第48話【閑話】最上階にある部屋で

 とあるビルの中、最上階にある部屋の中で男女が話をしている。


 椅子に座っている男は壮年の働き盛りといった感じで、その立派な仕事用の机は重役といったように見える。


 対して立って居る女はまだ若く見え、仕事用というよりファッション誌に載っているモデルといった姿だ。


「しかし今度はマッサージ屋ときたか、君らは何でもやるんだな」


「まぁそうね、社会に溶け込む事で情報を集め易いのよ、でも悪かったわね打ち合わせの途中に急な連絡が来てしまって、こんな事を頼んじゃって申し訳ないわ」


「なに、君らの戸籍データを作るよりは楽さ、何より君たちがもたらした技術の御蔭で楽が出来ているんだ、昔は書類やらハンコやら何やら大変だったそうだよ? それに比べたら今は私のような役職者が端末で許可を出すだけで終わりだ」


「それでも他の人達は定時で帰っているのに、空っぽのビルに貴方だけ残って仕事をさせてるのは奥様に申し訳なくなるわ、早い所終わらせましょうか」


 男は机の上に置いてあった紙が何枚も挟まっているファイルを女性に差し出す。


「そうだな、これがこちらで調べた情報になる」


 ファイルを受け取った女はパラパラと中身を速読していく。


「何人か大物もいるわね……」


「申し訳なく思うよ、秩序を守るべき我々の身内がそれを乱しているのだからね、ただその大物達は自らの手を汚してないんだ、こちらでは動きようが無い」


「力を得ても最後には破滅するからね、自分だけは大丈夫と思ってしまう、そんなやからを利用してる者が裏に居る……か、人の世は何千年たっても変わらないわね」


「それが人のさがという奴なのだろうさ、契約に払う対価は最初は軽く最後は破滅、私には最初すら払いたくは無いがね、ハゲになる対価だったら嫁に嫌われてしまう、自分は最後までいかず途中までで我慢出来ると思ってしまうのかね、判らん話だ」


 男は心底呆れた声でそう言った、女はそれを受け。


「同じ契約するならサキュバスあたりにしておけばいいのに、昔の貴方みたいにね」


 そう女は男を揶揄からかう口調で言った、男は恥ずかしそうに返す。


「んんっ、若気の至りというやつだ、おかげで嫁とも出会えたし感謝はしているよ」


「ふふ、奥さんと仲良くしてね、これは有効に使わせて貰うわね、また妙な法律を作られそうになったら困るし、監視してこちらのルールに違反していたら対処するわ、まぁ相手も簡単に隙は見せないでしょうけどね」


「神の恩寵を悪事に使うな、か、あいつらはそれが判ってるから狡猾なのだ……、使い捨て出来る者の悪魔の力を利用し美味しい所だけを合法的に奪っていく……子供に命を賭けさせて何が大人だというのだ……成人だからいいと? クソッ、情報を絞り人口をコントロールだ? まず居なくなるべきはお前達だろうが!」


 男は興奮したのか机を叩こうとして、寸前で思いとどまり、苦しそうな顔をしている。


「そう言える人が上に居るだけで有難いわ、無茶をしないでね貴方が下に落ちて馬鹿が上に立てば苦しむ人が増える、現場で動くのは私達がやるから貴方は上に留まり味方を増やして頂戴」


「すまないな……、俺の子供がさ上級探索者の動画を見てあこがれているんだ……こんな事を話せるはずも無い……俺は自分の仕事を息子に胸を張って言えるのだろうか……あの子の夢を素直に応援する事が出来るのだろうか……」


 男は項垂れている、そんな男に女は。


「貴方は自分の家の中を掃除した事はある?」


 顔を上げた男は、その意味が判らない質問に疑問を抱きつつ答える。


「あ、ああ、休日は嫁さんを休ませるのに家事は私がやる約束なんだ」


「わぁ、いい夫なのねぇ……でもね潔癖症になってはだめよ?」


「意味が判らないのだが……」


「潔癖症はね家の中のほこりを一つ残らず無くそうとして、その大変さを想像して結局何もやらずに諦めてしまうの、もしくは綺麗にしすぎてお客さんすら迎えなく、最後は自分も入らなくなるの」


 男は答えず女は続ける。


「見える範囲、行動する範囲をまず綺麗にする、そして年に一度全体を大掃除する、人間なんてそれくらいでいいのよ、お客も迎えない自分も入らない綺麗だけど閉鎖された部屋に意味はあると思う?」


「ないな……」


「そうよ、貴方は手が届く範囲でやれる事をやればいいのよ、あまり思い悩まず、お子さんに弟か妹を作ってあげたらどうかしら? 家族の幸せを第一に考えて仕事は余裕のある分だけでいいわよ、今でも十分助けて貰ってるしね」


「嫁とも今の子がもう少し大きくなったらと相談しているんだ、余計なお世話だよまったく、君らの掃除は大雑把でいかん、だがそれだけに気持ちが楽になる、ありがとう」


「どういたしまして、それじゃぁ帰るわ、また次の打ち合わせの時もよろしくね、貴方も早く帰って奥さんと子供にケーキでも買って行ってあげたらどう? じゃーね」


「それもいいかもな、ふむショートケーキでも買って帰るとするか、ではまた次の時に」


 女は部屋のドアから廊下に出て颯爽さっそうと歩く、手に持ったファイルをポイッと空間庫に投げ入れて仕舞い。


 エレベーターを通り過ぎ非常階段を上に登って行く、屋上への扉の鍵を魔法で開け外に出たら再度魔法で閉める。


 屋上には強い風が吹きすさんでいるが、女の髪はこゆるぎもしない、そして女の背から二枚の純白の羽が飛び出し、空へと飛び立つ。


 女は夜の街の空を飛び何処か悲し気に呟く。


「貴方が理解出来ないと嫌っている彼らもね、貴方ぐらいの年の頃には私に正義と平和を語っていた人も居たのよ……貴方はこの先どうなるのかしらね……」









 女は表情を元に戻すと。


「にしても、急にマッサージ屋登録? とか、またあの子に不運でも落ちて厄介ごとに巻き込まれたのかしらねぇ……なんであの子はいつもいつも……、仕方ない、お酒でも一杯奢ってグチでも聞いてあげましょうかね……帰ったら連絡してみましょっと」


 女はそう言うや飛行速度を上げていく。


 女の眼には都会の夜を飛び回る隠蔽いんぺい術を伴った白い羽を持った天使が何人も見えている。




 今日も地上では天使と雑魚悪魔の地味で目立たない闘争が行われている。


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