第117話 ダイエット

「ん? もう一度言ってくれるか?」

 俺は帰ってきたばかりで装備品を脱ぐ事に注意が向いていて聞き逃してしまったのでポン子の話を聞き直す事にした。


 装備を脱ぐ為に立って居る俺の顔の横に浮かんで居るポン子はいつもの冗談を言っている時とは違い真剣な表情で同じセリフを繰り返す。

「ですから、後輩ちゃんがゴーストカードの改造に成功しました」


 ほほう。


 金曜日に姫乃と行った〈お化け屋敷ダンジョン〉で出たゴーストカード、戦力としては使いにくいという事で名付けをせずに売る事にしたのだが、リルルが少し研究をしたいというので貸し出してたんだ。


 それから三日後の今日は月曜日。


 土日はいつもの昇天屋開業と休養日にあてて、月曜日は姫乃の担当護衛官として探索に行って今帰ってきた所だ、リルルが珍しく家に残って研究をしたいと言い出したので一人にするのは心配だったのでポン子も残す事にして、事情を姫乃に話したら白夜ダンジョンの武器持ちゴブリンでまったりペア狩りデートとやらを提案された。


 万が一の事を考えて木三郎さんはカード状態で持っていく。


 前はあんなに怖かった武器持ちゴブリンだがスキルを得た今だとスライム並みに弱く感じる、姫乃と昔の話なんかをしながらのんびりと狩りが出来たのはちょっと嬉しかったね、まぁデートというにはどうかと思う場所だけど。


 帰りに姫乃と二人でご飯を食べてから帰ってきたらポン子に今の話をされた訳だ。


 リルルが土日もずっと研究をしてたのは知っているし、ゴーストを名付けをせずに呼び出し何やら意思疎通をしていたのは知っていたけど……そうかぁ調べるだけじゃなく改造しちゃったかぁ……本人の許可を得てるのならいいんだけども……。


 木三郎さんみたいな自我を強める感じにしたのかな?


「それで? どんな感じの改造になったんだ」

 俺は部屋着に着替え終わってポン子に改造の内容を聞きながら大次郎さんクッションにどっかりと座り込む。


 ポン子は俺の前のテーブルの上に降り立つとスラ衛門さんクッションに座り込み。

「ゴーストダイエットが可能になりました……」


 んん?

「それって前に話した奴だよな? 後で調べてみたらカードのオークション値段を釣り上げる為の偽情報だったって話じゃんか」


 あの情報をもう一度よくよく調べてみたら弱くて物理的な力がほとんど無いゴーストは戦力的に余り価値が無く、見た目も人の姿をぼやかした感じなのでペットの様な需要も無いのでかなり安かったらしいのだが。


 そのカードを大量に買い占めていた人間がいて、ゴーストダイエットの情報がばらまかれてカードの値段が上がった所に大量に売り出し荒稼ぎしたらしい、情報の出所は偽装されているが買い占めた人間がやったであろう事は歴然としているし今でも大損をした人達に恨まれて追われているとかなんとか……。


 そんな訳でまたポン子の冗談か何かかと思っていたのだが、あいつの表情が真面目から変わらないのがすっげぇ怖い……。


「てかリルルはどうしたんだ? それと冗談じゃなさげ?」


「後輩ちゃんは疲れたのか寝ています、確かに前の情報はデタラメでした……そして私が冗談で後輩ちゃんにエナジードレインを使ったダイエットを実際に出来ないかなんて聞いてしまったばっかりに……」


 ポン子が不意に言葉を止めたので俺はつい聞き返してしまう

「ばっかりに?」


「後輩ちゃんは本当にダイエットに使えるエナジードレイン改を習得したゴーストカードを生み出してしまいました……」

「そんな事本当に可能なのか?」


「エナジードレインを脂肪吸い上げ効果に変化させる事に成功したそうです、勿論実証実験は必要でしょうけど……後輩ちゃんが自信を持っていけると言うんですよ? 出来るに決まっているじゃないですか」


 ポン子のリルルに対する信頼がすごい、まぁ俺もリルルがそう言うのなら出来ちゃうんだろうなと思う。


「なるほど、確かにリルルならやってしまうかもな、でもなんでポン子はそんなに深刻そうな表情をしているんだよ」


「はぁ……イチローは判ってないですね、ダイエットですよ?」

「ダイエットだろ? 俺が勘違いしている言葉の意味があるとか?」


「元々の意味はあるらしいですが、今は痩せる方法という意味で言っています」

「ウォーキングダイエットとか聞くしな」


「探索者として体を良く動かしているイチローには判らないかもしれませんが、スキルやポーションがあっても肥満からは逃れられないのです、魔力を得て病気には成り辛くなった為に、ダンジョンのある現代は健康的な肥満という新たなワードを生み出した事にもなります」

「なんじゃそりゃ……」


 ポン子の話を詳しく聞くと、ダンジョンが集まるこの辺りには探索者も多く痩せている人が多いが、お金が有って運動をしない人はそれなりに脂肪がついてしまう事もあるらしい。


 大昔は太って居ると病気になったそうだ、今は魔力を得ると病気に掛かり難くなるからなぁ……とはいえ。


「ほほう……よく判らんがそれはつまり?」

「世の中のお金を持った肥満……いえそれだけではありません、脂肪を減らしたい人達が群がってきます、特に女性はすごい事になるでしょう……若返り効果が無くて良かった……もし若返り効果とかついていたら……争いは確実に起きるでしょうね」


「おおげさだなぁポン子は……たかが脂肪でそんな事になる訳ないじゃんか」


 ポン子があまりに真剣に話すものだから何事かと思えば、少し脂肪を減らせるだけでそこまで大事に成る訳ないじゃんかよ。


「……イチローは理解出来ないんでしょうね、あの不運ついてない天使でさえもエステに通ったりするのですよ? それは癒しの為だけじゃないんです、女性の美に対する執着を甘く見たら……痛い目を見ますよ?」


 癒しの為じゃないって……あの美人な金髪天使さんが?


「あんなに美人なのに?」

「……美を追い求める本能が備わっている人も多いのです、まぁポン子ちゃんは天然で美しいからエステとかいりませんが」


 俺はポン子の天然云々の話をスルーしつつも。

「ふーむ、よく判らんがやばいカードを生み出してしまったんだな?」

「そうなりますね」


「世の中に出さずにおけばいいんじゃね?」

「秘密というのはポロっと零れ落ちる物なのですよ……」


 むむ……確かに雑談のなかでポロリと話してしまう可能性はあるよな……。


「じゃぁどうしようか……」

「そこでですよイチロー、私はこういった危険物は権力者に放り投げてしまえばいいと思うんですよ」


「あー言いたいことが判ったわ、食事会の時に頼んでみるかぁ……」

「ですです、それに私達だと持て余す物ですが彼女なら上手く使ってくれるかもしれません、後ろ盾のお礼にも成りますし、姫ちゃんへの援護になりうるかも?」


 姫乃の話を出されたらしょうがねぇな、一々姫乃に嫌味とか言ってる暇が有ったら学生として勉学にでも励めばいいだろうにな……エリート高校ってのは面倒だよな。


「なら周りに見せつける為にも木三郎さんに会いたいが為にもそろそろ予定を立ててくれと連絡が来ていたし、早めに会えないか聞いてみるよ」

「本音と建て前両方をぶっこんできているのですね、あの小さい子はやり手ですよね、イチローに建前の話をしても迂遠な意味に気付かないでしょうし、それとこの間の合同探索であのお嬢様と姫ちゃんが一緒の車で帰ったりしましたしね、周りに探られているのでしょうねぇ」

 俺はそんなに鈍くないけどな。


 鐘有さんの護衛の小雪ユキさんなんだがあの人マメにメールで鐘有さんの伝言連絡してくるんだよなぁ……律儀というかこき使われているというか……。


「相手の事を一々探ったりなんて、エリート高校ってーか金持ちとか権力者ってのはめんどくさそうだよな」

「まったくです、イチローは貧乏で良かったですね」


 そうだなぁビンボーで……いや良くはねぇよ! 小金持ちくらいが良かったわ。


 ポン子に突っ込み代わりのデコピンをかましてから鐘有さん……の護衛のユキさんへと連絡をしておいた、今度は何を食べさせてくれるのだろうか、ちょっと楽しみだね。





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