第102話【閑話】一般の探索者
そこは日本のとあるダンジョン、その巨大なフィールド型の階層は北海道くらいの広さがあるとされ地形も山川湖に丘や平地と様々な状況を備え、さらにファンタジー世界の様な城壁を備えた砦や街や村があるという場所がある。
しかしてそれらの街等はすべて廃墟であり魔物が襲撃して人が滅ぼされたというような様相である、実際に人が確認された事は無いのでダンジョンが作り出した設定なのだと言われている、そして街に居る魔物達も探索者には容赦なく襲ってくる。
だがフィールドには様々な資源が、村や街には高く売れる物資や財宝が有り、訪れる探索者が減る事は無い。
そんな中の一つにまるで魔物に滅ぼされた様な都市が有る、所々崩れた城壁に囲まれたその都市は広さは五キロ四方といった所か、壁が崩れ屋根が落ちた家々の中の一つに隠れ潜む探索者パーティが居た。
日本人であろう黒髪で剣士の様な装備をしている男は。
「やべぇな巡回のゴブリン兵が増えているかもしれない、まだ遠そうだがあっちこっちから音が聞こえる」
同じく剣士の様な装備をしている黒髪ロングの女性が。
「もう! こんな数の魔物が居るなんて情報には無かったのに! ……下手に動いて高台から監視しているゴブリンアーチャーに気づかれたら終わりだし……」
年頃の同じくらいな黒髪ボブの女性は杖を持ち魔法使いに見える。
「ゴブリンやオークだけじゃなくオーガも一杯居るなんて聞いてないよ……どうしよう……ここで隠れていてもいつか巡回がきちゃう……ぅぅ私達ここで終わりなのかなぁ」
男は壁を背にして座り込み。
「俺達にはまだ城塞都市は早かったのかもな、ゴブリン村を襲うくらにしとけばよかったか……」
ロングとショートの女性がその言葉に反応する。
「貴方が纏まったお金が欲しいって言ったんじゃないの! 何に必要かも言わずに……結局何に使うつもりだったのよ? もう死んじゃうかもだし言ってしまいなさいよ」
「そういえば急にお金の事を言い出したよね? 欲しいスキルでもあったの? 私はもっとノンビリした狩りで十分なんだけど……死ぬ前に理由くらい教えてくれるよね?」
男は動揺を隠せずに顔を背ける。
「そ、それはまぁ色々だよ……結局賛成してくれたんだからどうでもいいじゃないか、今はそれよりこの危機をどうやって切り抜けるか考えようぜ?」
ロングとショートの女性は男の様子に不信な物を感じる。
「何か怪しいわね……まさかまたキャバクラに嵌ったとかじゃないでしょうね! もうやめるって私と約束したわよね?」
「稼ぎのほとんどを貢いでたあの時のやつだよね? もうしないって私に言ったじゃないの……」
「「ん?」」
女性二人がお互いの言動に少し違和感を覚える。
何故か焦った男は二人に。
「えーとなそんな事に使いたかった訳じゃなくてちゃんと理由があってな! ……」
だがしかしその続きを言わない男。
女性陣は男に詰め寄る。
「この包囲網を突破するのは無理でしょ、死ぬのはほぼ確定してるんだし言っちゃいなさいよ!」
「やっぱり死んじゃうのかなぁ……それなら隠し事は無しでいこうよ……」
男は覚悟を決めたのか二人に向かって話しかける。
「くそ! なら教えてやる! 結婚の為に金が必要だったんだよ!」
ロングとショートの女性二人は男のその言葉を聞くと嬉しそうに。
「「え!? 私との結婚資金の為だったの!? 嬉しい!」」
「「はい?」」
女性はお互いを見合っている。
しばらくするとお互いの言葉の意味を理解して男にさらに詰め寄る。
「どういう事? 私はこいつと夜明けのコーヒーを飲みながらいつか結婚しようって言われてたんだけど、貴方には俺から話すからって……」
「私はこないだの休暇の時に二人で温泉に入って来たよ? 家族風呂の湯船で私を抱きしめながらいつか結婚しようねって……貴方には俺から話すからって……」
女性二人は武器を構えながら。
「まさか私との事は遊びだったの……? あんなに可愛い可愛いって言ってくれたのに……」
「私の瞳が好きだって言ってくれたのに……遊びだったの?」
「「……どういう事か説明してくれる?」」
男は慌てて説明をする。
「違う遊びなんかじゃない! 俺は……俺は! 二人共好きなんだ! 金が欲しいって話も後もう少し納税額が上がれば重婚可能になったからなんだ! ……二人と結婚可能になったらお互いの事を話そうと思ってて……」
「……最低ね」
「……最低ですね」
男は項垂れる。
女性達は何かに気づくと。
「ゴブリンの巡回の音が変わったわね……騒ぎ過ぎたかしら? 捕まってひどい目に合うくらいなら敵に突貫して死にましょう!」
「ですね、ゴブリンやオークに掴まると十八禁な事をされる事もあるらしいですし……この人は引っぱたきたいけどそれは地獄に行ってからにしといてあげます、ほら立って!」
男は促されて立つ。
「一番近いあっちの門に向かいましょう」
「中ボスっぽい良い装備を着こんだオークナイトと配下の一団が居た場所ですね……下手に生き残って捕まるよりは前のめりで死にましょうか」
「すまない二人共……俺が結婚を
「その件は地獄で聞いてあげるわよ……」
「順番がおかしいんですよね、ほんと馬鹿です、あそうだこれ使いましょう」
ショート女性が出したのは一枚のスクロールだった。
それを見た男とロング女性は。
「君の趣味の格安消費スクロール買いか、便利ではあるけど効果が地味だから意味は……」
「あなた本当にそういう安物買いが好きよね、それでそれはどんな効果なの?」
ショート女性は嬉しそうに語る。
「〈身体硬化付与魔法〉で消費一回しか残ってないの、効果は二十分で範囲付与なのは便利だけどね、まぁオークションで一件も入札無かったんでついね」
「消費一回だと二万くらい? せめて中級攻撃魔法とか買っておきなさいよ」
「無茶言わないでよー中級魔法の消費スクロールなんて買ってられないわよ、というか一回で数十万が消えるスクロールなんて手が震えて使えないでしょ!」
ピンチだというのに女子達は楽しそうにオシャベリをしている、ちなみに近場の門に向かって歩きながらだ、たまに単体のゴブリンに見つかるがそれは男性が倒している。
そして門が見えて来た、そこには豚面をしたオークの集団が居る、オークナイトと部下らしき揃いの鎧を着た平オークが二十以上、さらに回りに武器持ちゴブリンが数十の単位で居る。
男は一番前で剣を構えながら。
「これは……覚悟を決めるか、二人共愛してるぜ! 地獄でも二人に結婚は申し込むからな!」
ロング女性はそれに答える。
「ここに馬鹿が居る……ほんと馬鹿……馬鹿だから……地獄で一発引っぱたくだけで許してあげる、二人と探索出来て楽しかったよ」
ショート女性は。
「私はまだ諦めないよ、スクロール使うからね! 生きて帰って全員で幸せになろうよ!」
ショート女性が〈身体硬化付与魔法〉スクロールを使い三人に魔法がかかる。
「突っ込むぞ」
「おっけー」
「ゴブリンは私が魔法で!」
――
―
そこはとあるダンジョン、今日もたくさんの探索者がダンジョンを囲む広場のそこかしこで打ち合わせ等をしている、そこにダンジョンの入口から三人パーティの探索者が出て来るのが見える、男女混合の彼らは酷い恰好をしていた、鎧や服はボロボロで装備類も壊れている様だ、だが足取りはしっかりしている。
回復魔法やポーションもあるので見た目がひどい状態でも歩けているなら大丈夫だろうと周りにいた人達が興味を失いかけたその時それは起こった。
髪の長い女性が男の頬を引っぱたきその後に顔を掴み、キスをする、それはそれは長い時間キスをする。
ショート髪の女性がその長さに怒ったのか二人を無理やり引き離し男を一発引っぱたいてからやはりキスをする、舌を入れるような長い長いキスだ。
周りに居た探索者は驚き、特に性別が統一されたパーティは舌打ちをしたり悔しそうな表情でそれを見つめていた。
視点をキスをしている彼らに戻そう。
男はキスをし終わった女性二人に両脇から腕を組まれてダンジョンの広場から出ていこうと歩き出している。
「えっと……二人共許してくれたって事でいいのか?」
「最初から皆で結婚したいって言えばいいのよこの馬鹿は! 帰ったら効率的なお金の稼ぎ方の相談だからね、それに納税額は一人の分だけじゃなくて結婚する全員の分で計算するから……」
「もしかしたらもう三人で結婚出来るかもですよね、色々と隠して付き合う事に罪悪感を抱いていた私が馬鹿みたいですよー」
男は歩きながら頭を下げて。
「すまん……必ず二人を幸せにするからな! 俺と結婚してくれ!」
そう大声で告白する。
二人の女性は。
「今さら逃がすと思ってるの? 先にそう言えばよかったのよ……」
「順番がおかしいんですよ、最初からそうやって告白すればよかったんです」
そう言ってほっぺに両方からキスをする。
近くでそれを見ていた男だけの探索者パーティ達は皆が崩れ落ちた、彼らの心にクリティカルダメージが入った様だ、泣きながら今日は飲み明かそうとか相談する声が聞こえてきている。
が、幸せ一杯で三人の世界に入ってる男と女性二人にはそんな雑音は聞こえない。
三人は歩きながら戦闘を思い返す。
「でもあのスクロールちょっとおかしいよな……」
「だよね、なんでオークナイトの防具壊されるような斬撃を受けたのにちょっと肌が切れるだけで済むの?」
「ゴブリンアーチャーの弓に何度も撃たれたのにデコピンされたくらいの衝撃で終わりでした……理不尽ですよあの効果は……」
「まぁおかげで門を守ってた魔物は倒せたし、カードも出た」
「しかも守衛用の詰め所にはお宝もあったしね」
「壊れた装備全部買い直してもお釣りが来ますね」
「また同じスクロールを買う事は可能なのか?」
「消費型は回数と効果範囲は書いてあるけど効果は名称から予想するしか無いのよねぇ……まぁだいたい過去に出てきた名称で効果は判るはずなんだけど」
「そうなんですよだからあれは回数が一回しか無かったんで安かったんですが……同じのは無理かと思います」
「今回は偶然な幸運だったって事か……まぁ……俺にはもうすでに美人が二人も嫁になる幸運があるし、スクロールは諦めるか」
「もう! 美人なんて言い過ぎよ……帰ったらたっぷりサービスしてあげるわね」
「なんなら三人で一緒の部屋に住んじゃいませんか? どうせ結婚するんだし」
そんな風にイチャイチャイチャイチャしながら帰っていく三人組。
彼らが通る道ではすれ違った他の探索者から嘆きと嫉妬が漏れ出していく、そのリソースはきっと悪魔のいいオヤツになった事だろう。
そんな何処にでもいる普通の探索者のお話である。
◇◇◇
以上で4章は終わりです
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