第107話 伝え忘れ

「当てていいのは当てられる覚悟の有る奴だけだ!」


 ガバっと上半身を起こす俺、いつもの俺の部屋だ……おっぱい型ミサイルを打ち合う空戦ゲーの夢を見てしまった。


 ……昨日ずっと可憐姉さんに背後から抱きしめられていたからなぁ……背後からのプレッシャーがロックオンされた戦闘機乗りが感じる物に似ていたのだろう……うん自分でも何言ってんだとは思う。


 可憐姉さんも大人しくなっちゃってるし心配だよな……って大人しいのが心配の種になるってどうなんだ? 


 今日は雨が降っている様だ窓の外から雨音がする、そして横にはポニテ姉さんとその肩の上にリルルと見知らぬサキュバスが三人……。


 誰? いやもしかしたら昨日握手した誰かかもしれないが……正直全員しっかり覚える事は無理だった、だって一分に一人以上来るんだぜ? 昨日はたぶん5時間は握手や挨拶や軽い会話をしていたと思う。


 つまり三百人は余裕で超えるって事だ、しかもな、途中からアイドルグループネタとかで同じ様な衣装を着た人達もいてな、いきなり三十九人ユニットとか言われても覚えられる訳がねぇ! サキュバスだから三十九人なんだってさ。


 多すぎぃぃ! そんな多いアイドルユニットなんて存在する訳ねーでしょうに!


「それより多いユニット数のアイドルとか普通にいるわよ」

「おはようですご主人様」


 ……え? いるの? あ、おはようリルル、そして皆さんもおはようです。


 ついつい、いつもの様に心の声を口に出してしまって居た様で、ポニテ姉さんから突っ込みが来ていた。


「居るわね、というか毎年毎年日本のアイドル目指してデビューする人が何人居ると思っているの? 千は軽く超えるからね? っと貴方達後はよろしくねー」

 俺に話しかけながらその見知らぬサキュバス達三人を転移魔法陣で送り出すポニテ姉さん。


 取り合えず彼女らの事を聞く事にする。

「ポニテ姉さん、さっきのサキュバスさん達はなんだったんですか?」

「ああほら、昨日ご主人ちゃんに気付かせて貰った奴よ、精力を他人に渡して握手会をして貰うってやつ、今日はあの三人に頼んだの、あの子らも地上でアイドル目指してるし握手会の勉強になるからーって引き受けて貰ったわ、勿論報酬はご主人ちゃんの精力を少し多めに貰う権利ね、やりたいって人が多くて困るくらいだったわね……もっと早く気づいていたら……」


「あの姉様達はアイドルの卵として地上で活動中らしいですよご主人様」

 リルルが情報の補足をしてくれた。


 まじか、サキュバスさん達って何処にでもいる気がしてきた……。


 てことはだ。

「昨日の三十九人ユニットの奴ですか?」

「いやあれはコスプレだから、そうじゃなくてサキュバス運営の芸能事務所から日本のアイドルとして本気でデビューを目指している三人組ユニットね、デビューしたら応援してあげてね」


 本当に何処にでもいるなぁサキュバス達……。


 天使もそうだがサキュバスも普通に人間社会の中に居るよね、この世界は思ったより人間の勢力は弱いのかもしれない。


 グゥゥゥゥゥ……。


 俺のお腹の鳴る音がする、腹減ったなぁ……。


「昨日はほとんどご飯食べられてなかったもんねぇご主人ちゃん、今日はちゃんと食べるのよ? じゃ私も帰るわねまたね~二人共」

 俺とリルルに向かって手を振りながらポニテ姉さんは転移魔法陣で帰っていった。


 ポニテ姉さんの肩に乗っていたリルルはフヨフヨと俺の方へ飛んできながらポニテ姉さんに手を振り返して見送っていた、俺も一緒になって手は振るけども。


 リルルとサキュバスさん達は完全に仲直りをしていて、彼女らが来るとリルルは嬉しそうに会話をしに行くんだよね、誤解から来たすれ違いだったもんなぁ……それに気付けて良かったよ。


 ポニテ姉さんが転移魔法の光の残滓と共に消えていくと、部屋の中が昨日と比べて随分と静かに感じる。


 あんなにたくさんの人に祝われる誕生日は初めてだった、施設に居た頃は三か月ごとに誕生日のやつをまとめて祝う感じだったしな……。


 握手は忙しかったしご飯も食べられなかったけど楽しかったなぁ……皆にお祝いして貰って歌ったり踊ったり一発芸を披露されたり……生きててよかったと思える最高の日だった。


 ぐぅぅぅぅ……また腹が鳴った。


「ご主人様、姉様から昨日の余りを預かってますのですぐ朝ご飯にしますか?」

 俺の腹の音が大きいせいかリルルが心配げに聞いてくる。


「大丈夫だよリルル、先にシャワー浴びていつもの時間に皆で食おうな」


 俺は浮いているリルルの頭を撫でてからシャワーを浴びにいく事にする、リルルはくすぐったそうにしつつも俺の手の平に頭を押し付けてきていた。


 昨日の誕生日会でも握手会で忙しい俺を心配してくれたリルルはご飯をアーンで食べさせてくれようとしたのだが、口の中に物があると握手をしながら挨拶や雑談が難しいので結局ほとんど食べる事が出来なかったんだよな。



 シャワーを浴びてから部屋に戻るとポン子も起きてテーブルの上のスラ衛門さんの上で大の字になって欠伸をしている、その横で召喚された木三郎さんがリルルの出す料理をテーブルに並べていたりする


「おはようポン子に木三郎さん、朝食の準備ありがとう」


「おふぁよーですよイチロー」

『シャシャシャ!』

 ポン子と木三郎さんから返事が来る。


 昨日の誕生会で出た料理が一杯だな、なんだかんだでポン子も食べつくさず残していてくれた様だ。


「そのピザは秀逸でしたよ、スパゲッティもわざと茹で上がった麺をしばらく放置する事でモッチリ食感になってましたし」

 ポン子が料理の説明をしてくれる、そりゃ楽しみだね。


「では頂きます」

「頂きますですよ」

「頂きます」

『シャシャシャーシャ!』


 モグモグあーんと皆でご飯を食べながら話等をしていく、うわぁこのスパゲッティ好きかもしれない、このモチモチっとした食感は放置する事で出すってさっきポン子が言ってたっけか、家庭的な味って感じがする……まぁ俺は家庭の味を知らない訳だが……イメージって意味でな。



「あーんモグモグ、今日はどうしよかぁ……雨が結構すごいんだよな……」

 俺が窓の外を見ると今朝起きた時より雨や風が強くなっていた。


 同じように窓の外を見るポン子やリルル。

「そうですねぇ……ダンジョンの中は関係ないのですが、そこまで行くのが大変かもしれないですね、タクシーで行きますか?」

「〈生活魔法〉の結界も近くに悪意があれば切れてしまうですし……」

『シャシャ……』



「お休みにするかねぇ……二日連続でお休みになっちゃうが、それとも急遽午後に昇天屋やっちゃうか?」

「ああそれも……あ……」


 ポン子は急に言葉を止めた、リルルも俺もポン子のその急なセリフの止めように気付いて何事かと続きを待つ。


「やっちゃいました、天使側にイチローの誕生日情報を流すのをすっかり忘れてました、あはは、ポン子ちゃんやっちゃった」

 特に悪びれずにそう言ったポン子。


 サキュバスにはリルルが教えたみたいなんだよな、天使さん達の律儀さならポン子が情報を流してたら昨日来てくれたかもなぁ……もっと賑やかになってたかもなのか……ちょっとそれを体験したかった俺が居る。



「ちょっと残念だが仕方ないな」

「今情報を流しておきますね、ついでに今日揉み屋をやるならその情報も一緒に流します」


 昇天屋をやる事が決定した様だ。


 リルルにモバタンを渡して公式サイトの予約受付開始する様に頼んでいるポン子、自分も何か空間に魔法のモニターを出して操作している。



「ご主人様午後だけなら三人でいいですよね?」

 リルルがそう聞いてきた。


「三人で頼むよリルル、今回は急な奴だし天使やサキュバスに分けなくていいよ」

「判りましたご主人様……わっ! 予約開始して一秒で三人の予約が埋まりました……」

 リルルが予約の埋まった画面を俺に見せてくる……。


 俺はその画面を見てリルルを見る、リルルも少し困惑顔で俺と画面を見ている。


 突発的な営業なのになんで一秒で予約が埋まるねん?


「今天使側に誕生日の事と営業の事を流し終わりましたよ、ってどうしたんですか二人共」

 ポン子が魔法モニターから顔を上げて俺とリルルに問うてくる。



「いや予約がもう三人埋まってしまってな、ちょっとリルルと一緒にびっくりしてた所だ」

「始まってすぐ終わるなんて早かったですねぇご主人様」

 リルル……その言い方はなんか嫌なんだが……何が嫌なのかは俺もよく判らんが。



「あーそれはもう天使側で予約をする順番が決まっているみたいですし、自動で予約開始を感知して予約を埋める様な手順にしてるのかもしれませんね……アイドルコンサートのチケット購入予約とかでそれをやったら無効にされそうな手法かもです、後で注意しておきます……いくらモバタンでの情報のやりとりが制御下にあるからってやりすぎですよ……ぶつぶつ」


 ポン子は天使さん達のやり方にブツブツと文句をつけている。


 だが俺は予約の事よりもポン子の呟きの方が気に成ってしまった。


 なんていうか……この世界って天使にほとんど握られてるよなぁ、とね。

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