第9話 イモムシから始めよう
横座りからいつの間にか正座になって居たポン子が、真剣な顔をして口を開く。
「それは……、それは全部日本が悪いんです」
日本が悪いらしい。
「どういうこっちゃ?」
理解出来ずに聞き返す。
ポン子はすくっと立ち上がり両手を振り振りとこちらに訴えかける。
正座は足が痛かったみたいだ。
「なんなんですか! この日本って国は! 毎週毎日のように何処かで新作お菓子は発売されるわ! 季節ごとにイベントごとにと既存のお菓子の特別バージョンが出るわ! 美味しすぎて私のお腹でも悲鳴をあげちゃうんですよ!? 罠ですよこれは! 毎週毎月面白い漫画や小説が発表されるわ! それが溜まったら単行本でしょう? これ買わない訳にいかないですよね? いかないですよね!? 極上の罠すぎるでしょうが! まだそれだけじゃないんです、アニメです、あれおかしいですよ、毎日です、まいにっち! 面白いア! ニ! メ! が! 放送してるんですよ! 見ちゃうでしょうがぁぁぁぁっぁぁ! DVDも買っちゃうでしょう!? もう私は自分から罠に落ちるしか無い無力なプリチー天使なんですよぉ……」
ポン子は自分で「ヨロヨロ」と言いながら倒れ込み。
リソースも足りなくなって借りてしまうのは仕方ないんですぅぅと、泣きそうな声で大げさに震えながらうずくまっている。
プリチーをつけるあたり余裕がありそうに見える。
「つまり、補填どころか逆に使い込みが加速していた、と」
ポン子はスクっと立ち上がり、こちらを向き舌を出し何やら可愛らしいポーズを取りだした。
「てへぺろ」
くそ、妖精の可愛らしさを理解して十全に使いこなしてやがる、SNSに投稿したら十万イイネくらいすぐいきそうな可愛さだ。
見た目だけならすごく可愛い、見た目だけなら。
俺はポン子のおでこを痛くないくらいで何度かつつきつつ。
「まぁ俺は、そもそも怒ってないからいいけどな、疑問に感じただけだし」
俺のおでこ攻撃を避けずに食らっていたポン子はホッとした顔を見せ。
「あ、そーなんですか、ダンジョンの中でやらかしの件を話してからちゃんと謝りましたし、イチローもその時は許してくれましたけど、実は内心はすごい怒ってたのかってちょっと心配しちゃいました、やっぱりイチローは色々と優しいね」
ふふっっと笑いながらポン子はそう言った。
「そうかぁ?」
「そうですよ~コンビニの時だって、いや、まーその辺は置いとこーか、ご飯も美味しかったし、イチローの生活環境に対してのお話合いを始めよーよ」
俺が弁当の空き箱なんかを、明日の朝食用カロリーバー三本を取り出したコンビニ袋に入れて片付けながら了解と返すと。
ポン子は床にあぐらをかいて座って居る、俺の顔の高さまで浮遊し、何故か、かけてもいない眼鏡をクィっと押し上げるような素振りを見せ、聞いてきた。
「ではこれより、イチロー君に質問をしていきます、先生の言う事をしっかり聞いて簡潔にそして無駄口を挟まないように、いいですね! イチロー君」
今度は女教師になったようだ、こんな凛々しい美人教師いたら男子はウキウキだろうな。
「まず支出の確認です、この部屋の家賃や月光熱費を教えてくれますか? イチロー君」
「はい、ポンちゃん先生! この部屋は基本四万円です。ですがこの団地がそもそも国の探索者支援プログラム用の場所なので、探索者として協会での買取額が増えていくとその額により家賃が下がっていきます、最近の稼ぎだと二万円くらいまで下がってました、光熱費は五千円ちょいで収まります、後結婚はしていますか? 以上!」
「ありがとうイチロー君、元気がよいですね、ですがもう少し落ち着いて話してくれると先生は嬉しいです、結婚はしていません、では次にひと月の収入、食費や消耗品費を教えてくれるかしら?」
「はい、トイレ用品とか洗剤歯磨き粉シャンプー類で三千円もいかないくらい、最近の収入は月に五十万前後くらいです、家賃光熱費を抜いた残りが全部食費です、収入はマークⅣありきなので、これからは三分の一以下くらいになりそうです、以上、あ恋人はいますか?」
「どれだけ高級弁当に使いこんでいるんですか! っとと、先生ちょっと興奮しちゃったわね、後はこの部屋にある貴方の私物を教えてちょうだい、恋人はいません募集中です」
「私物は、布団一式とそこの箱に下着類と予備のツナギが二着、後は三段カラーBOXにさっき言った消耗品類に冊子とかバスタオルとか、コップにフォークやスプーンが一個づつ、ベランダに折り畳みのハンガー、タライと後はいつも持ち歩いているサイドポーチやバックパック、予備武器のトンカチと今着てる物、腕時計は捨てないとなこれ、以上、恋人に求める条件はなんですか? 立候補してもいいですか? ポンちゃん先生」
ポンちゃん先生は目のあたりを手でこすり、ちょっとフルフルと体を震わせて口を開かないでいる。
む、ちょっと生徒と教師物でふざけ過ぎたかな?
「先生?」
「御免なさいね、二年も生活しててそれだけか、とちょっと泣いてしまって、もう大丈夫です、では後はあの扉の向こうが御トイレとシャワー室ですよね、それと台所にコンロが無いっぽいですね、台所方面の天井裏みたいな隙間はロフトという奴ですか? ああ、梯子があるのですね、イチロー君の生活環境はこんな所ですね、質問はこれで終わりです有難うございました、恋人に求める条件は、私をお腹一杯満足するまで食べさせてくれる甲斐性がある人です、イチロー君も立候補してもかまいませんよ?ふふっ」
ふふふっと妖艶な流し目をしながらそう言ったポン子。
「了解ですお疲れ様でした、あ、恋人は無理そうなので諦めますね」
「ちょっと諦めるの早すぎませんか~!?」
「口調が戻ったな、もう先生はいいのか?」
ポン子はキリっとした顔つきからいつものホンワカした顔に戻り。
「はい、顔が疲れてきたので終わりです、それにしても生徒がちょっと弱気すぎませんか? 例え無理だと判ってても憧れの格好良い完璧可憐美人眼鏡女教師にアタックする、それは青春の良い思い出になると思うんですが」
盛り過ぎて逆に怪しさが増している、看板の主張が激しい個人商店のようだ。
「んーでもよぉポン子、その女教師、残ってる給食とか一人で全部食べてたり、弁当持ち込みなら数十個持ち込んでたりして、生徒にひかれてそうじゃね? そりゃ生徒も諦めるだろ学生の経済的に」
「さぁ、これからの事です、今までは兎も角この状況をイチローは良しとしてないんですよね?」
スル―力は確かに完璧だ。
「ああ、なんでか前の俺はこんな暮らしをしていたが、今はおかしいと感じている、変えていかなければなと思う、具体的にはまだイメージ出来ないが」
「変わるお手伝いをしますよ、あなたを守りサポートするのが守護天使の役目ですから」
ニッコリ笑いかけてくるポン子、可憐も認めてやろう。
だがポン子が守護天使である事はすっかり忘れていたな俺。
「いいですかイチロー、前の貴方は雑草です」
訳のわからない事を言い始めた。
「説明を下さい」
一応聞いてみる。
「その場で太陽の光を浴び、空から雨が降るのをまって何もせず風に揺られている、前にも後ろにも横にも動こうとしない、美味しく食べる事すら出来ない、そんな雑草がイチローだったんです」
意外と的を得ててびっくりした、食べられる事が大事なあたりはポン子らしいが。
ポン子は、イチロー
「そんなイチローは今、現状に気づいた事でイモムシになりました、雑草を栄養に自らの意思で前に進む、そう今の貴方は立派なイモムシです!」
立派なイモムシらしい。
が、しかしなんだか話の流れが読めてきた。
「判ったよポン子、つまりお前は俺に、イモムシから蝶になれって――」
「だらっしゃぁぁぁぁぁ!」
ポン子が俺に向かって叫びながら、顔の横に少し回り込み、大きく手を振り上げて頬を叩いてくる。
一応礼儀として叩かれた瞬間、反対側に向けて顔を少し体ごと回してからゆっくり顔を戻し相手を見る。
ちなみに叩かれた音はピシャーンとかでなく、ペチッだった。
「なんで俺は叩かれたの?」
ポン子はワナワナと体を震え、怒りを表している、演技派だよなお前。
「蝶さんを舐めないでください! 今のイモムチローが輝かしい羽を持ち優雅に飛ぶ蝶さんにすぐ成れる訳ないでしょうが!」
新しい名前をつけてくれたようだ、こんにちわイモムチローです。
「イモムチローが蝶に成るという事は、いわば上級探索者になって成功者になるようなものです、お金があり名誉もあり権力もある、大きな屋敷に住み、美味しいご飯を一杯食べ、豪華な家具や高価な魔道具を使い、周りから尊敬をされ羨まれ、人との様々な縁を結び、友を作り、恋人を作りハーレムを作ってムフフな事をする、そんな蝶さんに、イモムシの貴方がすぐ成れると思っているんですか?」
蝶はハーレム作る習性あったっけか? いやまぁ高額納税者は重婚OKだから間違っちゃいないんだが。
「まぁ無理だろうなぁ」
「ええ、高すぎる目標はモチベーションも下がりますし、まずは目の前を見据え簡単な目標から叶えていくべきです、そう、まずはサナギを目指しましょう、この部屋が貴方のサナギです、何もないでしょう? いつか蝶に成る為にサナギに栄養を貯めねばなりません、冷蔵庫やコンロに調理器具、一般人なら普通に持っていそうな物を揃えていきましょう! 目指せ一般人! 目指せイチロ……サナ……イチナギ? です!」
無理して名づけんでいい。
そして揃える物がすべて食事に関係しているのは気のせいか?
「ま、解り易い目標が有るのはいいな、色々揃える為にも探索で稼がないとなー、頼むぜ相棒?」
「どんとこい相棒! です、イモムチローとプリチーポン子ちゃんの最高パーティなら楽勝ですよ! まずはご飯を三人前気軽に買えるように成りましょう~、えいえいおー!」
あ、その名前両方まだ使うんだな。
さりげなく飯の量が一人前増えてるが、まぁいいか。
「ポン子にも高級弁当食わせたいし明日から頑張るかー、んじゃ明日に向けて寝るかね?」
「ふぁ! そうでした! 一番大事な! その話を聞くのをすっかり忘れていました、まだ夜は長いですし、今まで食べた高級弁当の内容をみっちりと聞かせて貰いますからね~!」
一番って……お前。
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