第102話【閑話】平凡?な家庭4
そこは何処にでもありそうな平凡な二階建ての一軒屋……ではなく。
日本ダンジョン開発協会(JDDA)が直接管理している資源型ダンジョンを利用した訓練場だ、石壁型のノーマルなダンジョンの中に整然と部屋が乱立しているそれらは各部屋から土壌資源が取れる場所であった、がしかし毎日採取する様な物でもないそれらの部屋を探索者の訓練場として貸出もされている、勿論部屋の中は空間的に拡張されていて場所によっては数キロ近い広さもある。
その中の一つ、広さがサッカー場くらいで地面が砂浜の様な部屋での話である。
制服の上から皮の保護パーツを各所に装備した少女と、近所のスーパーに買い物に出かけるおば……そこらを出歩く様な恰好のとんでもなく美人な女性が居る。
少女が美人な女性に語り掛ける。
「どうしたのお義母さん? 急に空を睨んですごい殺気を出したりして」
それに対して美人なお姉さんが答える……。
「いえね姫乃ちゃん、なんだか誰かに馬鹿にされた気がして……気のせいだったのかしら? まぁいいわ、ではこれから訓練を始める訳だけど、その前に……あなた! 出て来なさい!」
女性がそう大きな声を上げる、少女はその行動に理解が及ばず困惑している。
がしかし、少し離れた位置に男が急に現れる、それに気づいた少女は。
「お義父さん!? びっくりしたぁ……〈気配察知〉範囲に急に出てくるなんてさすが斥候専門だね!」
少女は感心しているが女性は険しい顔だ。
「何故貴方がここに居るのかしら?」
「いやほらあのね……姫乃がちょっと心配で……君の訓練は初めてだしやり過ぎたら危ないかなって……」
「貴方は甘すぎるから私に全部任せてくれるって決めたわよね?」
「あ、うんそれはそうなんだけども……」
「ねぇ貴方? 私ね……お昼ご飯に××県の名物××××駅弁が食べたいな、それと夕ご飯のおかずに××××漁港で××××の干物を買ってきてくれるかしら? 勿論全部現地で買ってきてね? 後でレシートを確認します」
「え? いやぁそれはさすがに、両方回ったら数百キロでは済まないんだけども……しかもお昼に一度帰ってきたら二度手間に……あ、はい! 行ってきます! 姫乃頑張ってね! 死ぬんじゃないぞ~」
男は不穏な言葉を残して消えていった、そして少女は少し怖くなった。
「まったくもう、あの人は私を何だと思ってるのかしら……今日の夜はベッドの上でしっかり、お・は・な・し、する必要がありそうね……寝かせないんだからね……」
女性のその言葉を聞いて少女は違う意味で怖くなった、是非とも遮音魔法はしっかり掛けて頂きたい。
女性は少女に顔を向けると。
「さて、まずは確認ね、姫乃ちゃんは本当に鉄扇を使うの? 別に私に合わせなくてもいいのよ? 正直な話をすると鉄扇って使いにくいし」
少女は少し恥ずかしそうにしながら返事をする。
「いいんですお義母さん、血は繋がらずとも私はもうお義母さんの娘です、なればこそ技や戦闘スタイルを継ぎたいと思うのは……迷惑でしょうか?」
女性は少女に近づき抱きしめながら。
「そっかぁ有難う姫乃ちゃん……そうね貴方は私の娘だものね……ならお義母さんの昔の二つ名である〈
抱きしめられつつ少女はしっかりした返答をする。
「あ、それは結構です、私は〈舞姫〉や〈
抱きしめていた手を離した女性は頬を膨らませながら。
「むー私の娘なら負の遺産も貰ってもいいじゃないのー、つれないんだから姫乃ちゃんは……未だに古い方で呼ぶアホウがたまに居るのよねぇ、誤魔化したって判るんだから……決闘も断られたら意味ないし」
「私はお義母さんがそんな二つ名で呼ばれていた事に驚きましたけどね、動画もいくつか見ましたが……そう呼ぶ気持ちは判らなくもな――」
「姫乃ちゃん?」
「鉄扇を使い舞う様に戦うお義母さんは素敵でした! 憧れました!」
少女は要領良くそう言い直す。
女性は三白眼でしばらく少女をジト目で見ている、が、しばらくして真剣な顔に戻り。
「まぁよし、では姫乃ちゃん、鉄扇の出し入れは上手く出来るようになったのかな?」
「あ、はい、昔〈ポケット〉スキルスクロールと一緒に扇子をプレゼントされた時は意味が判りませんでしたがこうなる事を見越していたんでしょうか」
そんな事を言いながら少女は軽く手を振り、慣れた動作で鉄扇を取り出す。
「そこまで本気では無かったけどね、剣や槍を選かもだし、まぁ別にあって困るスキルでも無いし、出し入れは大丈夫そうか、じゃぁ姫乃ちゃんはこれらを装備してね」
そう女性が言いながら空間から装飾品を取り出し、少女に次々と渡して行く。
「ネックレスに腕輪が二個に指輪が二個……ってこれなんですか? お義母さん」
「これは肩代わりシリーズね、一定のダメージを代わりに受けてくれる便利な装飾品よ、姫乃ちゃんにはまずこれを装備して私の攻撃を受けて貰います」
「訓練中の安全の為にですか?」
少女がそう聞くも女性は顔を横に振る。
「違います、まずはダンジョンの恐ろしさを知って貰うわ、今の姫乃ちゃんでも中級探索者程度の力はあるでしょう、ダンジョンでもある程度は通じます、でもね、そんなのは入口に過ぎないの、まずは上級の敵の強さを身を持って知って貰います、エリート面した名家の馬鹿共は自分の強さに酔って探索者の中盤で死ぬ事がたまにあるのよね……上には上が居るって事を知っておくのは必要なのよ」
「わ、判りました、私はどうしたら?」
「これから私が貴方を一発だけ殴りにいきます、多少は手加減するけどちゃんと防御しないと血反吐くらいは出るからね? 大丈夫ポーションの在庫は一杯あるから心配しないでね」
ニッコリとそう言ってくる女性に対して少女は真剣な顔で答える。
「探索者に命の危機があるのは当然です! お兄ちゃんの横に立つ為にも私はやってみせます!」
少女が鉄扇を構えて戦闘態勢を取ると、女性は少しだけ離れる。
「じゃいくわよ~」
のんびりとした掛け声が部屋の中に響く、ちなみに女性の足元はつっかけサンダルである。
少女は女性の姿を見つめつつ鉄扇を体の前に開き防御態勢を……それはほんの一瞬だった、十メートルは離れていた女性が気が付くと少女に密着するほどの近さに居た、そして女性は掌底を防御で広げていた鉄扇ごと少女のお腹に向けて放つ。
少女はその衝撃を受けて吹っ飛ぶ、しかし普通なら地面に落ちるであろうが何か不思議な力が働いているのだろうか、数十メートルは離れている壁まで真っすぐ飛んで行き、そして轟音と共に壁にぶつかった、そのあまりの衝撃に堅固なはずのダンジョンの壁が少し崩れる。
女性はゆっくりと少女に向けて歩いていく、心配をしている様子は無い。
「姫乃ちゃ~んダメージは無いはずよ~、早く立ちなさい、貴方はダンジョンで強敵に吹き飛ばされたらそのまま倒れているのかな?」
ゴホゴホっと咳をしながら少女は立ち上がる、そして自分が装備していた装飾品を確かめている。
「ケホッ、痛みはないのに衝撃はあるって変な感覚です……、ヒビの入った指輪が一つ残ってる以外は全部消えてしまったようですお義母さん」
「ああそうだ、訓練中はお義母さん呼びは禁止ね、先生とか師匠とか教官でもまぁ適当に選んで呼ぶ事にしましょう」
「判りました先生」
「指輪が一つ残ったのね……素晴らしいわ姫乃ちゃん! 私は全部壊したうえで血反吐を吐かせるくらいのつもりで撃ったのだけど、鉄扇の上からとはいえ衝撃を少し受け流して居たのねぇ……やるわね!」
「あ……ありがとうございます先生……」
女性の物言いに少し恐怖が混じる少女である。
「で、どーだったかしら? さっきの攻撃はミスリルガーディアンゴーレムの万全な一撃とか、エンペラーオーガのスキルを使った一撃くらいかしらねぇ?」
訓練初日で何てものを撃ってくるんだと少女は思っているが表情には一切ださない。
「まったく見えなかったし受け流せるとも思えない一撃でした、素で受けてたらその時点で死んでいたと思います先生」
「そうね、まぁあんな一撃が打てる相手は深層にしか出ないのだけど……極々稀に中層にイレギュラーで出てくる事もあるのよ、自分の強さに酔っているアホウはそこで逃げずに死んじゃうの、姫乃ちゃんはそんな事にならないでね? 最後に生きている事が一番大事な事を忘れちゃ駄目よ」
「はい先生! 自身の実力を理解して逃げるべき時はしっかり逃げます!」
少女の元気の良い返事にウンウンと女性は頷く。
「判ってくれて嬉しいわぁ肩代わりシリーズは一個数百万円するものね、これで逃げる事の大事さを理解出来なかったらさっきの半分くらいの威力でお尻ペンペンする必要があったわね」
少女はそれをされた自分を想像したのかお尻を両手で押さえている。
「あのお義母さ……先生、そんな高価な物を五個も壊してしまうなんて大丈夫なんですか? これからご飯のオカズが減ったりするのでしょうか?」
少女の的を外れた疑問に女性はクスクス笑ってしまう。
「ふふふ、大丈夫よ姫乃ちゃん、あんな装備ならまだまだあるから気にしないでこれからも吹き飛ばされていいんだからね」
まったく大丈夫と思えない少女である。
「では訓練を再開しましょうか姫乃ちゃん、ますはスキル熟練度の効率の良い上げ方や複数スキルを使う時の注意点なんかを教えるわね、あ、このあたりの話ならお兄ちゃんに教えてもいいからね? 但し! 草野家の血統スキルや私が秘儀と付けた話は姫乃ちゃんのお婿さんになるまでは駄目だからね?」
「わ、判りました先生!」
「元気が良くてよろしい、ではまず――」
そうして資源ダンジョンの中にある訓練場として使っている一つの部屋から爆音や悲鳴が聞こえてくるのであった。
――
―
と、何処にでもある平凡? な家の、普通? なお話。
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