第10話 イモムチロー三日目
「ただいま~」
「ただいまです~」
俺と頭の上のポン子は、同時に言葉を放ち中に入っていく。
絨毯の敷かれた部屋に入り、荷物を外して横に放り、小さな折り畳みのテーブルに買い物袋を置き、床に置いてある一人用のクッションに座る。
ポン子も自分のクッションに飛び乗り溜息をついている。同じ大きさの物なのにあいつは全身、俺は尻だけって感じだ
「やっぱり一日三百匹くらいが限界だなぁ~、それに時期のせいか新人がそこそこ居て混んでたし、かといって奥に行くと移動時間がなぁ」
「そうですね~、魔力にも限界はありますし、私は普通のレア妖精より数倍魔力は多く設定されていますが、それでも数を撃つとなると厳しいですね、人増えすぎてダンジョン前の石板も3枚に増えてましたね」
「未だにサナギは遠いな」
「千里の道もなんとやらですね」
今日でイモムシになってから三日がたって居た。
「二日目はよかったんだよな、いきなりスライムカードも出たし」
「ああ、あれは二人して手を握り合って喜んじゃいましたね」
握り合ったというか、俺の指先を揺らされたというか。
「私、買取値段聞いてビックリしちゃいましたよ~」
「ああ、スライムはペットとしてもゴミ処理用なんかとしても人気あるらしくって意外と高いみたいだ、ダンジョン移動中にたまたま倒したスライムから出るとかそんなのが普通らしいぜ? 一万匹倒して一枚くらいだしスライム専門なんて滅多にいないだろうなぁ」
ドロップがくっそまずいんだよあいつら、一匹倒して期待値が十円かそこらだ。
コモンポーションを計算にいれると二十円前後に上がるけど、俺が探索者になって潜り始めた初日は一日百匹倒せなかったし、お財布が寒かったなぁ。
まぁそれでも死ぬ事の無さげな、安全度はピカイチって思って潜ってたみたいなんだよな過去の俺は。
「一枚四万円じゃぁ専門にするには厳しいかもしれませんね、うちのスライムスレイヤーみたいなのが早々居てたまりますかっての、今はまったく攻撃せず踊ってるだけですが」
ニヤリと俺をからかってくるポン子。
「トンカチ一本でどうせいと? スライムのターゲットを取ってポン子に行かないようにしてるんだし十分だろー」
「そうですね、私を守ってくれて有難う御座いますイチロー」
笑みを浮かべながら言うポン子、こいつは、たまにこうして真っすぐ見てくるからモゾモゾするんだよな。
「お、おう、まぁおかげで家具やらをちょこっと揃えられたのは良かったよな」
「ですねー、飴のおばちゃんに安く買えるリサイクルショップ教えて貰ってよかったですよね」
情報端末を持ってないので、お買い得な事に詳しそうなおばちゃんに聞いた訳だが。
「確かに良い情報を聞けた、でもな、一軒のお店の場所を聞くのにどうして二十分もかかるんだよ……」
「私は話の合い間に飴一杯貰えて嬉しかったですけど~」
「まぁいいか、腕時計に絨毯にテーブルにクッション2個にカーテンに小さい壁かけ鏡でしめて4千円、このテーブルが三百円ってめっちゃ安い店だったよなぁ」
「ですです、私のベッド用の籐カゴと、敷布団のバスタオル、掛布団用のタオルも良い物が買えましたし、大満足でしたあの時は」
「タオル一枚五千円してたけどな、安売りじゃないコーナー見つけやがって」
「あれはすごく良いものなんです! 定価はさらに3倍するそうですよ? より良い睡眠は魔力の回復にも大事ですし、ダンジョン探索の為の必要経費です、にっこり」
その語尾が無ければ信用してやるんだが。
「まぁ確かにすごい触り心地だったよなぁ、フワフワでスベスベで、なぁ今度俺がシャワー浴びるときに貸してくれよ」
「え~いやだよ~、返して貰ったタオルの石鹸とイチローの匂いに包まれて眠れっていうの? 私の夢に出てきそうだし、って夢の中で私に何をするつもりなのエッチロー! ま、まぁ? どうしてもって言うんなら貸してあげない事も無いけど~? そんなに私の事を自分の匂いで包み込みたいなんてしょうがない人だなぁエッチローは、魅力が有り過ぎる私が悪いんですね御免なさい!」
タオルを貸してと言ったら、拒否され、いわれのない罪をかぶせられ、新しい名前をつけられたうえに、デレだし、最後に謝られた。
お前は遅刻やドタキャンの多い異性友達かっての。
「その心は?」
「脈(絡)がない」
「座布団あげますね」
「って心の声に合いの手入れないでくれますか!? こわいよポン子」
「途中から声に出てたよイチロー」
「まじ?」
「うん、まじ、意外と上手かったね?」
すごい恥ずかしい。
「クっころせ」
「イチローがやっても需要ないでしょ~それ、そーいうのは可愛い子がやって初めて生きるんだよ~」
暗に自分は可愛いと言っている、間違ってはないが。
「まぁ何にせよあれだな、今以上スライム狩りの効率を求めるなら武器が必要だ」
「トンカチじゃリーチが足りないよね、役に立ってないし持ち歩く意味あるの?」
「予備武器は必ず持てって言われてなんとなく買ったもんだしなぁ、まぁ重いもんでもあるまいし、俺のツナギの道具ホルダーのアクセサリーとして持っておくさ」
「言われたって誰に? イチロー探索者の知り合いとか居ないボッチだよね?」
いや確かに二年間ずっとソロ探索者だが、同業者の知り合いの一人や二人は……居なかった!
そうか俺はボッチだったのかぁ……なんで気づいてなかったんだろ。
「探索者資格を取った時の講習ビデオでちょろっとな、はぁぁ」
「なるほどねーって落ち込まないでよイチロー! 貴方には私というパートナーが居るでしょ~、もうボッチじゃないよ!」
ポン子……、その時落ち込んでいた俺の心に〈キュンッ〉という音が響いて救われた気がした。
が、落としたのもこいつだと思い出して〈イラッ〉っとした。
落としてから救うってそれジゴロの手口じゃん、こわっ。
「探索者資格ってどうやって取るんですか?」
「中学卒業してる十五歳以上または十六歳以上なら、お金払って、マークシート試験受けて、受かったら講習ビデオ見て、実技講習、でカードと小冊子貰って終わり、一日で終了、身分証にもマネーカードにも使える探索者カードをゲット」
「すっごいお手軽なんですねぇ、小冊子?」
「ああ、カラーボックスに入ってるよ」
何段目ですか~? と聞きながら、ふよふよと飛んで取りにいくポン子。
自分より大きいサイズの冊子を掴んで帰ってくる、ま、軽いし大丈夫だろ。
床に置いて表紙を読んでいる。
「ハジタンQ&A集? かっこつけて理解しにくくなるパターンの匂いがします」
「初めての探索者、の略だそうだ」
そのまま書けばいいのに、と突っ込みを入れながら開いて読んでいるポン子。
「イチロー、これ色々な質問が書いてあるのはいいんですが、答えの八割以上が『JDDA公式サイトで、ご確認して下さい』って書いてあるんですが……」
「うむ、ネットに繋げない俺には何の……いや八割くらい役に立たない冊子だ」
「ひどいですね」
「だよなーまぁ公的機関の冊子なんてこんなもんだろう?」
「いえ、ひどいのはどっちもです」
ふむ?
これを見た時点で何故モバ端を買おうとか思わなかったんでしょうか、とブツブツ言いながら冊子を仕舞にいく、なるほど確かにその通りだな、過去の俺はアホだ。
アホは過去の俺であって今の俺ではない、よし元気でた。
「で、だ俺は明日武器を仕入れにいこうと思う、ダンジョン探索は一日お休みにするつもりだ、ポン子はどーする?」
「何処に行くんですか?」
「俺が元居た施設だな、交通費勿体ないからジョギングで行くが、帰ってくるのはお昼は過ぎちゃうと思うんだよな スライムスレイヤーマークⅠからマークⅣはすべてそこの施設長の趣味用の道具から作ったものなんだぜ」
ポン子は武器に興味無さそうに。
「ふーん、じゃぁ私は家に居ます、イチローは不審者で捕まったりしないでくださいね、最近は初めて会った時みたいなボサボサの髪とかしてないですけども」
「昔の俺は身支度を整える事に興味はなかったみたいなんだが、鏡があるとちゃんとしないとなぁと思うようになった、まぁ手櫛だけども」
ジロジロと俺の顔を見るポン子。
「お金に余裕出来たら髪を切りにいきましょうね、目もちょっと隠れちゃってますし、イチローはそこそこイケメンなんだから勿体ないですよ」
イケメンと言い切るのではなく、そこそこらしい。
「それじゃぁ私は家に残ってロフトの掃除でもしてますね、ベッドも上に設置したいですし、ロフトは私の部屋にしていいんですよね? 自分の部屋の設計でも考えて過ごしますよ~」
ポン子は部屋の隅にあった籐カゴベッドを指で指しながらそう言った。
そして続けて口を開く。
「あ、ご飯はどうするんですか?」
「朝飯をコンビニに買いに行くときに、ポン子の昼の分も買っておけばいいと思う」
「了解で~す、予定も決まった事だし、今日の夕ご飯にしますか~」
きょ~うは~ナポ~リタンに~たらこスパ~ボロネ~ゼ~、歌いながら買い物袋からパスタ弁当を取り出し温めていくポン子、取り出すのも温めるのも生活魔法とやらでやっている、便利だなそれ。
なんでも攻撃に使えないという制約のある生活魔法は色々応用が効くとかなんとか、逆に攻撃魔法は結果が決まっているとか、うーんまた後で詳しく聞きたいな、よく判らん。
生活魔法でお弁当を温められる事に思い至ったのはイモムチローの後だったらしい。
三種類のパスタの名前を出して歌っているあたり、一個は俺の分なの忘れてそうではある。
「じゃぁ俺はナポリタンな」
「え?」
その疑問符が何を意味してるのか聞くのが怖かったので続ける。
「せっかくだし俺のも、少し味見してみるか?」
「ぁ……はいです! イチロー」
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