英雄は塔を目指す~クビにされた俺は見捨てられた新人と塔に挑戦します。だから戻って欲しいと泣きつかれても、その、なんだ…困る~

さくら

第一章 英雄、新人たちとチームを結成する

第1話 英雄、チームを追放される

「あんたの実績は誰もが知っている。何しろ聖塔から戻ってきた英雄だ。その経験にも期待してスカウトした。でも今のあんたは俺の望んでいたあんたじゃない。だから……クビだ」


 チームのキャプテンであるタンジーは無表情のまま告げる。


 もともと陽気なキャラじゃない。真面目の上にクソがつく男だ。

 そういえば俺をスカウトした時もこんな表情だった気がする。


「そうか」


 大会の準決勝が終わったばかりだが、キャプテンがそう判断をしたのなら仕方がない。


「ちょ、ちょっと待ってよ! なんでジニアがクビなの!?」


 汗を拭いていたニモフィラが憤懣やるかたないと言いたげに声を荒らげる。


「たしかに今のジニアは甲腕衣アームドコートの召喚はできないけど、ジニアのお陰で勝てた試合だってあったでしょ?」


「……そうだな」


「だったら!」


 詰め寄ろうとするニモフィラの手をキャトリアが掴んだ。


「女の子がそんな風に取り乱したらダメよ」


「放して!」


 乱暴に手を払う。


「……こういう時は決をとってきたな。いつも通りだ。キャプテンの俺が2票、メンバーは各1票だ。ジニアの追放……に、賛成の者は手を挙げろ」


 宣言と同時にタンジーが手を挙げる。


「ごめんね」


 謝りながらキャトリアも小さく手を挙げていた。


「合計3票。異論はないな」


「そんなの!」


 なおも言いつのろうとするニモフィラの肩に手を置く。


「いいんだ。ありがとな、俺のために腹を立ててくれて。チームの方針決定には逆らわないさ。そういう約束で俺は参加したんだ」


「ジニア……でも、だって……こんなの……ひどいよっ」


 俯いて肩を震わせるニモフィラの頭をポンポンと撫でる。


「世話になったな」


「……ああ」


「手向けの一言ぐらいあってもいいんじゃないか?」


 少し意地悪かなと思ったが、つい口から出てしまったのだから仕方がない。


「…………」


 無言を貫いたタンジーの賢明さを心の中で褒めておく。


「ところで、こういう話をする時に部外者がいるのはちょっと空気が読めてないんじゃないか?」


 壁にもたれて今までの話を聞いていた男に言ってやる。


「ふっ、おれが部外者ですって? まったく、失礼な事を言う男ですね。己は関係者ですよ。なにしろ不甲斐ない貴様に代わってチームに加わってあげるのですから」


 長身の優男の顔には見覚えがあった。


「そもそも装衣ノービススーツしか纏えない無能が栄えある聖塔探索士選抜大会トーナメントの決勝に出場することなどあってはならないんですよ。それにラウダ卿をはじめこのチームは貴族だけで構成されていた崇高なる集まり。そこへ貴様のような平民が加わるなど身の程を知り給え。なにより平民風情が神聖な塔へ足を踏み入れようなど言語道断。このチーム〈不屈の探索者ドーントレスエクスプローラー〉は正しい判断をしたのですよ」


 本気でこいつを俺の後釜にするのかと思いタンジーを見る。

 だが俺の視線を避けるように顔を背けてしまった。


 その横顔が雄弁に語っていた。

 何も聞いてくれるな、と。


「そうか。まあ、せいぜいみんなの力になってやってくれ」


「言われずともそうなりますよ。これからは己とラウダ卿のダブルキャプテン体制になるのですから」


 控室に置いてあった自分の荷物を手早くまとめる。


「じゃあな。決勝、頑張れよ」


 そう言い残して俺は控室を後にした。


 閉じた扉の向こうからは男の歪んだ笑い声が聞こえてきた。






 大会用の施設を出た俺はその足で探索者ギルドへ向かっていた。


 チームを離れた以上、今後の事を考えなければならない。


 聖塔への次の挑戦者が選ばれるまで半年ある。

 それまでに自身の不具合を解消するべきだろう。



 聖塔は王国の中央にそびえ立つ超巨大な建造物だ。

 いつ、誰が建てたかも定かではない。

 確かなのはこの国が誕生する前からここにあって、そして今日まで存在し続けているという事だけだ。


「よお、英雄。さっきの準決勝見てたぜ。いい戦いっぷりだった。ぜひ優勝して、また塔へ登ってくれよな」


「応援してくれてありがとな」


 すれ違う人が気軽に声をかけてくれる。


 大会の様子は街のあちこちに設置された巨大映像幕スクリーンでも配信されているから、俺の顔を見知っている人も多かった。


「塔から戻ってきた英雄のジニアさんですよね? ボク、ファンなんです。握手してくださいっ」


「ああ、構わないさ」


「やった! ボク、この手は一生洗わないんだ!」


「食事の前には手を洗えよ。お母さんに叱られるぞ」



 3年前。

 俺は仲間と共にあの塔に挑戦した。


 そして1年前に俺だけが戻ってきた。

 他の三人はまだあの塔に入ったままだ。


 だから俺は、もう一度あの塔に登らなければならない。

 仲間と再会するために。



 俺がギルドに入ると水を打ったように静かになる。


 入口近くにいた筋肉質の大男がこちらへ向かってきた。

 俺の前に立って覗き込むように見下ろす。

 他の者は俺たちの様子を見ているようだった。


「ジニア・アマクサだな?」


「ああ、そうだが。そういうあんたはマグノリア・ベアスキンだろ。〈筋肉がすべてを解決マッスルソルバー〉のキャプテンの」


「わ、私をご存じだったのですか!?」


 髭面の男はかしこまるように上半身を小さくする。


「知ってるさ。決勝まで進んだ時の対戦相手だったんだからな。情報収集はさせてもらっていた。四人全員が重甲腕ヘビィアームドっていうのも随分と思い切ったチーム編成だな」


「あ、あれは初めて塔に挑戦した時に自分たちの力不足を痛感しまして、それならば全員が重甲腕で押し切れないかと考えたのです」


「へえ。そういう考え方もあるのか。参考になるよ」


「い、いえ! 私など一日も塔にいられませんでしたから。あの塔で2年もの時を過ごされた貴方に比べれば小手先の考えでしかありません……」


 マグノリアは赤面した上に大量の汗をダラダラとかいている。


「おい、英雄マグノリア」


「は、はい!?」


 苛立ち交じりの俺の声のせいか、マグノリアが慌てて背筋を伸ばす。


「あんたも聖塔探索士タワーノートになった英雄なんだ。その経験はダンジョンでの水一滴よりも貴重なものだろう? よかったら今度、あんたの塔での経験を教えてくれないか。そのかわりと言ったらなんだが俺が塔で体験したことを話させてもらうからさ」


「そんな……ああ、いえ! ぜひお願いいたします。楽しみにしております!」


 頭を下げながらデカい手を伸ばすので、その手を握り返してやった。


「決勝、頑張ってくれよ」


 マグノリアと別れて受付へ向かう。


 受付嬢の一人、パチュリィはいつものようにすまし顔をしていた。


「こんにちは、ジニアさん。今日はどのようなご用件でしょうか」


「チーム登録の変更をしようと思ってね」


「……〈不屈の探索者ドーントレスエクスプローラー〉は明日、大会の決勝なのでは?」


「今さっきクビになったんだ」


 パチュリィからすぅと表情が消えた。


「あれはなにかの手違いかと思ったのですが……わかりました。それではどうされますか? ジニアさんであればソロでの登録も可能かと思いますが……」


「とはいえ、今の俺は肝心のアームドコートが召喚できないからなあ」


「ですからソロではなくどこかのチームに所属をおすすめしたいのですけど……」


 アームドコートは自身の腕の延長であり、同時に武具であり防具でもある。

 上半身をアームドコートで覆った者を甲腕装者アームドワーカーと呼ぶ。


 アームドコートの召喚は素質ある者しかできない。

 最下級の10級でも肘から指先までを装甲で覆い、拳で石を砕くのも容易になる。

 1級ともなると首周りから腹部までを完全に覆う。


 上級のアームドコートは凶悪な魔物の爪を通さず、分厚いゴーレムの装甲を打ち破る一撃を放つ、まさに攻防一体の装備だ。


 しかし今の俺は事情があってアームドコートの召喚ができないでいる。


「ノービススーツしか使えない落ちこぼれをすすんで拾おうと思うチームはないだろ。だからしばらくはソロで活動しようかと――」


「あの!」


 いきなり声をかけられる。

 振り返るとすらりとした少女が立っていた。


 頭から首までを覆う頭巾と襟掛。

 肌の出ないゆったりとした服装に首から下げた小さな鏡。


 聖塔をご神体として崇める聖塔神鏡会のシスターだった。

 こんなところに顔を出すとは珍しい。


「俺になにか?」


 唇を引き結んでいたシスターが一歩前へ出る。

 無言の迫力にこちらが下がりそうになるが、生憎と受付のテーブルがあってこれ以上は下がれなかった。


「もしよければ私たちのチームのキャプテンになってくださいませんか」

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