第32話 英雄、ギルドマスターに頭を下げられる

「それよりも俺はお前に一言言っておきたい」


「なんだ」


 腕を組んだオウリアンダは口をへの字にしている。


「あんまり周囲を煽るような配信は控えてくれ」


「煽る? そんな配信をした覚えはないが」


 そもそも配信したのはミノタウロスを倒したやつと、この前の地下一層をクリアした二本だけだ。


 見ようによってはミノタウロスをアームドコートなしで倒したのは煽っていると言われても仕方がないかもしれないが、そんなことを言われても、なんだ……困る。


「実はですね。先日のジニアさんの生配信が話題になっているんですよ。すごくスムースに地下一層をクリアしているじゃないですか。それを見てタイムアタックに挑戦しているチームが増えているんですよね」


 あの配信を見てどうしたらそういう受け取り方になるんだ。


「あれはそんないい配信じゃなかっただろ。罠を見落としたり、魔物に気が付かなかったりしていたし」


 探索者としての経験を三人娘に積ませるために俺はフォローに徹していた。

 ヤバくなる前に俺が口を出して事なきを得たわけだが、決して褒められた探索ではなかったはずだ。


「ですが短時間で地下一層をクリアしたのは事実ですよね」


「それは……まあ、そうだが」


 あれはたまたま運がよかっただけのことだ。


 もともと慣れた探索者なら地下一層のことなんてすべて頭に入っている。

 どこに魔物が出て、どこに罠があって、どう進めば短時間で次の階層へ進むことができるのかを全部知っている。


 あの時は地下二層へ行くのが目的だったから、最短ではなく比較的安全なルートを選択した。

 理由は三人に探索の経験を積ませるため。だから魔物とも遭遇したし、罠もあった。


 魔物なんて同じ場所にいることの方が少ない。

 次に同じルートを通っても同じ時間でクリアできるとは限らないだろう。


 なにより探索者にとって階層を早くクリアするのは目的ではない。

 ただの過程に過ぎないのだ。


「ギルドでなんとかならんのか?」


「難しいだろうな。もちろん基礎講習なんかは今までと同じようにやっていくが、配信は影響力が良くも悪くも大きすぎる」


「便利になった分の弊害ってわけか」


「ギルドとしては助かっている部分が大きいんですけどねえ。事務的な処理もスピーディーになりましたし」


 未踏エリアの報告や新たな魔物の脅威といった報告は映像があることで情報の精度が格段に上がったとは聞いている。


「そういえばパチェリィからダンジョンに入る時の心構え的な配信をしてほしいって言われたんだったな」


「あ、そうでした。ギルドからの正式な依頼にしてもらえないかってことなんですけど」


「そいつも検討はしたんだが……」


 ピシャリと頭を叩いたオウリアンダが唸る。


「なにしろ過去に例のないことだからなあ」


「だったら一探索者の俺に頼るなよ」


「お前ならなんとかしてくれるんじゃないかと思ったんだよ」


 そんないい加減な話があるか。


「ジニアさんはササンクアさんたちの訓練をしているんですよね。その様子を配信してはいただけないでしょうか?」


「それはみんなと相談しないとなんとも言えないな」


 この依頼は受ける方向で話がまとまっていたが、俺たちが置かれた状況を考えれば改めて相談をしておくべきだろう。


「ランクについても考慮するようにするから頼む」


 ギルドマスターに頭を下げられたら仕方がない。


「わかったわかった。その頭を上げてくれ。他人の目があるところでギルドマスターが簡単に頭を下げるなよ」


 もっともそこも計算に入れて頭を下げているんだろうが。

 俺も断るつもりはないし。


「だがみんなが嫌だと言ったらこの話はなしだからな」


「ああ、わかっている」


 とはいえ受けることになるだろうとは思う。

 前に話をしたときの反応は前向きだったしな。

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