第104話 庶民のダンジョン飯

 初めての担当護衛官の仕事を終えた俺、ダンジョンの外に出て姫乃に別れを告げる、学生らは現地解散だが姫乃は鐘有のお嬢様が車で送って行ってくれるらしい。


「じゃーな姫、次は金曜日だっけか?」



 姫乃は何故か俺に抱き着きながらそれに答える。

「うん、次からはパーティごとの探索になるから気が楽だよね、何処にいくかは水曜日までに決めてモバタンで連絡するから待っててね、お疲れ様お兄ちゃん」

 姫乃はいつもの様に頭をグリグリと俺の胸に押し付けてから満足したのか離れていく。


 俺に向けて手を振りながら鐘有のお嬢様の待つ車に乗り込む姫乃、そんな姫乃と親し気な俺にも学生共から胡乱な視線が寄せられるが知ったこっちゃねぇ。


 姫乃が言うには鐘有のお嬢様は俺も車で送ると言っていたらしいのだが断る事にした、まぁ彼女は俺というより木三郎さんと会話がしたかったのだろうけども……後ろ盾が出来たといっても自然にバレるまではわざわざ俺と鐘有さんとの関係を周りに見せつける事もねぇかなって思うしな。


 ただでさえ姫乃に対する周りの反応が落ち着いて無いのに、俺の件も表に出たらさらに姫乃のストレスが溜まってしまいそうだ……ストレス発散の為に今度また買い物デートでも提案してみるかね。


 それにもう一つここで分かれた理由がある、今俺達が居る『攻城戦ダンジョン』なんて呼ばれる大規模パーティ推奨のダンジョンは俺の家からちょっと遠いのだが、ここの近くにあるお店に用がったんだ。



 ダンジョン周りの広場から学生達が居なくなるまで待ってからもう一度ダンジョンへ入って行く、そして転移魔法陣部屋で木三郎さんをカードに戻してからダンジョンから出て行く。


 広場の外に出て目当ての店に向かう俺の頭の上にはポン子が、左肩にはリルルが居る。


「確かこっちの道だったよなポン子?」

 俺は事前にモバタンで一緒に道を確認したポン子にそう問いかける。


「ええ、このまま真っすぐで合ってます、予約の時間に丁度くらいに着くと思いますから大丈夫かと、それにしてもイチロー本当に良いんですか?」

 ポン子が足をブラブラとさせながら俺に聞いてくる。


「何がだ?」

「一杯五千円するラーメンですよ? そりゃあ姫ちゃんと行くダンジョンの情報を調べている時にあの情報を知った時はテンションが上がって食べたいなんて言ってしまいましたが……」


 そんな事か、俺はポン子を安心させる為に言ってやる。

「良いんだよ、姫から護衛官合格の連絡があってから新しいスキルの習熟の為にずっと白夜ダンジョンに籠っただろう? 目当てのスキルスクロールは出なかったが運よく空き部屋を確保出来たりしたし三日で百万近く稼げたんだぜ? これからは多少の贅沢をしていこうと思っている! リルルも楽しみだよなぁ? ダンジョンラーメン!」

「ご主人様……私は今日はお役に立てなかったですけど食べて良いんですか?」

 リルルは申し訳無さそうに言ってくる。


「良いんだよこれは白夜ダンジョンで皆頑張った慰労みたいなもんだからな、木三郎さんも食べられたら良かったんだがな」


 なーんてと笑いながら冗談を言い場を和ませようとする俺だった、が。


「改造して食べられる様にしますか?」

 リルルが素でそう聞いてきた……。


「……それは木三郎さんが人間の様になるって事か?」

 少し怖くなりつつも確認をする俺。


「さすがにそこまでは無理ですご主人様、口から食べ物を入れて咀嚼して体の内部で焼却するか分解する能力の付与です、余計な機能をつけると弱くなってしまうのがネックですけど、やりますか?」


「やりません!」

 俺は即座に却下をした。


 冗談で言った事を実現出来てしまうリルルさんだった、この子も有る意味木三郎さんと同じくらい表に出せない存在なんだよなぁ……見た目のギャル可愛いっぽさからは判らんだろうけど。


 そうですか? と特に残念そうでも無いリルルさんであった、恐らくリルルにしたらどうとでも成る簡単な仕事だから興味も薄いのだろう。


「あ、あのお店じゃないですかイチロー」

 頭上からポン子が髪を引っ張って合図をする、声だけで判るので俺の毛根を苛めないであげて下さい。



 道の少し先には赤い看板で『中華の店』というそのまんまなネーミングのお店があった。


 横開きの入口を抜けるとお店は探索者で一杯で、ガヤガヤとした喧噪の中にラーメンやら炒飯やら餃子の匂いが立ち込めて腹が鳴りそうだ。


 俺は近くに居た女性店員さんに声をかけて。

「すいません『ダンジョンラーメン』を予約した山田ですけど何処に座れば良いですか?」


 頭にタオルだかスカーフだかを巻いていた女性店員さんが答えてくれる。

「あ、はい山田様ですね、あちら奥の座敷をお使い下さい」


 お店の奥の靴を脱いであがるような小部屋を案内された。


 その小部屋に入った俺達に店員さんは。

「では予約のあったダンジョンラーメンはもう作り始めてよろしいでしょうか? それと他に何か注文はございますか?」


 テーブルに広げたメニュー表を俺とポン子とリルルで確認する、あまり待たせるのもあれだな。


「ポン子とリルルも食べたい物があったら注文しちゃっていいぞ、俺は餃子と炒飯も追加で」

「なら私は炒飯三人前と醤油ラーメン二杯と餃子五人前でお願いします!」

「えとえと……私は杏仁豆腐が食べたいですご主人様」

 俺とポン子とリルルが順番に注文をしたが。



「ぇ? ……え?」

 女性店員さんはポン子が頼んだ量に困惑して俺を見てきたので頷きを返してあげた。


 それを見た女性店員さんは立ち直り。

「し、失礼しました、では予約されたダンジョンラーメンが二つ、醤油ラーメンが二つ、炒飯が四つ、餃子が六つ、杏仁豆腐が一つ、以上でよろしいでしょうか?」

 本当にいいの? という様な表情で聞いてくる女性店員さん。


 ああうん気持ちは判る、量だけ聞くと八人分くらいになるものな……。


「ええ大丈夫です、よろしくお願いします」

 俺はそう返してあげた、でもね店員さん……これでもポン子は遠慮してるんだぜ?


 女性店員さんはさらに。

「かしこまりました、後ダンジョンラーメンを出す順番はどうしますか?」


 ふむ……やっぱり腹が減っている時に食べるのが一番だろう、てことで。

「一番最初にお願いします、他の物はその数分後に来る感じで頼んます、それとラーメン取り分け用に小さい器もお願いします」


「かしこまりました、では少々お待ち下さい、失礼します」


 女性店員さんが下がって行った。



「さて、後は待つだけだな……ダンジョンで出るバトルコッコのドロップから作るスープと魔小麦から作る麺のコラボ……楽しみだな」


「ですねイチロー、ただまぁ麺の方は魔力を帯びた小麦の比率が二割程度らしいですよ? チャーシューも普通のお肉だそうです」


「ポン子先輩、全部ダンジョン産の魔力を帯びた食材じゃないんですか?」


 残念ながらそうなんです、とリルルに説明をしているポン子、そりゃまぁ一杯五千円だからなぁ……普通のラーメンからすると高く感じるが、全部ダンジョン産にしたら五倍以上……いやもっとするかも?


 バトルコッコからドロップする肉の骨部分を丁寧に煮込んでスープを取っているのだとか、紹介記事の内容を見ているだけでポン子と一緒によだれを流しそうになったものだ……。


 ――


 ラーメンを待つ間に今日の狩りでの雑談なんかを三人でしていると。


「失礼しまーす、山田様の予約された『ダンジョンラーメン』二つお待ちどおさまです! 他の物は数分後に順次持ってきますね」

 お座敷のテーブルに『ダンジョンラーメン』二つと取り分け様の器を置いて去っていく女性店員。


 俺はその器にリルル用の小さい『ダンジョンラーメン』を作ってやる。


 ラーメンはあーんをしない事にした、やり辛いしな、後で餃子でしようぜ。


 では頂きます、三人共まずはスープを……。


「うっっっま! なんじゃこりゃぁ!」

「ああ……丁寧な仕事をしていますね……ここの調理人も職人の様です……」

「おいしーですご主人様!」


 俺もポン子もリルルもスープを飲んだだけでやられてしまった。


 もうその後はお互い感想を言う事もなくズルズルと麺を食べ……やばい小麦の味が美味いって感じるとは思わなかった……そこに絶品のスープが絡まって、延々と啜れるなこの麺は、チャーシューは……うん普通に美味しいけど……うん……余計にスープと麺が際立つなこれ、まさかチャーシューを普通の肉にしたのはこれを実感させる為か! とズルズルと無言で食べていく……。


 ――


「はぁ……やばかったな、昔食べた高級弁当も美味かったが……感動まではしなかったんだが、ここのスープはやべぇ」

 俺は正直舐めていたかもしれない、ダンジョン産の食材なんだから美味しいのも当たり前だと、確かに美味しいのだが作る人間次第でここまで化ける物だとは……。


「バトルコッコの骨の下処理や煮込みを細心の注意を払ってやっているのでしょう……正直このレベルの食べ物を五千円で出しても労力に見合ってないかと思います、職人としての矜持なのでしょうね……素晴らしい……」

 ポン子はどこぞのグルメリポーターの様になってしまっていた、食べただけでそこまで判る物なの? 感動する美味しさではあったけども……。


「美味しすぎて食べすぎちゃいました……杏仁豆腐どうしよう……」

 余ったら食べてくれる奴が居るから大丈夫だよリルル、と俺は頭を撫でてあげた。


 三人が食べた器にはスープの一滴さえ残っては居なかった。


 しかしだ精神的にはすごい満足したが、物理的にはまだまだいけると腹が言っている。



「お待たせしましたー、餃子にラーメンに炒飯と杏仁豆腐になりまーす」

 そして店員さん達が数人で持ってきた大量の追加料理。


 ごゆっくりどうぞーと言いながら去っていく店員さん達を尻目に。



「さてでは、追加といこうか!」

 俺は餃子用の醤油を準備し。


「私はまだまだいけます! ひゃっはー! ズゾゾゾゾゾ」

 ポン子はラーメンを映像を逆再生した滝のように吸い込んでいく、新しい技だなそれ……。


「ご主人様、私お腹一杯なので食べさせてあげますです、はいあーん」

 リルルは給仕さんになってくれる。



 俺達の中華ご飯はこれからだ!



 ――





 帰る時に支払いが二万五千円を超えたのはさすがにびびった。



 いやだってポン子が五目焼きそばとか胡麻団子とかエビチリとか追加注文するんだもの……美味しかったけどね。





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