第79話 担当護衛官

 俺は今お茶を飲みながら姫乃やポン子と雑談をしている、ポン子とリルルもテーブルの上に居るが、リルルはまた白衣眼鏡で木三郎さんの改造だかをしている、話は聞いてるみたいだけども。


「へー姫の行く探索者専門高校ってそんなカリキュラムなのか」


 今は姫乃の通う探索者専門高校の話をしている、新入生はまず学科でダンジョンの事を学んでからダンジョン資格を取り、そしてダンジョン探索に行く、そこで学科で学んだ事を試したり実感して、そしてまた新たな知識を学科で学びまた探索へ、の繰り返しが基本らしい。


 探索者専門高校という名前だが一般の普通科高校と同じ授業もしっかりとあって、体育や芸術系授業の代わりに探索関係の時間を取るらしい、前提として入学する人間は全て探索者資格を取る高校という意味で、実は色んなコースがあるとかなんとか。


「来週には資格を持って無い人も全員試験を受けにいくんだけどね、それって早すぎな気もするんだけども、お兄ちゃんは資格試験どうだったの?」


 日本ダンジョン開発協会(JDDA)の試験か、あれは試験という名のマナー講習というか……人としての常識が有る程度あれば全員合格するんじゃねーかな、ダンジョン関係の問題は受け付けで配られてる冊子を読めば載ってる様な問題しかでねーし。


 しかも待合所とかに流れてるダンジョン関連の映像を暇つぶしに見てるだけで、ほぼ答えが判るという……落とす気ないよなあの資格。


「大丈夫だ姫、高校の試験に受かる様な人達ならあの試験に落ちる奴は一人も居ないと思われる、ものすごく簡単だ、大事なのは資格を取った後って事なんだろうな、探索は命がけの仕事だ真剣にやらないと駄目だぞ?」


 うむ、先輩探索者として良い事言ってる気がする、さすおれ。


「と、スライムダンジョンに二年潜り続けていたイモムチロー氏がおっしゃってます……あれ? 草イチローだったっけ?」


 ぐはっ、ポン子め痛い所を付きおってからに……、確か雑草だかイチローくさだかって話で……。


「ポン助、お兄ちゃんは私のスキルのせいもあるんだから苛めないであげて、でもそうだよねスライムダンジョンだけか……」


 姫乃が俺を庇ってくれた後にちょっと落ち込んでいる、この表情は自分が反省してるってだけでは無い気がするな、長年の兄妹暮らしでなんとなく判る。


「どうした姫、何かあるならお兄ちゃんに言ってごらん」


 こんな会話もすごく懐かしい気がするな……。


「あ、うん、えーとね、ダンジョン探索は学生が自由に決めたパーティで潜るんだけども、最初の頃や初めて潜る場所では担当護衛官をつけるルールなの、学校に居る教師や戦闘教官や先輩に頼んでもいいし外部の人でもいいの、うちの高校に通う様な人は護衛とかお付きの人がすでに居たりするのでそれらの人を担当護衛官にするのが慣例になってるのだけど……」


 確かに学生をいきなりダンジョンに押し込めて後は勝手にやれとはいかんよな、安全もきっちり考えられているのだな、そして姫乃は会話を途中で止めてしまっている。


「けど? どうした?」


 俺が促すと姫乃は悲しそうな表情で話を続けた。


「私の家は本家とほぼ縁を切ってるので護衛やらの人的援助も無いし、外部の探索者に依頼をするのでもいいんだけど……その……学校での面接を突破出来るような人達じゃないと駄目で……」


 あ、そういう事か?


「俺と一緒に探索したいが、俺では面接に受かる事は無さそうって事か?」


 姫乃はコクリと頷いた。


 スライムダンジョンしか行った事ない探索者に、エリートだらけの探索者専門高校の生徒を護衛させるなんて事はありえないだろな、入学の時点で俺より強い奴とか一杯居そうだしな。


「その生徒の探索って何人で行くんだ?」


 まずは姫乃の状況を色々聞いてみる事にした。


「色々です、気の合った生徒同士で行くも良し、元々一緒にいる護衛との連携を高めるも良しです」


「学校側で班を決めたりとかはしないのか?」


 学校での班決めって有る意味生徒にとっての地獄になる事とか多いよな、仲良い奴らと人数合わなかったりさ……。


「命が掛かってますので気の合わない人と無理やり組ませて何かあったら問題になります、そういった部分で学校側からの強制は一切有りません、その代わりに入学する時に探索は自己責任であり何が有っても学校側を訴える様な事はしませんって念書を書かされます、それに納得出来ないなら普通高校にでも転校してくれって事らしいです」


 まぁ最悪命を落とす訳だしそうなるか、姫乃の命が掛かってるか……ふむ。


「で、姫は何人で行こうと思ってるんだ?」


「勿論ソロです!」


「へ? まてまて! スライムダンジョンくらいならいいけどそうじゃないならソロは危険だろ?」


「お兄ちゃん……内弁慶な私に表面上のお付き合いだけなら兎も角、戦闘で相手を信頼するような円滑で深いコミュニケーションが取れるとお思いで? はは何年私のお兄ちゃんをしているのやら」


 姫乃はヤレヤレと首を横に振っている……こいつは……。


「……確かに無理だな、姫は一見すると人当りがよさそうだが実際は牙を剥いたチワワだしな」


 表面に騙されて近づいた男どもがよく泣かされてたっけか……。


「チワワのように可愛いって事ですね! お兄ちゃんへラブアタック!」


 会話の途中で姫乃が俺にダイブして飛び込んできた、どすんと胸で受け止める、クッションが無いから肋骨が衝突して痛いんだよなこいつのアタックは。


「あれ? お兄ちゃん今私を馬鹿にしました?」


 気のせいだ。


「イチローはチワワの様に小さいって意味で言ってる気がします……」


 ポン子が俺の真意を当てやがった、姫乃はそれを聞いてポン子に向けていた視線を俺に向ける、俺は勿論目を反らす。


「お兄ちゃん私の成長期はいつ来るんですか?」


 だ、大丈夫あと数年は成長するはずだから!


 少し姫乃を落ち着かせてから話を続ける。


「それでだ、教師や教官ってのはどんな感じなんだ? それと先輩って生徒が生徒を護衛するって有りなのか? 相手の都合もあるだろ?」


 気になった事を一気に聞いてみた、姫乃は順番に答えてくれる。


「教師や教官は探索日に空いている人になるので、その時々で誰に成るか判らないそうです、それに私はソロなので男性と二人っきりは……」


 あー確かにそれは……まぁ天使の制裁があるから酷い事は早々無さそうだが、ナンパくらいは有るかもしれんなぁ……何しろ姫乃は可愛いからな!


 姫乃は話を続ける。


「二、三年生の普通授業以外のカリキュラムは単位制で自分で好きな物を選ぶのですが、その中に護衛に関する物も有るそうで、一年生を護衛する事で単位の足しになったりするそうです、担当護衛官は複数付けても構わないそうですし先輩に護衛を頼む時は複数人に成るように依頼するのがルールっぽいですね、私は将来絶対に護衛単位は目指しません」


 護衛の単位? そんなコースもあるのか?


「護衛のコースもあるのか? 協会からダンジョン内調査の護衛依頼とか有るっぽいけど専門でやる奴はあんま聞かないけどな」


「お兄ちゃん、探索者専門高校という名前ですが、実際はスキルを多数持つ戦闘や生産系の実力者養成高校と思って下さい、護衛用の単位や生産系の単位、高学年になると自身が目指す事に必要な授業やらを選ぶ訳です、護衛授業は一般家庭出身なのに戦闘系先天スキルが生えてきた人なんかに人気らしいですね」


「な、なるほど? スキル複数持ちの色んな分野のエリートを育てる高校だった訳か……探索に特化してるんだと勘違いしてたよ、教えてくれてありがとう姫」


 そこにポン子が口を挟む。


「それでしたら女性の先輩方に護衛依頼を出せば解決しそうですが」


 それを聞いた姫乃の表情が変わり。


「そうなんだけどね……この依頼は一年生から指名依頼を出せないの……こちらが条件を付けた依頼を学校に出して、その依頼群の中から先輩方が選ぶ、協会の依頼やなんかの形式を真似して慣れさせる目的もあるらしくて……私の依頼を誰も受けてくれなかったら教官とかが割り振られるの……ソロの護衛は単位も低いみたいだしね」


 女性限定にして尚且つ単位の低い依頼かぁ、受けてくれない可能性があるのだな。


「先輩に知り合いとか居ないのか? 確か姫の家はそこそこ名のしれた家なんだろう? 本家関係ない横の繋がりとかさ」


 姫乃が何故か固まった。


「そんな知り合いなんて……」


 途中で言いよどんでしまう姫乃。


「なんて?」


「……さて、そろそろ良い時間だしシャワー借りますねお兄ちゃん、覗きに来たら一緒に入って貰いますからね!」


 いきなり話を変えた姫乃は自分の荷物からシャンプーやらリンスやらトリートメントやら何やらかにやら着替えやらを取り出しシャワー室に向かって行った。


 シャワー室のドアが閉じられる、するとポン子が。


「ではイチロー覗きに行きますか? ドアの開閉音がしないように遮音しますよ?」


「行かんわ!」


 急に何を言い出すんだこいつは。


「イチローの今までの話を聞いてると妹とお風呂くらい余裕で入ってそうですけどね」


「そもそも施設の風呂は男女別々だ、施設員のお姉さんにも言われたしな、さすがにお風呂一緒は駄目よって」


「良識のある大人が施設に居てよかったですねぇイチロー」


「そうだな、また今度暇な時に挨拶にでも行きたいな、さてポン子モバタンを出してくれ」


 ポン子はモバタンを空間庫から出して、椅子にしてたスラ衛門さんにモバタン設置台になるよう命令しながら。


「担当護衛官の採用条件を調べるんですね? イチロー」


 ポン子は察しが良くて助かるね。


「そうだ、大事な妹の願いだしな、叶えてやりたい……だが勿論俺達は」


「無茶はしない安全安心を最優先! ですねイモムチ……サナ……サナチローでしたっけ?」


 俺もそこは忘れたよ、俺はサナギに成れたって事かね。


「イモムチローでいいよ、サナギは随分立派になったがまだまだ蝶には程遠いしな」


「了解ですイチロー、では学校の公式サイトから探してっと……これですね」


 ポン子と一緒に読んでみる、ふむ……なんだこれ、ある程度の実績を持った探索者を面接してから決めます、ってそれだけしか書いてないじゃん!


「うーんこれだけじゃ判らんなぁ……ある程度ってどの程度だよ……」

「不親切ですねぇ……普通は生徒の護衛がそのまま成る感じなのかもですね、エリートが集まる学校みたいですし」


 偉い人とかお金持ちとかが多い学校なのかね、まぁスクロールをある程度買えたり先天スキル持ちとかが集まってそうだよな。


 そこに白衣眼鏡リルルさんがトコトコとモバタンまで歩いてきて何やら操作をしている。


「どうしたリルル、モバタン使いたいなら後で貸してあげるから今はちょっと俺達がつかって――」

「待って下さいイチロー! この画面……」


 リルルさんはこちらにグットポーズを示してから何も言わず木三郎カードに戻って行った。


「どうしたポン子何があった?」

「この画面……探索者高校の面接採用基準の細かい設定が書かれてます、しかも生徒の情報付きで……」


 え? まてまてまてそれやばくねぇ? リルルさん? リルルの方を見てみると丁度こちらを振り向いた白衣眼鏡リルルはニコっと笑って再度カードに顔を戻した。


 あわわわ、これは駄目だリルルさん駄目な奴ですよ! ネットにおけるマナーやルールを……じゃない根本的な道徳から教えないといかん! がしかし、画面を消す前にちょこっと見えちゃうのは仕方ないね。


 そうしてモバタンに顔を戻した俺だったが、ポン子が操作をしたようでさっきの画面は消えていた。


「イチローとりあえずサイトから抜けておきました、後輩ちゃんは管理者権限パスを抜いた様なので気づかれてないと思いたいですが……」


「そうかポン子はやばいと判っているのだな……後でリルルにそういったやっては駄目な事を教えておいてくれるか? 勿論俺も気づいた事を教えていくつもりだが、リルルが地上の常識に不慣れなのをすっかり忘れてたよ」


「了解ですイチロー、ですがつい最近モバタンに触れた後輩ちゃんが何でここらでも有名な学校のセキュリティーを突破出来るのでしょうかねぇ……あーいった場所はプログラムだけで無く魔法的な……あ……天使の結界を騙すよりは簡単そうですね」


 そうだった! リルルは天使の結界とやらを騙して伯爵級の悪魔を呼び込む穴を作り上げた子だったよ……天然で可愛らしいから忘れてたが天才さんだったなぁ……木三郎さん大丈夫だろうか? ま、まぁ木三郎さんは他の人に迷惑かける訳じゃないしいいか……。


「閉じる時にチラっと、そうチラっと見えてしまったんですが、生徒は出身やらで六段階評価で格付けされてまして姫ちゃんは下から二番目でした」


「む? なんだと? うちの姫が下の方だと! この学校は見る目無いな! うちの可愛い姫なら一番上は無理にしても上から二番目くらいは確実だろうに!」


 ポン子が冷えた目つきで話の続きをする。


「兄馬鹿は置いといて、格付けが低い方が護衛のランクも低くても良さげです、そして評価基準の中にダンジョンに潜った日数や総時間が有りましたのでイチローはそこで点数を稼げます、協会のデータとリンクしてるらしく何処のダンジョンとかは関係なさげです、二年間延々とスライムダンジョンに潜った事が無駄に成りませんでしたね、後は協会での販売実績とか販売したアイテムの種類とか、兎に角協会のデータを利用してる感じでした、さすがに細かい操作をしてログを残したくなかったので合格基準までは見れませんでしたが……」


 誰が兄馬鹿だ、俺はただ姫乃は可愛くて優秀だという事実を言っただけだ、そしてあの無味乾燥な探索者生活も多少は姫の役に立ちそうで嬉しい。


「いや十分だよポン子ではそれを元に『姫の担当護衛官を目指す作戦』を発動します、色々相談しようぜ……リルルの教育の事も含めて……」


「あ、はい」



 そうして姫乃がシャワーを浴びている間に俺達は色々と相談をしていくのであった、そしてリルルさん、ちょっと君も白衣とか脱いでこっちに来なさい、研究とやらは後回しです。


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