第33話 双子、なんでもない一日
小鳥のさえずりと窓から差し込む日差しに目が覚める。
「ふあああ……」
ベッドの上で横になったまま、フォーサイティアは手をあげて大きく伸びをした。
小さくノックが三回。
部屋の主の確認を待って、音もたてずに扉が開く。
カーゴを押したメイドが広い部屋の中央にあるベットの脇までやってくる。
「おはよう、ブルーベル」
「おはようございます。お嬢様」
フォーサイティアはベッドから降り、肩幅に足を広げて両手を肩の高さまであげる。
あとはメイドであるブルーベルの仕事だ。
手早く着替えさせてくれる。
これまでは寝間着を脱がせ、朝のドレスを着せるのがブルーベルの仕事だったが、今は一工程増えている。
「失礼いたします」
背中のパックから水を抜いていく。
チョロチョロと音を立てトレーに水が溜まっていった。
今朝のドレスは淡いピンクで肩を大きく露出させたもので、活発なフォーサイティアのお気に入りのデザインだ。
朝食がベッド脇の小さなテーブルに並べられる。
塩漬けの魚と米を混ぜ合わせたものだ。
「はあ……やはりジニア様の食事を食べたくなりますわね」
ため息をつきながら食事をするフォーサイティアの脇にブルーベルは控えており、食事が終わるのを見計らってお茶を淹れた。
「本日はどのようになさいますか」
髪を梳かしながらブルーベルがたずねる。
「休息日ですからゆっくりしようと思いますわ。ジニア様からもそう言われてますからね。朝の散歩をしたらアームドコートの召喚訓練。湯あみをしてさっぱりして、午後はダンジョンについての資料を読もうと思います」
「かしこまりました。本日も暑くなるようですから体調には十分お気を付けください。ダンジョンにまつわる書物をご用意しておきます」
「わかっているわ。ローゼルはもう起きているかしら」
その問いかけにブルーベルは薄く微笑むだけで応じた。
担当ではないからわからないのだ。
「いいわ。朝の散歩に誘ってみるから」
ブルーベルは深々と頭を下げた。
小気味よいリズムでドアをノックする。
部屋の中にある気配が近づいてきてドアが開いた。
「フォーサイティア様」
ペチューニアはローゼル付きのメイドだ。
フォーサイティアを認めて頭を下げる。
「ローゼルはもう起きているかしら」
「はい。今しがた」
部屋の中を覗いてみると、ベッドの脇に座ってぼんやりしているローゼルの姿が見えた。
「半分寝ているわよ」
ペチューニアは曖昧な笑みを見せる。
「まったく。仕方がないわね。いいわ。わたくしも手伝います」
「いいえ。もう少しお待ちいただければローゼルお嬢様の準備は整いますので」
ここは譲れないという強い意志が感じられた。
「そう。ならローゼルがしゃっきりしたら伝えてちょうだい。朝の散歩に行きましょうって。わたくし、準備をして玄関で待っていますわ」
「かしこまりました」
ペチューニアは深く頭を下げ、それから音もなく扉を閉めた。
朝の散歩を済ませた後は庭に出て鍛錬を行う。
塔へ行くと決めてからはこうして二人で手合わせをするのが日課になっていた。
「
フォーサイティアとローゼルの上半身が装甲で覆われる。
「まずは組み手をしますわよ。遠慮なしでかかってきなさい!」
「うん」
大きく振りかぶったローゼルがフォーサイティアへ向けて駆けていく。
「そんなの当たりませんわ!」
大振りの一撃をやすやすと回避し、背後へ回り込む。
とんと背中を押すと上体が流れたままのローゼルはあっさり芝生の上に倒れた。
「さあ、もう一度!」
立ち上がったローゼルは右腕をグルグル回している。
「こんどは、あてる!」
「そのグルグルするのに意味はあるんですの?」
「わかんない。でも、つよそう」
「そう。いいわ。おいでなさい」
二人は太陽が天頂に差し掛かるまで訓練を続けた。
湯あみを終えてノービススーツを纏うと、午後のドレスに着替えた。
それからメイドに用意させた資料に目を通していく。
「すー……すー……」
一緒に本を読むと言っていたローゼルは机に座って間もなくすると船を漕ぎ始めてしまう。
その様子にフォーサイティアは微苦笑した。
メイドに合図をして風邪をひかないよう肩にガウンをかけさせる。
夕食の時間が来るまで、妹の寝息を聞きながら資料に目を通していた。
「ジニア様から呼び出しだなんて何事かしら」
フォーサイティアもブルーベルに問いかけたわけではない。
ただの独り言だ。
「時間には遅れないようにしないといけないわね」
櫛で髪を梳かせながら明日の予定を立てていく。
「ジニア様とチームを組んでから毎日が充実していますわ。探索者がこんなに楽しいだなんて思いませんでしたもの」
美しく波打つ金の髪が照明に輝いている。
「ああ、早く明日がこないかしら。ジニア様にお会いするのが楽しみですわ」
主人の浮かれた声に微笑みながら、ブルーベルは髪を梳かし続けた。
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