第65話【閑話】平凡な家庭3
そこは何処にでもありそうな平凡な二階建ての一軒屋だった、夕食後の食卓で少女と女性と男性の三人が話をしている。
「お義母さん、本家からお見合いの連絡があったんですか!?」
少女がテーブルの上に乗り出す勢いでそう尋ねた、それに対して女性は。
「ええそうね、そしてきっちり断ったそうよ! お父さんがね」
少女はそれを聞くや義理の父にお礼を言う。
「有難うお義父さん、これでお兄ちゃんに会いに行ってもいいんだよね?」
男は険しい表情をしながら答える。
「いや少し待ちなさい、どうにも状況がおかしいんだ、四日前に正式な見合いの話があったのだが――」
「四日も前に見合いの話があったんですか?
男の言葉を遮り、少女が冷たい声でそう問いかけた、女性は、あらまぁ、と驚いている、知らなかったようだ。
男性はその冷たさに慌てて
「待って! 落ち着いてくれ姫乃、お願いだから苗字で呼ばないで! ここに居る三人とも草野だから……お願いだから聞いて下さい」
そう男は頭を下げている、少女は怒りを少し収めて聞く態勢を作る、しかし目つきは冷たい。
「あのな、本家の事だから断ったら姫乃に何かしてくる可能性もあったんだ、状況を見極めて相手の出方を確認する時間はどうしても必要だったんだよ? 意地悪で教えなかった訳じゃなかったんだ、信じて? 母さんも笑ってないで助けてくれ~理解してるだろう君は」
クスクス笑っていた女性は助け船を出す。
「ふふ、そうねぇ、意地の悪い本家だもの分家や養子の貴方なんて駒としか見ていないわ、何かをしてくるだろう事は確実だったわね、お父さんは諜報は得意だけど戦闘力はあんまり無くて弱いから、慎重になるのも仕方ないのではないかしら? 話を最後まで聞いてあげましょうよ姫乃ちゃん、聞いても納得出来なかったら旅行は私と二人で行きましょうね?」
助け船のような泥船のような微妙な船だった。
少女は頷くと男をじっと見やる、男も目線を外さずに話をしていく。
「見合いを断られた本家はまず君のお兄ちゃん、一郎君の事を調べたようだ、待て! 落ち着きなさい姫乃! 彼は大丈夫だから! 本家は〈惑わし〉ああえっと姫乃は知らないか……まぁ過去の栄光に縛られた本家の犠牲者のような者さ、本人のやってる事があれなんで同情は出来ないけどね、その〈惑わし〉を一郎君に送り込んだみたいでね」
男は話を続ける。
「〈惑わし〉は暗示能力を持っている、彼が一郎君に接触した時、私も遠くから遠視で見てたんだが、勿論後で助ける気だったよ? だけど……どうにも暗示にかかった振り? をしているようでな、一郎君も探索者としてスキルを覚えていたのだろうね……暗示にかかった振りとか頭がいいよね彼、悔しいが姫乃の夫に相応しいかを決めるお父さんポイントを十点進呈だ」
少女は義理父の話を聞いて安心すると共に訳の判らないポイントに困惑した。
「む? お父さんポイントは五十点で姫乃の恋人として、百点で夫として認める物だ二百点で息子と呼んでやろう、感謝するがいい一郎君、待って姫乃、真面目に、真面目に話すから、お母さんと二人で行く旅行先の相談を始めないで?」
男はさらに話を続ける。
「次の日も一応一郎君が暗示に掛かってないか遠くから確認しようとしたんだけどね……えっと……彼の家に女性が次々に尋ねてきていてね、しかも夕飯の買い物なのか金髪のすごい美人に、いや母さんの方がもっと美人だよ? えーと金髪さんと一緒に仲良さげに買い物をしていてね……、姫乃? 大丈夫?」
少女は男の話を聞くに落ち込んでしまっていて。
やはり同盟や中学の時の人達が……金髪……なら桜子先輩と同棲しているという事ですか……、と呟いている。
男はさらに話を続ける。
「遠目から見ただけだけど、金髪さんはかなりのやり手だったと思うよこちらの視線に気づいてたっぽいし、それで次は本家を見にいったんだけどね〈惑わし〉の容貌がすごい変わっていてね、これはまずいやつだと即座に離脱、最大望遠からの観察だけども……本家が〈惑わし〉に掌握されたんじゃないかなぁ……あそこの使用人が彼に
それを聞いた女性はさすがに非常事態なのだと理解をして男に質問をする。
「お父さん、〈惑わし〉は、さすがに本家の人間に暗示をかけられる程の力は無かったと思うのだけれど?」
「うん、〈惑わし〉の見た目がねハゲになってて腕もおかしかった……まるで何かに供物として捧げたようにね……」
女性はそれで理解したのか、成程、と一言納得の言葉を漏らした。
少女はよく判っておらず男に聞く。
「お義父さんどういう事ですか?」
「悪神に供物を捧げ力を得る、悪魔と契約をし呪いを受けたり代償を捧げる代わりに力を得る、負属性の妖怪や精霊に魅入られ生命力と引き換えに力を得る、大抵の場合容貌ががらっと変わってしまうものなのさ……」
少女は理解できたのか唾をゴクリと飲みこむ。
男は続ける。
「そしてその日の夕方に〈惑わし〉が再度一郎君に会いに行ったみたいでね、みたいというのは〈惑わし〉が転移を使って移動したみたいで見失ってしまってね……使えないとか言わないで姫乃……コネの情報網から聞いて駆け付けたけど一郎君は家にいるみたいで無事だったし、部屋からそこそこ強者の気配もするので近づけなかったけども、え? うん気配は女性っぽかったけど、大丈夫だよ! 姫乃が世界で一番可愛いんだから一郎君だってすぐコロっとコロっと……ぐぅぅうちの姫乃に手を出すのか一郎君め……」
少女が悲しんだので慰めようとして、しかし何故か八つ当たりに走った男を、女性が頭を引っぱたき正気に戻した。
「すまん、それでえーと何処まで話したっけ、ああそうだ〈惑わし〉が本家所蔵の貴重な魔道具やら神器やらを使いまくり、天使や神にケンカを売りながら逃走しているらしくてね……、今裏の世界の情報網ではその話題で持ち切りなのさ」
男はさらに続ける。
「本家からの連絡も、いつもはあーだこーだうるさいのに今は現状維持としか言わないし……明らかに暗示に掛けられてるよね、まぁ大人しくて有難いから僕がそれを解く気は無いけどね」
こういう訳だけだからと男は続け。
「〈惑わし〉が使っている道具類は強力で危険な物も多いし、今は動かないで欲しいんだ、大丈夫、一郎君の周りには天使が警戒網を張っているのを確認してあるから、下手に僕や姫乃が近づいてその警戒に穴が開く方が怖いんだ、理解してくれたかな?」
男はそう話を閉めた、少女は納得のいったようないってないような複雑な表情をしている。
「話は判りましたお義父さん、その危険人物が天使やらに捕まったら会いに行っていいって事ですよね?」
「そうだね、〈惑わし〉がバラまいている魔道具の価値がすごいから、裏の情報網が活発に動いている、なので終わったらすぐ判るから、その時は姫乃に真っ先に教える、だから軽はずみな行動は起こさないで欲しい」
「判りましたお義父さん、許可が出るまで動きません……そうだ、その〈惑わし〉という人が使う暗示は私にも掛かってしまうんでしょうか?」
男は考え込み。
「昔の彼なら私や母さん、それに先天ダブルスキルに加えて護身用にいくつかスキルを覚えさせている姫乃には一切効かなかっただろう、けれど何某かの強力な力を得ている今の〈惑わし〉だと……母さん以外は暗示に掛かってしまうかもなぁ」
それを聞いた少女は違う意味で驚き。
「え? お義母さんだけ大丈夫なんですか?」
男は女性をちらりと見て、女性がコクリと頷くのを確認してから話をする。
「教えて貰ってないのか? 母さんは上級探索者といえるくらいの実力者だぞ、戦闘力なら俺の十倍以上はある、斥候系の力量は僕のがあるけどね、そもそもこの分家筋は母さんの家だ、僕は入り婿だね」
「えええええ? 強いとは思ってましたが、お義母さんがそんなに?」
女性は立ち上がると男の側に近づき抱きしめた、傍目には仲睦まじい夫婦だ。
「あらあら、お父さんったら私がまるで脳筋みたいな言い方しちゃってぇ、お仕置きしちゃうゾ!」
「イタイイタイイタイ、ゴメンナサイ母さん、締め付けないで、そんな意味じゃないから! 強くて頼りがいのあるって意味ダカラー! 僕はこんな強くて可憐で美人な奥さんを貰えて本当に幸せだなー!!」
それを聞いた女性は締め付けをほどき、許され解放された男はホッっと息を吐く。
「やだもう貴方ったら、可憐で清楚で美人で可愛くて最高の奥さんだなんて言い過ぎよ~もう~」
いくつか単語が増えている、単語ごとに照れ隠しで女性に叩かれている男の肩が痛そうだ、戦闘力十倍以上である。
「もう貴方は本当に私の事が好きなんだからぁ~、そうね私達もまだまだラブラブだし……姫乃ちゃんに弟か妹をプレゼントしましょうか?」
少女は目の前で行われるイチャラブに溜息を吐きそうになるが、女性と男の表情がすごい真剣な物になっているのに気づき困惑する。
「子供って……もう大丈夫なのかい? 僕は気にしないよ? 今は姫乃だって居る」
「姫乃ちゃんが居るからこそよ、やっぱり家族は一杯欲しくなったわ……私ならもう……大丈夫だから……」
少女は二人の会話の意味が判らずに質問をする。
「えとお義父さんどういう事?」
男は神妙な顔をして話す。
「……僕らにはね子供が居たんだ、生きていたら姫乃の弟になるね……本家の馬鹿どもの指示のせいで……あの子は若くして亡くなったんだ、無論わざとでは無かったようだ、いやわざとだったら命を賭けてでも本家を潰していただろうね……それ以来本家とは距離を置いてね、子供を新たに作るのがお互い怖かったんだけども……」
そう話の途中で男は女性を見る。
「姫乃ちゃんを本家が押し付けてきてね、いえ、今は本当にうちに来てくれてありがたいのよ? 貴方が来て家族として暮らすうちにね、やっぱり家族っていいなーと思うようになってね……姫乃ちゃんは弟や妹が出来ても可愛がってくれるかしら? ……次は必ず石板に触らせるし本家に預けたりしないからね……ゴメンナサイ××君……」
亡き子供を思い出したのか悲しそうな表情を浮かべた女性を励ますがごとく、少女は勢い良く立ち上がり。
「勿論ですお義母さん! お兄ちゃんとの子供を育てる勉強にもなりますし大歓迎です! 最高のお姉ちゃんになってみせます!」
少女は高らかに宣言をした、男は苦い物を噛んだかのような表情をし、女性は悲しみから一転、笑顔で一杯になる。
「そう、そうよね、勉強は大事だものね……お母さん頑張るわね野球チームが出来るくらい頑張るから姫乃ちゃんはマネージャーをしてくれるかしら? 私は応援団でチアガールをやるわ!」
「野球ルールの勉強をしておきます! 確かホームランを打つと一点でしたっけ? お義母さん」
「もー違うわよ姫乃ちゃん、一塁打で一点、二塁打で二点、三塁打で三点、ホームランは四点よ」
なるほどーと、少女と女性は仲良く話し始めた、男は少し困った顔で色々間違ってると修正しつつ、そしてバスケチームくらいにまからないかと聞いている。
「まかりません!」
まからないようだ。
ちなみに男はその後、チアガールとマネージャー役が逆だと呟き女性にアイアンクローを受けている。
このダンジョンのある現代世界は、スキルを大量に覚えると基礎能力が上がり、その結果寿命も延び健康で若々しい期間が長くなる。
頑張れお父さん、体力と経済力があればサッカーチームで対戦も可能だ。
と、何処にでもある平凡な一軒家の、普通なお話。
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