第8話 部屋での会話
「ただいま~」
今までこの家で一度も言った事のないセリフを吐きながら玄関から上がる。
そこは公共団地の一階にある、1Kシャワートイレ付ベランダ有の俺の部屋だ。
入口にある狭い玄関、右に何も置いてない洗濯機置き場、左に扉のない傘や靴置き場、玄関を上がり左に狭い台所、コンロは買ってないので空いている、シンクがあり。
そして雑貨を入れた三段のカラーボックスが置いてある冷蔵庫置き場がある、右に横開きの扉の向こうはトイレとシャワー室。
先に進めば透明で中の見える箱が一つ置かれ、寝る為の布団が一式置かれただけの六畳フローリング部屋、その向こうには窓とベランダがある。
「へ~これがイチローの部屋ですかぁ、って何にも無いですね……」
俺の頭から飛び立ったポン子は浮遊しながら、そう語り掛ける
「まったくだな、これはひどい」
「いや、自分の部屋でしょーに! 洗濯機も冷蔵庫もコンロも無し、まともな収納家具もテーブルや時計も無し、寝具も敷布団と毛布一枚でマクラも無いってどーいう事ですか! もしかして引っ越しした直後とか?」
「いや、もう二年近く住んでる」
ポン子はショックを受け混乱している。
「なんというか少し前の俺はなるべく人と関わらず、目立たず、ただ生きる事は懸命に、そして安全に、生活は最低限に、そんな風にいるべきだと思っていたんだ、正直アホじゃないかと今は思うんだが、どうしてそんな思い込みをしていたんだろうなぁ」
呆れた口調でポン子は。
「知りませんよ、でもまぁ今はこれが、おかしいと思ってるのならいいんじゃないですか? お腹空きましたし、せっかく温めてもらったハンバーグ弁当が冷めちゃう前に食べちゃいましょう、続きはそれからにしませんか」
と言って床に着地し、横座りをし、おいでおいでと招いている。
それもそうだなと、コンビニの袋から弁当二つを取り出し、片方の包装を解いてからポン子の目の前に置いてやる。
箸は魔法で浮かすからいらないってコンビニで言ってたな、ポン子に水はいるかと聞いたがジュースがいいですと返してきたので、うちには水しかないと返してやった。
水なら生活魔法で出せますのでおかまいなく~と手をふられ。
俺は自分の分の水を汲みにシンクに向かう、一つしかないコップを軽く洗い水を注いで帰ってくる。
「なぁ? なんで、もうすでに弁当一つが空っぽになってるんだ? しかも今開けようとしてるそれは俺の分だよな?」
「空っぽなのは食べ終わったからで、開けているのは端っこなら食べてもばれないかなって思ったからです」
まったく悪気が無いのがある意味清々しい。
「その体格で食った物どこいった? とか、その辺は、〈不思議生物ポン子だった〉で取り合えず済ませるとして、ポン子お前実際どんだけ食べる必要があるんだ?」
「私の事を不思議生物なんて呼ぶならイチローの事を〈スライム戦で濡れる男〉と呼びますよ?」
即座に謝る事にした。
「御免なさいもう言いません」
「はい、私も言い過ぎかもです、せめて〈踊る男〉のがよかったですね」
あんまり変わってないような気がする。
「まぁこのプリチーポン子ちゃんだと、弁当三……いや五十、腹八分目といいますし四十個くらいは余裕ですかね」
さっきの不思議生物が本当に嫌だったのだろう、名前の前に何かつけだした、まぁすぐ飽きるだろう。
「それはきついな……、さすがにそんな金はうちには無いぞ、どうしようか」
自分の弁当から半分ほどポン子の空の弁当に移してやりつつ悩む。
「あ、別に存在の維持に一杯必要って訳じゃないので、モグモグ、そこそこあれば大丈夫ですよ? ご馳走様、たくさん食べるのは心の栄養って感じです、うーんうまいな私、美味しい弁当なだけに、なんちゃって」
無性にこいつを引っぱたきたくなってきた。
分けたハンバーグを返せと言いたいがすでに無い、大きく口を開けているわけでもなく、吸い込まれるように食べ物が消えていくのがちょっと気持ち悪い。
俺が自分の分の残りをかっこんでいると。
「やっぱりデザート欲しかったですねぇ、まさかイチローが貯蓄ゼロとは思いませんでした、コンビニの中で様々な商品に囲まれて安めのお弁当しか選べない苦しみときたら……クッころせ」
どうやら女騎士にジョブチェンジしたようだ。
「ゼロじゃないぞ、月末に払う来月分家賃と今月の光熱費支払い分はちゃんと取っておいてある、今日の買取は半日分だから仕方ないんだよ、いつもなら一万五千円くらいにはなるんだから、これから食費が倍かぁ、あ、飯の量は俺と同じでいいよな? 余裕あったらお菓子もつけるからさ」
「それはかまいませんというか、お菓子もいいんですか? 有難うございます、が、問題は一日それだけ稼いでいて何故貯蓄がゼロなのかという部分だと思います、家電類もないカーテンすら無いのに何処にお金が消えてるのか、ちょっと聞き取りが必要そうです」
「何処ってそりゃ飯だろ」
「はぁ? 一万五千円ってさっき買ったハンバーグ弁当が、二十五個以上買えちゃうんですが、イチローそんなに食べる感じしなかったじゃないですか」
「そりゃ二個や三個ならまだしも何十個とかは食えんだろ、そうじゃなくて高級弁当があるんだよ、美味いぜ? 稼ぎがいい時は余分を全部高級スーパーの弁当を買って……買って……あれ? 俺はなんでそんな計画性の無い買い物をしてるんだ?」
「こっちが聞きたいですよ! あーもう、私のリソースに余裕があったら少しは援助できるのに、リソースの返済で私物は全部大天使様に買い取って貰ってそれでも足りなく、私の口座は今からっぽなんですよねー、まだ返済分しこたま残ってますし、守護天使出向分のお給料も返済に回されてると思います、あ、高級弁当の話は後で聞かせて下さい」
とポン子は何やら空間にモニターのような物を出し、操作をしたが、がっくりと肩を落とす、やっぱりゼロでした、と呟きながら。
「リソースって確か、スライムダンジョン内から出る時に歩きながら話してくれた、ポン子のやらかしの時に出てきた言葉だよなぁ、いくら疲れていたからって使い込みはだめだと思うぜ? そもリソースって何なんだ?」
「そうですね、リソースは天使にとっての、説明が難しいんですが、燃料とか貨幣とか存在そのもので、力を使う時に必要なもの、地上の様に金銀に価値がある訳でもないので物の売買にも利用してますし、自身の強化に使えば天使の階級すらあげられる物だと思ってください、回りから自然と少しづつは補給できるんですけど、基本は神様から順番に下に下にと下賜されて降りてくる物、ですかね? リソースを言い換えると〈信仰や希望〉〈平和への感謝や祈り〉〈恐怖や悲しみ〉〈欲望や十八禁〉とも言えますね、後半は私ら天使や神様は使えませんけどね」
急に真面目な口調になったポン子だったがすぐ崩れた。
「後使い込みって言われても~、全部デスマーチが悪いんですよ! 好きな物が好きなだけ買えるなんて夢だと思うじゃないですか! それに、ちゃんと後で自分のお給料で補填してテストスキルも消そうと思ってたんですから」
「それはそうだが、隠ぺいはダメだろ、えーと何だっけ、スキルやリソースが管理者に見えないように、ってのとスクロールドロップの条件を弄ったんだっけか?」
「ええ、見えなくするのは訳なかったし、実際今までバレなかったんですが、条件が、まず〈スライム以外を倒していると失格〉普通はスライムなんてすぐ卒業して他に行くんですよ、スライムばっかり倒すなんて変態そうは居ないんですよ!」
あはい、変態がここに一人居ます、踊りましょうか?
「そして次の条件が〈二十四時間以上空けずにスライムを倒し続ける事1万時間〉って毎日毎日毎日、四百日以上休みも無くスライムだけを倒す馬鹿が居る訳ないでしょうが!」
はい、ここにその馬鹿が居ます。
「極め付けが 〈ドロップ権利を持っていると稀に出る変異種スライム倒してドロップ率千分の一〉ってそんな事に出会える人間がどれだけいると……」
はいはーい、ここに居まーす。
「なるほど確かにすごい確率だったのは判る、でもちょっと不思議な事があるんだが、聞いていいか?」
あの時条件変更用のリソースをケチるんじゃなかったなー、とブチブチ言ってるポン子がこちらを見て答える。
「ほえ? なんだろ、おっけーかもーんイチロー、プリチーポン子ちゃんが何でも答えてしんぜよう~」
まだ飽きてないらしい。
「ポン子の話だとやらかしはデスマーチの時、つまりダンジョンが地上に発生する前だよな?」
「そうですね~、あの時は救護室がパンクするくらいやばかったですし~仕方ないね、プリチーポン子ちゃん悪くない」
「ダンジョンが発生したのは今から五十年前の1999年、聞いた話では世間でノストラダムスがどうのとか言われていたらしいがまぁそれは置いておいて」
「あ、その人は神様が面白そうだから時期を合わせようって言って祝福の石板の納期が変わらなかったんですよね……予言をもう少し後にしてくれたらよかったのに~」
突っ込みたい話がポンポン出てくる。
「俺がスクロールを拾ったのはそれから五十年後の今なわけだ」
ポン子はビクッっと体を硬直させ、急に黙って何も返してこない。
「そのリソースの補填とやらは、五十年分のお給料でも足りなかったのか?」
ポン子は超速で横を向きこちらに目を合わせようとしない。
俺はじっとあいつを見て何も言わない。
「それは……」
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