第44話 職人の気概

 十分ほどで動画も終わり、マッサージも終わったが金髪天使さんはガチ寝をしておられる。


 グースカピーと少し寝相悪いな……この金髪天使さん、横にいた俺が何度か蹴られたんですけど。


「イチロー、リソースの消費はどんなものですか? 一日何人くらいやれそうです?」


 そうだな……〈マラカス〉を持続じゃなく断続発動を繰り返す感じなら……。


「一日十人ちょいくらいかなぁ? 連続でやるとなると自然回復じゃ足りなくて精力変換が必要になるかもな、まぁ弁当多めに食えばいけるだろうが」


 判りましたと返事をしたポン子が、金髪天使さんの方に向かう。


 そして、スラ蔵枕をがっちり抱えて寝ている金髪天使さんの顔を、ペチペチ叩きながら起こそうとしている、が、まったく起きないのでイラっとしてるのが判る。


 ポン子は、幸せそうに今は横寝になっている金髪天使さんの、うなじ付近のえりを掴みがばっと隙間を開け、生活魔法で作った氷を流し込んだ。


「うにゅぅ、これ以上美しくなったらこまるぅぅうへぇへZZZzzz、むひ! えひぇあ! 冷た! 何! やぁぁ!」


 寝言を言っていた金髪天使さん、冷たさにがばっと起き上がる、その動きは氷が背の中を滑っていくわけで、何? 何? と言いながらピョンピョン飛び跳ね自分の背中を見ようと、それは人体の構造的に無理ですよ金髪天使さん、ぐるぐる回っている。


 リルルが部屋の隅っこで、おー、と嬉しそうに言いいながら小さく拍手をしている、いや君この金髪天使さんから直接被害受けてないよね? ……天使と悪魔の間には溝があるようだ。


 氷が抜けたのか落ち着いて座った金髪天使さんにポン子が語り掛ける。


「起きたようですねお客様、もうとっくにお試し時間は終わってますよ? いかがでしたか、うちの神の揉み職人モミチローの腕前は」


 名前変わってるんですけど、それじゃぁ伝わらないんじゃね?


「最高でした! モミチロー先生またお願いしてもいいですか?」


 ずずいと俺の前に乗り出して言う金髪天使さんだった、名前変わってるのにまったく気にしてないね……。


 そういやお客取るとかどうすんだろ、いいやポン子に丸投げしちゃおう、言い出しっぺだしな。


「ああ、えっとその辺の管理はポン子がやる事になってて……」


 金髪天使さんはポン子の方へ体を向けると。


「〈底なし腹〉さん予約! 予約はどうやってしたらいいんですか!?」


 ものすごい勢いだ、これは期待にそうべく勉強をせねばいかんなぁ……、しかしひどい二つ名だな……。


「この眼鏡を掛けている時は、先生のマネージャーとお呼び下さい、そうですね、基本的に探索者業のお休みの日にこの家で揉み屋をするつもりなのですが、貴方は運が良い、丁度これから一週間ほどお休みにしようと先生が言っていたんですよ、つまり?」


「全ての日に予約入れます! って仕事が……うぐぐっ、何時ごろにやるんでしょうか?」


 ポン子がチラっとこちらを見たのでコクリと頷いてみせる、まぁまかせるよ。


「基本は朝の十時から十二時の午前の部と、十三時から十七時までの合計六時間営業で制限が午前三人、午後五人までとなります、そのうち会員限定のパスワードが必要な昇天屋公式サイトをモバタンで制作しておきますので、そちらで営業日の告知や予約も出来るようにする予定ですね」


 それ誰が作るんだろ……その辺の知識とか俺には無いんだがなぁ。


 金髪天使さんがちょっと失礼と数分席を外し、何処かに連絡をとってから戻ってきた。


「一週間分すべての午後の部の先頭に予約を入れます! 仕事の時間をずらしました、夜番でがっつり働いてからここに癒されに来ます!」


 熱意がすごい、そして天使さんは一週間連続で仕事なんだろうか……天使なのにブラックの匂いがする。


「予約ありがとうございます、料金はこんなで天使割引でこう、さらにモミチロー先生をリスペクト出来るようなお友達天使が居たらご紹介下さい、その場合紹介割引でお一人様紹介ごとに対して数回分さらに割引がこんな感じで発生するのはいかがでしょうか? 当方のキャパが低いので余り大げさには広めない程度でお願いします」


 おかしいな、俺の目には天使割引済みでも四回、紹介割引でも六回やれば俺のスライムダンジョン記録を超えるような数字にみえるんだが……。


 金髪天使さんは魔法モニターを熱心に見つめ。


「こ……こんなにお安くていいんですか!? 判りました、私が所属している神界日本管区の〈温泉&マッサージ等癒し好き同好会〉に伝えます! 彼女らは腕の良い職人はリスペクトしまくりなので大丈夫です! あ、でも同好会員全員来たらまずいか……この部屋パンクしちゃうし予約取れなくなっちゃうな、うーん口の堅い天使に何人か声をかけてみますね」


 お安いらしい……いやさすがにこれは言っておかねば。


「ポン子、俺の揉みほぐしにお客様が納得いかなかった場合は無料にしといてくれ」


 さすがに素人の揉みでこんな値段を貰うなら、満足しなかった場合は返金だよな。


「勿論ですモミチロー先生! 先生が職人として気概を持ってて私も嬉しいです、ではそういう事でよろしくお願いしますね? お客様」


 ポン子が何かわざと勘違いをしたような返事をしたので、そういう意味じゃないと否定しようとしたが。


「さすが神の揉み職人様です、モミチロー先生の熱き職人魂は必ずや同好の士に伝えます、今日この時に貴方に出会えたこの運命に感謝の祈りを捧げます、ハレルヤ」


 金髪天使さんが膝立ひざだちで両手を胸の前で組み、少し上を向き涙が少し零れている目をつむり、背中から白い二枚の羽を出し何かに感謝を捧げている、白い羽と体から光の粒子が漏れ出していて、まるで中世に描かれた宗教画のようだ、すごく美しい。




 が、感謝を捧げてるのは運命にだが、内容は揉み職人に出会えた事らしい。


 ほどなく金髪天使さんの祈りが終わり。


「失礼しました、つい感激してしまい祈りを捧げてしまいました」


「いえ、非常に美しかったです、眼の保養になりました」


 つい本音をそのまま出してしまった、まぁ女性を綺麗だと思ったらそのまま言葉にして出せと妹や施設の女の子達にも言われてるしな、あれ? 他の人には駄目なんだっけか? まいいや。


「あわわ、う、嘘ついてませんね……ええとモミチロー先生にそういって頂けると嬉しいです、で、では明日の午後からよろしくお願いします、わ、私は帰ります、仕事をやってなかった分残業しないとなので……夜番にしましたし」


 何故か顔を赤らめ失礼しますと、そそくさと玄関口から出て行った金髪天使さん、これから残業でそのまま夜番で仕事するのか? 大丈夫かね? 俺も精一杯揉んであげる事にしよう。


 眼鏡を外し空間庫に仕舞ったポン子は。


「イチローは天然のたらしですよねー」


「なんじゃそりゃ、たらしってのは女の人を騙して不幸にする奴だろう? 俺は女性には優しくしてるつもりだ、妹にもよく言われたしな」


「ご主人様は誠実で優しいです!」


 リルルが話すようになった、天使がほんとに怖いのな。


 そういう意味では無いのですが……やっぱり調教済みですね、とポン子が言っている。


 調教ってやめい、あいつらは女心やモテる秘訣を教えてくれただけだぞ? ま、学生の頃に結果は出なかったんだけどな……、イケメンは滅んでしまえ。


「あ、騙すで思い出した、ポン子お前金髪天使さんの前で嘘はついてないが誤解させる言い方してただろ、揉み屋の話だって俺素人だぜ? 明日あの人に満足して貰えなかったら全部ばらすからな? いや……満足してもばらそうぜ?」


 さすがにちょっと心苦しいしな。


「あー大丈夫です、明日午後一番のマッサージが終わったら〈ドッキリでした〉の紙を持ってネタばらしする予定ですから、神界でもよくこんな事はやってましたのでそれほど怒らないと思いますよ? それにたぶん」


 神界でよくってお前……今度何を仕出かしたのか聞いてみよう、ワクワクなんてしてないぞ。


 最後の、たぶんって何だよすげー気になるんだが、ポン子は続きを言わなかった。


「うーんそれならまぁいいか、じゃぁ寝るまでまだ時間あるし、俺は揉みの勉強するけど二人はどうする?」


「それなんですけど後輩ちゃんにサイト構築の勉強をして欲しいんですよね」


「サイトですか? ポン子先輩」


「いくらリルルが天才でもいきなりは無理じゃねーか?」


「時間がかかってもいいんですよ、イチローの役にも立ちますしやってみませんか? 後輩ちゃん」


「ご主人様の! やります勉強します! 戦闘ではお役に立てそうに無いと思ってたんです、私が必ず覚えてみせます!」


 ああ、探索者としてだと戦闘能力が低いと言ってたリルルはなぁ、ポン子に初めて会った時も魔法一発でダウンしてたしな。


 やる気もありそうだし駄目で元々まかせてみるか。


「んじゃ揉みの動画情報やらを壁のディスプレイに読み込ませるから、それが終わったらリルルにモバタン貸してあげる、ポン子は俺と一緒に動画でも見るか?」


 はいです、と返事をしてるリルルを横にポン子にも聞いてみた。


「私はポニ子さんに素人揉み屋開業の連絡をします、契約魔法陣めいしを貸して下さいイチロー」


 果たしてサキュバスがそんな話に乗ってくるのかねぇ、テーブルの端に置いておいた契約魔法陣めいしを取ると魔法陣の裏がポニテ姉さんの画像になっているのに気づいた、へーこれスライドや拡大縮小とか出来るのか、色んな恰好をしてるポニテ姉さんが次々と出てくる、高性能だなぁ……、うわ、このコス完成度たっけぇな俺でも元ネタ判るわ、ほーここからは水着ゾーンかこれは見ないわけに――

「ご主人様? 姉様の契約魔法陣めいしをそんなに見て何かアリマシタカ?」


 リルルさんの声がちょっと低い。


「いやすごい高性能だなと思ったんだ、ほれポン子これだろ? あ、絶対に後でちゃんと返してね」


 イチローも男の子ですねぇ、と出来の悪い弟に向けるような目をしながら、ポン子はポニテ姉さんの契約魔法陣めいしを借りるとロフトに飛んでいった。


 そして俺はリルルに。


「リルルの契約魔法陣めいしは無いのか? あったら俺欲しいんだけども」


 と伝えてみた、なんかすごい性能だし、男の子ならカードコンプはしたくなるよね。


「えええぇぇ! わ、私のですか? えとえと、それはどういう意味でしょうかご主人様? さ、サキュバス契約したくなっちゃいましたか? その……私まだ心の準備が……」


 顔を真っ赤にして何やら焦っているリルル、ああいや誤解させちゃったか。


「あーリルルの可愛いコス画像が詰まったカードが欲しいなーと思っただけで、他意はなかったんだ誤解させたんならすまん」


 リルルはホッっと息を吐き。


「び、びっくりさせないで下さいよーご主人様ぁ、でも私の可愛いコスですか? えへへぇ、んもう仕方ないなぁご主人様は、私の契約魔法陣めいしにはまだ顔画像一枚しか入れてなくてですね、コスプレが見たかったら生でお見せしますので、今度時間できたら一杯見せて上げますから楽しみにしてて下さいね!」


「あ、ああ、楽しみにしてるよ」


 うーん、それはそれで楽しみなんだが、それとは別に画像満載のカードが欲しかったんだが……こういった収集癖は女の子には理解出来ないかもしれんか。


 俺はモバタンでマッサージ関係の無料説明動画なんかを片っ端から大型ディスプレイに飛ばしてから、リルルと一緒に初心者にも出来る公式サイト開設の仕方なんてのをいくつか見つけ操作の仕方を説明してからモバタンを貸してあげた。


 リルルはテーブルの上でスラ蔵さんをモバタン設置台に変形させてそれらを読んだり操作をしたりしている。


 俺は大型ディスプレイの方で揉みの動画を見ながらエアプレイで勉強を始める、こうかな? いやこうか、こうして、いや振動を加えたらもうちょいこんな感じで、むぅ空気が相手だと難しいな、練習相手が欲しい。


 三つ目の動画が終わった頃にポン子が帰ってきてポニテ姉さんの契約魔法陣めいしを返してくれた、上手くいったらしく、早速明日午後の予約が取れたと言っていた、ポン子も優秀なんだよなぁ、方向性がおかしいのとポンコツ成分がセットになってるが。


 ポン子が、私を相手に練習しましょうと言ってきたが小さすぎてなぁ……、それに肩がこる? 冗談は胸だ――

 なんで気づくんだろ、パスは狭く固定してるんだよな?


 とりあえず誤魔化す為にポン子相手に揉み練習をする、くっ指先だけで揉むのって難しいな、しかしこれを極めればいつか神職人への道が……。


「そういやなポン子、さっきの天使さんが羽を出した時も、二回目に神界に行った時の大天使さんやもう一人の天使さんも頭の上に輪っかが無かったんだが……初めて大天使さんに会った時はあったんだよなぁ……出し入れ可能とか?」


「……大天使様が人間の持つ天使のイメージを崩さないように幻影でも出してたんじゃないですかね、二回目はその事忘れてたんだと思いますよ、あーそこ振動がすごく良いです」


 まじかぁ……大天使さん俺に気を使ってくれたのね……。


「振動の使い方こんな感じでどうよ」


 練習は続く。



 ――



「ポン子リルルそろそろ寝るか」


 動画も終わり夜も更けてきたのでそう声をかけた。


「そうですねイチロー、さすがにちょっと疲れました」


「判りましたご主人様、それにしてもモバタンって面白いですねぇ、色々出来てびっくりです」


 リルルがすごく楽しそうだ、しかしいつの間にか眼鏡と白衣を装備していて、今はそれを脱いで空間庫に仕舞っている所だった。


「まぁじっくり勉強してくれりゃいいさ、お金を使う機能以外なら好きに使っていいから……そうだ二人の決済用アカウントを作ってしまうか、普通は自分の子供用の機能なんだけどな」


 そう言ってリルルにモバタンを返して貰い、二人の魔力波形を登録し決済用のアカウントを作成、それぞれに五千円づつを入金。


「はい、こんな感じでこう使えばこの中のお金は自由に使っていいからな、収入が安定したらお給料も振り込むから……貧乏な主人ですまん我慢してくれると有難い」


 モバタンの画面を見せながら本人用のパスの通し方や使い方を教える。


 お給料はもちっと待ってくれ、みんな貧乏が悪いんや、探索者の装備購入も考えると無駄には使えないしなぁ……。


「イチローは律儀ですねぇ、ありがたく使いますね、じゃまぁ後輩ちゃん寝ましょうか」


「ありがとうございますご主人様、はいポン子先輩」


 おやすみなさいと言いながら、二人はロフトに向けて飛んでいく、スラ蔵さんを連れて。


 俺も寝るか。


 飛びながらポン子がリルルに言っていた。


「ふっ私は柔道の寝技の動画で勉強したんです、エビの動きをすれば勝てるそうです、今日は負けません!」


 と、リルルはよく判ってないようだった。


 まいいか、おやすみなさい。

 

















「くっころせ」


 そうポン子の声が聞こえた気がした、二敗だな。




 ◇◇◇


 新たな仲間編 完


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