第68話 英雄、サブ組を指揮する

 タンジーたちメイン組は通路から飛び出すと大広間の中央へ向かって走る。

 俺たちの動きを認識した巨大ゴーレムがゆっくりと動き出す。


「キャトリア、けん制!」


 大量の小型ゴーレムたちがタンジーたちを追いかけようとしている。


「任せて下さいっ」


 両腕を伸ばして手のひらから連続して魔力弾を放つ。

 これはダメージを期待するものではなく、小型ゴーレムの注意を俺たちサブ組に向けさせるためのものだ。


「ローゼル、走れ!」


「うん!」


 サブ組の先頭に立ったローゼルは壁沿いに走り出す。

 行く手を遮ろうとした小型ゴーレムを殴り倒し、後に続く俺たちの道を作ってくれる。

 こうしてメイン組との距離をとり、小型ゴーレムを引きつけるのだ。


 ある程度走ったところでローゼルが足を止めて振り返る。

 俺たちはもう少しだけ走ってローゼルの背中を守れる位置に立つ。


「ここからはキャトリアの出番だ」


「あまりプレッシャーをかけないでください」


「大丈夫だ。ローゼル以外は敵ばかりだからな。狙いをつける必要もないくらいだぞ」


 小型ゴーレムの数はタンジーの言っていた通り50体ぐらいだった。

 これを全部倒すのは骨が折れるし、なによりそんなことをしたら更に仲間を呼ばれてしまう。


「つけますよ。当たり前です」


 言いながら右手から放った魔力弾がゴーレムに吸い込まれていく。

 命中した瞬間にカミナリのような衝撃が走り、ゴーレムは煙を上げて動きを止めた。


 ゴーレムを倒さずに麻痺状態にしておけば仲間を呼ばれることもない。

 あとはメイン組が巨大ゴーレムを足止めしてここから脱出できる時間を確保するだけだ。


「いいじゃないか。腕を上げたな」


「そんなことはありません。ニモフィラに誘われて二人だけでダンジョンに潜ってましたけど、私はあの子のサポートをしていただけですから」


 サブ組を取り囲むように小型ゴーレムは大きく広がりながら距離を詰めようとしている。


「ローゼルは突出したヤツを狙ってくれ」


「うん!」


 前へ出て小型ゴーレムを拳で殴る。

 金属がひしゃげるような音を残して吹っ飛んでいった。


「あの子、すごい攻撃力ですね」


「なるべく手加減はしてくれ。壊すと厄介だからな」


「わかって、る!」


 今度は腕を水平に振り回してなぎ倒す。


「キャトリア、右だ」


「はい!」


 まとまった数が一度に距離を詰めてきているのを薙ぎ払わせる。

 連続射出された魔力弾が石床を砕き、視界が悪化した。


「ローゼル。少し下がるぞ。時間を稼ぐ」


「うん!」


 俺たちの目的は小型ゴーレムを引き付けておくことだ。

 詰められた分だけ下がって一定の距離を維持するのに腐心する。


「7時方向、3」


 荷物を背負いながら振り返り、追いすがる小型ゴーレムの位置と数を知らせる。


「はいっ」


 左腕を伸ばしたキャトリアが魔力弾を放つが、一体にしか命中しなかった。


「止まれ! 突出したヤツを先に落とす」


 あまり引き離してしまうと、メイン組に向かいかねない。

 適度な距離を保って数を減らしていく必要がある。


 狙いを定めた次の攻撃は見事に命中した。


「すみません。移動しながらの攻撃は苦手で……」


「難しいから仕方ない。それより魔力は大丈夫か?」


 キャトリアはすでに荒い息をしていた。

 もともと体力や魔力がある方ではないのは知っている。


「ま、まだ大丈夫、です……」


 玉のような汗が額に浮かんでいる。

 本人も無理をしているのはわかっているだろう。


「ローゼル。ここで数を減らすぞ」


「わかった!」


 躍り出てゴーレムを引き寄せたローゼルが両腕を振り回している。

 肘の内側に当たった先からゴーレムが吹っ飛んでいく。

 あれはあれで効果的な攻撃になっているようだ。どこで覚えたんだ。


 その間に水の入ったボトルをキャトリアに渡す。


「しばらくここで時間を稼ぐ。今は回復に努めてくれ」


「わ、わかりました……すみません。なかなか体力がつかなくて……」


「無理をしなきゃいけない時もある。だが常に自分の状態は正確に把握しておくべきだ。正しくない情報を伝えて仲間を巻き添えにしたくなかったらな」


「……すみません。正直、そろそろ限界が近いです」


「わかった。しかしなんだ。さっきから謝ってばかりじゃないか」


 俺の軽口にキャトリアの口元が歪む。


「私は……あれから一歩も成長していませんから……」


「チームとしての活動がなかったんだろ。仕方がないさ」


「いいえ、そういうことではなく……はぁ」


 諦めたかのように大きなため息をつく。


「……私、その方から囲い者になれと迫られていたんです」


「なん……だと?」


 その方っていうのは……コレか?

 俺が背負っているコレのことか?


 そして囲い者って……結婚相手として見初めたとかじゃないのか?


「探索者などという穢れ仕事をしているのだからまともに嫁ぐ先もないだろうと。それならば自分が囲ってやるから安心するがいいとしつこく言われていて……チームに迷惑をかけてしまう前に探索者をやめようかとも思っていたんです」


 なぜそんな話になるんだ。

 せめて相談ぐらいしてくれてもよかったじゃないか。


 ……いや、相談すればニモフィラが抗議に行くと言い出すのは間違いない。

 そういう事態を避けたかったんだな。


「探索者を辞める踏ん切りをつけられず、返事を渋っていると屋敷にまで押しかけてくるようになってしまい……タンジーに相談をしました。これで大人しくなってくれたらと思っていたのですが、今度はチームに自分を入れるようにねじ込んできたんです」


「……それで俺を追い出すことになったのか」


 コレが貴族に特別以上の価値を認めているのは間違いない。

 自分が〈不屈の探索者ドーントレスエクスプローラー〉に移籍するにあたり、平民出身の俺がいるのは面白くなかったのだろう。


 っていうか、そんな理由で俺は追放されたのか。


 能力が足りていないだとか、人間関係を上手く構築できていないだとか、そもそも足手まといな存在ではなかったのは喜ぶべきか。

 しかしなんというか、その、なんだ……いろんな意味でびっくりだ。


「はい。……すみません」


「いや、もう気にしてないからいいんだが……ああ、なるほどな。結局、個人ではなく家に圧力がかかったんだな」


 タンジーもキャトリアも貴族の一員だから、その世界の力関係に大きな影響を受ける。序列が下位の家が覆すのは容易なことではない。

 始まりの八家に数えられるボールサムのチュウゲン家が持つ権力は絶大だ。

 そこから横車を押されたらタンジーのラウダ家もキャトリアのオンタリオ家も従わざるを得まい。


「そうか。それであの顔だったのか」


 俺にクビを告げた時のタンジーの横顔を思い出す。

 たしかにこんな事情をあの場では口にできないだろう。


「っていうか、コイツがティアたちをチームに誘った理由もそれだったりしないだろうな」


 ティアとローゼルのアストライオス家は始まりの八家につぐ家柄だ。おまけに王家とも懇意にしている。

 チュウゲン家といえども鼻薬を利かせる程度では影響を与えるのも難しいはずだが。


 っていうか、マジでそんな理由だったら許さないぞ。

 俺がチームから追放された時よりも腹立たしい。

 事実ならここへ放置していくのも辞さない。


「おそらく違うと思います。どうやら自分のよりも年上の女が好みのようですから」


 そうか。それなら許してやろう。

 いや、簡単に許せる存在ではないのだが、今のような事態であれば仕方がない。

 ゴーレムによるモーニングコールの刑になんてしたら、探索者としての信義にも関わるからな。


「本当にすみませんでした」


「だからもう俺は気にしてないと言ってるだろ。それで、どうなんだ。チームとしてやっていけそうなのか?」


「実はニモフィラがコレを一人前の探索者にすると言い出しまして」


 ほほう。それは実に前向きで結構な話ではないか。

 しかしコレ扱いなんだな。男として認識していないってことか。


「出来の悪い弟みたいなものだと思えば、なんとかなりそうです」


 ふわりと微笑むその顔は、元チームメイトという贔屓目がなくとも美しいと思う。


「そうか。かなり大変そうだが上手くいくといいな。応援してるぞ。困ったことがあったら相談してくれ。できる範囲で力を貸すよ」


「ありがとうございます」


「しかしあれだな。この男も見る目だけはあるんだな」


「え?」


「キャトリアと仲良くなりたいという気持ちはわからないでもない。なにしろいい女だ。まあ、結婚したいならまだしも、愛人になれは男としてどうかと思うがな」


「……ふふ。まったくです」


 少しだけ昔の表情に戻った気がする。


「シショー! そっちいった!」


 奮戦するローゼルの脇を一体が抜けてくる。


「任せろ」


 左手を前に出し、そのまま一歩大きく踏み込む。

 ゴーレムに手が触れた瞬間に手首を返し、進行方向をズラしてやる。


「任せた」


「はいっ」


 キャトリアの魔力弾が命中し、機能を停止する。


 今のところサブ組は計画通りに動けている。

 あとはメイン組が巨大ゴーレムの足を止めてくれるだけなのだが。


 その時、ひと際大きな音が大広間に鳴り響いた。

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