それはね」

でしょう?」



「うにゃぁぁ……ライバルが増えたぁぁぁ」

 ユキはテーブルに突っ伏すようにして叫んでいるがそこに夏樹がさらに冷や水を浴びせかけてくる。


「ライバルというならあの天使さんも怪しくない?」


 夏樹のそのセリフを聞いた瞬間、テーブルに突っ伏していたユキが飛び起きた。


「夏樹お嬢様もそう思いましたか!? 現れた時の私達に向けたあの絶対的な殺気を籠めた目と違ってイチローさんに向けるあの愛し気な視線……あれはやっぱりそうなのでしょうか何か嫌な感じがして二人の会話を邪魔しちゃいましたが」



「あーあれはやっぱりわざとだったのね……でも気にしないでいいのよユキ、恋愛は戦いよ! やれる事をやるべきだわ」

「ですよね! じゃぁ早速チャットアプリでイチローさんにご挨拶をっと……ふんふんふ~ん」



「……やれと言ったのは私だけども今この時に主人を差し置いてやる事かしら――」

「やれる事をやるべきという助言を元に主人に忠実な者としてはやらざるを――」


 ――


 ――



「そんなだから胸の脂肪が――」

「矯正下着だって限度が――」



「言っていい事とわる――」

「主人相手といえどケンカなら買い――」


 ――


 ――





 これは高級マンションの一室で二人の美少女が和やかに会話をしている、そんな平和でとりとめのない一幕である。












「上等じゃないのユキ! どっちが女子力が高いのか拳で教えてあげるわ!」

「はは、主人だからと手加減されるとでも? やってやりますよ? お嬢様?」







 平和? な一幕であれ……所で女子力とは拳で語れる物なのだろうか?

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