第85話【閑話】ある少女の話

「ファイヤーアロー」


 私の従者が剣で切りつけてよろめいたゴブリンにトドメの魔法を撃ちこむ、魔法が当たれば一撃で済む弱い相手だ。


 簡単すぎてつまらないわね。


「ねぇユキ、もっと深い階層に行きましょう弱すぎて歯ごたえが無いわ」


 ゴブリンを切り払った剣を確認しているユキにそう声をかける、毎回剣なんて確認しないでもこんな雑魚を何百切った所でどうにかなるような安物は使ってないでしょうに。


「いけませんよ夏樹お嬢様、ここへ来る前に五階層までで我慢すると約束したではないですか、ただでさえ午後の授業をサボってダンジョンに来ている事が知れたら旦那様に叱られてしまいますのに……、私が怒られてお給料減らされたらお嬢様が補填してくださいね?」


「判ってるわよ、まったくお父様も心配性なんだから……、それにサボリはいいでしょ? 探索者資格を取る為の勉強なんて、中学卒業をした時点で即取ってしまった私達には必要ないじゃないの、無駄な勉強をするくらいならダンジョンに慣れておいたほうがいいでしょ」


 誰も落とす気が無いような探索者資格を取る為の勉強とかエリート高が聞いて呆れるわよね、入学前に取っておくのを必須にすればよろしいのに……一般庶民の速度に合わせるこっちの身にもなって欲しいわね、せめて授業免除くらいして欲しいものだわ。


「確かにここらのゴブリン程度では夏樹お嬢様には物足りないのでしょうけども……出来れば奥に進むのは学校の探索実習まで待てませんか? パーティを組んで担当護衛官を増やした方が安全ですし」


「そのパーティも面倒だわよね……、一般庶民は釣りあいが取れないし、ある程度事情を知ってるような実力のある家は鐘有うちに近づこうとする寄生虫だし……普段は成り上がりと陰口を叩いているくせに! 何が血統よ先天スキルなんて無くてもお金さえあればいくらでも強くなれるじゃないの!」


 あーあいつらの事を思い出したらムカつくったらないわ! お父様に資金を融通して貰う時だけへこへこ頭を下げるくせに……貴方達がパーティやらの集まりで私の家をこき下ろしている事は私もお父様も知っているのだからね!


「どうしようユキのせいでアホな奴らの事を思い出してムシャクシャしてきたわ、これはもう深い階層に潜ってゴブリンをぶちの召さないと解消されないわね、ちなみに何もしないで帰ったら貴方のお給料が三割減ります」


「ちょ! 何言ってるんですか夏樹お嬢様! 今より深い階層は駄目ですってば! ってなんで私のお給料が減らされるんですか、勘弁して下さい春物の良い値段のする洋服を買ってしまったばっかりなんですから……」


 攻め時はここね! うなれ私の〈交渉〉スキル。


「ああ! それってこないだユキが着ていたあのブランド服ね! 確かに可愛かったわよねぇ……ねぇユキ? 実は私あのブランドの株主でもあるのだけれど、もうすぐ夏物の先行販売会が株主向けにあって招待されているの、勿論お店貸し切りで少人数でゆったりお買い物が出来る訳だけど……ユキは興味ないかしら? 私はいつも放置して招待券とか捨てちゃってるのだけど」


「先行販売!? セールで値下がるのを待ってる私達の横で春に最新の夏物を買うなんてそんなブルジョアな事をしてるんですね! って招待券を捨てちゃってるんですか!? なんて勿体ない事を……」


 ユキが衝撃を受けた表情をしてそんな返しをしてきた、もう一押しかしらね。


「ああそれとね、もしユキが販売会に行くなら株主優待で送られてくる商品券もつけてあげるわよ? いつもは面倒だからお父様の秘書に処分を頼んでいるんだけども、だいたいはお父様の会社の社員達の慰労会のパーティなんかでビンゴの景品とかになるらしいわね」


「いやいや駄目ですって……そんな夏の新製品……夏樹お嬢様の身に何かあったら……水着とかもあるのかな……危険ですから……そのビンゴに私参加した事あるかもしれません、当たらなかったけど……許可できませんよ」


 ふふ、この子は正直で嘘がつけないわねぇ……だからこの私の側に置いてるんだけどね。


「判ったわユキ、深い階層は諦めるから後一階だけ降りましょう、六階からはゴブリンも進化して大きくなって武器を持ってたりするらしいじゃないの、しかも人気狩場で人も多いならいざとなれば助けを求める事も出来るでしょう? ね? ちょっとだけだからいいでしょ? いつも私に良くしてくれているユキなら頷いてくれると思ってるわ、ちなみに商品券は三桁万円以上あるわね、興味ないから正確な数字は覚えてないけど」


「そん! そんな事で釣られる私じゃありませんよ! ただ……夏樹お嬢様の願いを叶えるのも従者の務めですし? 仕方無い……しかたないなぁーもうお嬢様は、あと一階だけですよ? 危なく成ったら逃げますまからね?」


「勿論よユキ!」


 ちょろい。


 ――


 私とユキは六階に降りてもたいして苦労する事は無かった、前衛のユキは小柄だが〈剣術〉と〈体術〉スキル持ちだ、この程度のゴブリンに負ける事は無い、数が多くても私の〈火魔法〉によるファイヤーアローの援護射撃で即殲滅、ドロップはユキへのボーナスと言ったら喜んで拾っている、空間拡張が施された私のバッグを貸してあげているが後で使用料を請求してみましょう、ドロップより高い値段を言ったらこの子はどんな表情をするのかしらね……ふふ。


 おや?


「ねぇユキ、そこの部屋の入口に誰も居ないのだけれど、空いているのではないかしら?」


 部屋の入口から中を覗き込むユキ、キョロキョロとあたりを見回してから廊下に戻ってくる。


「確かに誰も居ない様です、中も入口付近が草原で少し先に林があって見通しが効かなくなってますね、どうしますか? 夏樹お嬢様」


 そんなの聞くまでもないでしょうに。


 ――


「夏樹お嬢様本気出して下さい!」


「判っているわよ、ファイヤーアロー!」


 突出したゴブリンに火矢をぶつける。


 部屋の中を進み数十メートル先の林に着くか着かないかってあたりでゴブリンが大量に湧きだし、私達の退路を断つように囲まれてしまった、楽しくなってきたわね!


「これはゴブリンの量といい拙いながらも周囲を囲む連携といい、上位種が湧いていると思われます! 撤退しましょう夏樹お嬢様」


「何を言ってるのユキ、背を向けるより倒してしまう方が安全だわ! ほらほらヘイトを集めなさい、私のバックから片手盾を出して防御優先! 私も本気で行くわ」


 ユキが盾を出し構えながら何かを叫ぶ、ユキの〈あざけり〉スキルによってゴブリン達のヘイトが彼女に集中する、私にこっそり後ろから近づくゴブリンも居たが振り向きざまに攻撃を避け相手と交差しつつ掌底でアゴを打ち抜き、頭を揺らされて倒れたゴブリンの首に足を振り下ろす。


「残念、私は〈格闘術〉も持ってるのよ魔法を使う後衛だからって甘く見たでしょ?」


 それを切っ掛けに襲い掛かるゴブリン、ヒーとかキャーとか言いながら盾を巧みに使い完璧に防御をしつつカウンターで相手も削っていくユキ、〈嘲り〉も要所で使い私にターゲットがほとんど来ない、さすがね。


「ファイヤーアロー、ファイヤーアロー、ふんっ」


 ゴブリンを火矢で焼きつつ、突っ込んできたお馬鹿なゴブリンにはこぶしをお見舞いする、少しづつ数も減ってきたしこれなら。


 周りにいたゴブリン達の動きが悪くなる、何事……何か様子が……。


「おじょうさ……ま」


 ユキがしゃがみこんでいる、なんで? 空気が黄色く……状態異常か! 周囲を見回すとゴブリンは全て痙攣しながら倒れており、その黄色く濁ってきた空気の中を悠々と歩いてくる……マジックユーザー系ゴブリン! でもまだ私はうごける。


「ふぁいやぁあろー」


 火矢が油断をしていたマジックゴブリンの顔に当たる、片目がつぶれたっぽい、もういっぱつ。


「ふぁいあーあろー」


 しかし今度のは避けられ右手に当たるのみ、でも右手を負傷し杖を落とした、ざまーみろ、口が上手く動かず呪文はもう唱えられそうにない、私は仰向けに倒れてしまったが近づいたら嚙みちぎってやるから!


 怒ったマジックゴブリンはそこらに落ちてた棍棒を左手で拾い近づくが、しゃがみこんでいたユキが剣を振りそれがゴブリンの足に当たってコケる、どうやらアホのゴブリンらしい、しかしそんなゴブリンは私達から少し離れて再度何かの呪文を何回も何回も執拗に唱えてくる、その都度黄色い空気が濃くなっていき、ついにユキは仰向けに倒れている私に覆いかぶさるように倒れてきた。


「もう、し、わけ、ござ、い……じょうさま」


 少し離れた位置からゴブリンが部下の棍棒などを投げつけてくる、足と右手を怪我して顔面に火矢を食らったそのゴブリンも動きがおかしい、あと一発でも火矢を出せれば倒せるだろうに……それが判ってるからこそ近寄らず魔力の限りに状態異常を重ね掛けして武器を投げてきているのだろう。


 棍棒が剣が斧がユキの体にあたる、幸い刃筋が立たずに当たっているがドゴッドガッっと武器が当たるたびにユキが苦し気に呻く、こんな時まで私を庇わないでいいのに……私のせいでまさかこんな終わり方をするなんてね……ごめんねユキ、ごめんなさいお父様お母様。


 私が人生の終わりを迎える事を受け入れそうになった時、その人は現れた。


 ずさっと私達を庇うようにマジックゴブリンとの間に立ち塞がるその人は、青いツナギを着ていた……恐らく装備が買えない貧乏な方なのでしょう、しかし赤の他人の為に上位種ゴブリンと思われる相手に一人で立ち向かうその後ろ姿は気高さを感じて頼もしかった……。


 庶民にはこんなお方も居るのですね……なんとか顔を動かし彼とマジックゴブリンの戦いを見届けようとする。


 髪は肩程まである長めの銀髪なのですね、染めているのでしょうか?


 顔は……狐のお面? 状態異常を防ぐ魔道具なのかもしれません……だからこそ、この黄色い空気の中で動けているのでしょう。


 その動きは……拙い物です、恐らく戦闘系のスキルをお持ちになってないのでしょうね、マジックゴブリンが魔力を減らして居なかったら瞬殺されていたのではないでしょうか、いえ、逆に考えれば弱いくせに私の為に命を賭けて助けに来たともいえます、なんて尊い精神でしょうか、もっとあの人の戦いを見ていたい……けれど体が精神が麻痺の状態異常に侵されていくのが判る。


 かの人は……狐のお面になぞらえてコン様とお呼びしましょう、コン様は両手に鈍器を持ちマジックゴブリンと死闘を繰り広げている、シャカシャカという幻聴が聞こえてきた……私はもうだめそうです、目もよく見えなくなってきました。


 そのときドカンという音と共にコン様が崩れ落ちるのが見えた、お腹に大きな穴が空いたのが見えた様な気がした、あれは致命傷ではないでしょうか……マジックゴブリンの魔法だったのでしょう、私を救いに来たばっかりに……申し訳ありませんコン様……命をかけて私を守る私の……おうじ、さ、ま……。



 最後に見たのは、崩れ落ちたコン様に不用意に近づいたマジックゴブリンに飛び掛かる私の王子様の姿だった。 

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