第5話 祝福の石板

「俺のマークⅣや~い」


 すでに靴を履きバックパックとサイドポーチを装備した俺が、マークⅣに呼びかけながら、部屋の中を見回す。


 濡れた体はポン子が乾かしてくれた、生活魔法とかなんとか言ってたが、この時初めて付いてきてくれて有難いと本気で思ったわ。


 ポン子が溜息を吐きつつ言う。


「イチロー、もう諦めようよ~、こんな見通しのいい部屋で無いならもう見つからないってば」


「しかしなぁ、あれが無いとスライムを倒すのも大変なんだよ」


 マークⅣのおかげで最近の食事事情が良かった俺はどうにも諦めきれない。


「そうだ、ここは俺が倒れた部屋とは違うのかも?」


 ポン子は何を言うんだこいつはと、ジト目でこちらを見てくる。


「大天使様が、そんなミスするわけ無いじゃ~ん」


 いやあの人なら普通にありえるんじゃないかな?


 とはいえ嘆いていても仕方ない、色々と疲れてるし今から他の部屋を探すのもきついか、バックパックから予備の武器である柄が長めのトンカチを取り出し。


 つなぎの道具ホルダーに取り出しやすいように差し込む、さようなら俺のマークⅣ。


「んじゃま、今日はもう寝たいし帰るかぁ、一応武器は持ったがスライムが居たらポン子よろしく~、まぁ通路にはほとんど出てこないし問題無いとは思うけどな」


「おっけ~私の風魔法におまかせあれ~」


 手でOKマークを作りつつ俺の頭の上に尻で着地、そのまま居座りふんふんと鼻歌でリズムをとりながら足をぶらぶらとさせている。


 視界の上で細くて白い素足がチラチラとしている、バランスを取るのに俺の髪の毛を掴むなっての。


 状況だけを字面で説明すると。


 可愛い女の子に頭を椅子変わりにされて素足を見せつけられている訳なんだが、なんだろうちっとも欲情しないな。


 これが大天使さんなら……、頼んだ瞬間に雷を落とされるイメージしかないな、うん。


 運よく通路にスライムは居なく、他の探索者もおらず、直線通路の遠くにダンジョン出口の上り階段が見えた。


 階層転移用の小部屋を通過し、階段を登り光さす出口に向かう、外に出るとそこはいつも見慣れた場所である砂利が敷き詰められた空き地だ。


 壁で囲われたその空き地には地面にあるダンジョンの階段を覆うように屋根と柱だけの東屋、その横には黒い自販機そして唯一の外側の壁に空いた入口は鉄道の駅にある自動改札機のような物が設置され。


 その横の手前側には宝くじの販売所のような、窓口が透明な板で仕切られた十畳ほどであろう小さな建物がある。


 日がずいぶん落ちかけてるな、十六時頃か?腕時計を見ると十二時半過ぎで止まっていた。


 転移の影響で壊れたのだろうか、買い替えも地味にきつい、3月の中旬のわりに今日は暖かいが、俺の財布は寒くなりそうだ。


「人っけが無くて寂しい場所ですね~」


 未だに頭の上にいるポン子がそう言った、というかそこを定位置にする気なのだろうか、俺の髪の毛がちょっと心配になるんだが……。


 いつものように自販機に近寄りバックパックを降ろし、しゃがみながらドロップアイテムを取り出していく。


「お~これが祝福の石板ですか~、本物は初めて見ました」


 バックパックを降ろす時とか、しゃがんだりした時にすべり落ちるかと思ったが、ポン子は未だに俺の頭の上にいて何やら言った。


 バランスを取るのが楽しいようで、落ちそうな時は髪の毛をしっかりつかみ、うひょーとか、わはーとか笑い声をあげながら未だに居座っている、引っ張られた毛根が痛い。


 俺の頭は遊園地にあるバランス系の遊戯物か何かなのだろうか。


「祝福の石板? 俺ら探索者達は自販機って呼んでるけど、普通の自販機と区別する時はダンジョン自販機とか黒自販機とか言うなぁ、てかそんな名前なのかこれ?」


 目の前にある、黒い黒曜石を思わせる一畳程の浮いていて厚みが五センチも無い石板は、必ずダンジョンの側に有り。


 ダンジョンの利用者数に応じて増えたり減ったりするらしい、必ず一個はあるそうだが。


「はい、この石板はダンジョンの利便性の向上の為に設置された物で、神様の愛し子達への想いと祝福が詰まった一品ですね、言わばイージーモードってやつです、ベータ版終了前に神様の思いつきで作らされてデスマーチに突入し、完成した今もバグの修正や細かな調整が必要で、その管理をしている天使には呪いの石板ですけどね!」


 ぱんちぱーんち! とそう声を出しているポン子の尻圧がリズムよく頭に感じられる。


 頭の上は見えないので判らないが、おそらく石板に対してジャブやストレートを繰り出す真似事をしているのだろう、IT系は大変だって言うしな恨みもあるんだろ。


「ていうか、このダンジョンとか魔法とか、五十年前から始まった人類が真似の出来なかった不思議な出来事は、全部お前ら天使や神の仕業って事でいいのか?」


「そうですよ? あれ? 神界で説明されてないですか?」


「いや、時間が無いから後で妖精に聞けって帰されただろうが、その時間の無さもポン子がお説教食らってたせいじゃねーか」


 やっぱ姿が見えないと会話がしづらいな、上を見てもあいつの足しか見えんし、うーむ素足を相手に話をしてる男か、通報まったなしだな。


「そーいえばそんな事を大天使様が言っていたような無かったような~、うーん、あの時はお説教が激しくなったあたりから、脳内で昨日食べたお菓子の事を考えてたんでよく覚えてないんですよね」


 うーんのあたりで足を引っ込め胡坐をかいて体重が少し前にきたな、恐らく腕を組み片手を顎あたりに持ってきて考えるポーズをしているのだろう。


 見えずとも体重移動とわずかな足の動きを感じて相手の体勢を予想するとか、そろそろ頭妖精ソムリエの試験に受かりそうだ、自分の才能が怖い。


「まぁ~あれです、一から全部説明するのもめんど……面白みが無いですし、判らない事や知りたい事があったらその都度聞いてくださいよ! このスーパーミラクルプリチー妖精のポン子ちゃんがすべて完璧に答えちゃいますよ~! ズビシッ!」


 こいつ今一番大事そうな事を面倒くさいと言いかけた上に、説明責任を放り投げやがった、しかも俺が見えないのを判ってるのか決めポーズを音で表現してきた。


 その思いやりを違う部分で発揮して欲しい。


 拝啓大天使さん、守護天使のクーリングオフ期間はどれくらいなのでしょうか? 返品する方法とかも教えてくれませんでしょうか?


『返品期限はもう過ぎてます♡』


「うわっ!」


 びっくりしてつい急に立ち上がってしまった。


「ほにゃぁぁ~って、びっくりするじゃないですか急に動かないでくださいよ~もう」



 急に立ち上がったにも関わらず咄嗟に髪をつかみ俺の顔の前面にずり落ちて懸垂状態で苦情を言うポン子、小さな顔が目の前に俺の鼻が胸に当たっている、そしてヨイショヨイショと俺の顔のおうとつに足や手をかけ登っていく。


 俺の顔はボルダリングの壁じゃないんだが……、日本人の顔は難易度高そうだな。


 いやそれは今は良しとして、さっきの出来事の対応だ、大天使さ~ん聞こえますかおーばー…… もしもーし大天使さん聞こえますか~? …… 怒りんぼおかん大天使さ~ん返事くださいなー……。


 うーむ反応ないか、気のせいだったのかなぁ?


 ペシペシとおでこを叩かれた。


「うんうん唸ってどうしたんですか? お腹も減ったし石板使うなら早くやってイチローの家にかえろ~よ~」


 髪の毛を手綱にしてユッサユッサと催促をしてくるポン子。

 今度は馬になったか俺の頭。


「そうだな、すまんすまん、今やるから待っててくれ」


 ドロップアイテムを出したあたりにしゃがみ、自販機に……いや俺もこれからは石板と呼ぶか、に手をつける、すると石板の表面にメニューが現れる、買取を選んで触りドロップアイテムをポイポイと石板に向かって投げていく。


 アイテムはぶつかる事なく吸い込まれメニューに内容と数と変換ポイントが表記されていく。


 コインが二百二十枚で二百二十ポイント、ゼリーが二十六個で二十六ポイント、金属片が四十五個で三ポイント、ああくそ全部鉄だったかなぁ、買取確定しますか?のメッセージに対して〈はい〉の部分を触る。


 全部で二百四十九ポイントと前回の狩りの残りが七十ポイントあったので合計で三百十九ポイントか。


 コモンポーションは協会の買取所で値段を聞いてみるとして、三百ポイントを使って販売メニューからコインを買う。


 石板から100と数字のかかれたコインが三枚浮き出てくる、手をその下に差し出すと浮かんでいたコインが重力に引かれて落ち、手の平に収まる。


「終わったぞー、後は協会の買取所にいけば帰れるからなー」


「ほいほーい、ご飯期待してま~す」


 気の抜けた返事がポン子から帰ってくる。


 さっきからごそごそしてたので判ってはいたが、こいつ暇で寝転がってやがるな、


 ついにベットになった俺の頭は、どこまで進化するのだろうか。


 まぁ早く終わらせて飯にしたいのは俺も同じだ、とっとと買取を終わらせて帰りたい。


 敷地の出口付近にある建物に向かって歩く、日本ダンジョン開発協会、JDDAとも呼ばれ、探索者は単に協会と呼んだりするが。


 ダンジョンの側には必ず協会の施設を建てる事が法律で決められていて、ここみたいな雑魚ダンジョンでもそれはある、まぁ小さな出張所でやれる事も少なく職員は一人いるだけなんだが。


「こんちわーDコインの買取お願いしまーす、後コモンポーションの今日の買取額教えてくださいな」


 窓口をさえぎる透明な板の向こうの、こちらに背をむけて暇そうに情報端末をいじってる馴染みのおばちゃんに声をかける。


 おばちゃんは端末を横に置き、こちらに体を向けながら。


「はいはい、なんだか元気だねぇ、こんな人気のないダンジョンなの――」


 セリフを唐突に止めたおばちゃんが俺をまじまじと見ると、こちらを指さし。


「あんた! 山田ちゃんかい? 山田ちゃんだよね!?」


 すごい勢いで聞いてくる、興奮するとまた差し歯抜けるよ? おばちゃん。


「え、ええ、俺は山田一郎ですけど、どうしたの? おばちゃん」


「どうしたもこうもないよ! あんた、ここ六日間何やってたのさ!」


「はぁ?」

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