第69話 タンジー、メイン組を指揮する

 スピードに乗ったライトアームドの二人が巨大ゴーレムの足元を駆け抜ける。


 どちらを追うべきか迷った一瞬をついてタンジーが距離を詰め、右の拳をお見舞いした。


 くぐもった鈍い音。


 ヘビィアームドの拳が石の体にめり込んでいる。


 だがその程度で巨大ゴーレムの動きは止まらない。

 足元にいるタンジーを踏みつぶそうと殴られた右足をあげる。


「あなたのお相手はわたくしたちですわ!」


「そういうこと! わたしたちの動きについてこられる?」


 曲げた左ひざに二人が飛び乗り、そこからさらに駆け上がっていく。

 振り払おうと巨大ゴーレムは体を揺するが、二人はしがみついて離れない。


 その間にタンジーは足元を脱することができた。


「さすがに一撃で破壊というわけにはいかんか」


「でもダメージは入っているようですよ」


 ササンクアが指摘する通り、親指部分にあたる石が砕けている。

 人間であれば踏ん張ることができなくなっているはずだ。

 だがゴーレムの動きに大きな変化は見られない。


「指一本では効果がなくとも全部の指を破壊すれば歩みも遅くなるだろう。この相手ならヒットアンドアウェイでいけるはずだ」


 腰にしがみついたフォーサイティアを叩き落とそうとゴーレムが手のひらではたいている。


「わわっ……ちょ、ちょっと、お待ちに……なっ!?」


 フォーサイティアは慌てて場所を変えようとするが、両手両足でしがみついていては素早く動けない。


「これでもくらえ――っ!」


 注意をそらそうとニモフィラが跳躍し、顔面に右ストレートをお見舞いする。


「なにこれ。思ってたよりずっと硬いじゃない!」


 ライトアームドの攻撃力では装甲の厚い相手に有効打を与えにくい。

 ゴーレムは煩そうに顔を振るだけだ。


 その隙にフォーサイティアは背中を這い上り、肩にまで到達する。


「今度はわたくしがお見舞いしますわ!」


 後ろ回し蹴りで鼻面を蹴りつけると、先端の石がわかずかに欠けた。


「えー、なんでなんで。なんでフォーサイティアの蹴りは有効で、わたしのパンチは効いてないのよ!」


「気を抜くな!」


「ぅわっ! ちょ……!?」


 ゴーレムの振り回す腕にニモフィラの体が引っかかる。


「わ、わわわ……っ」


「ニモフィラさま!」


 振りほどかれたニモフィラの体が石畳の上で二度三度バウンドしながら転がった。


「あたた……って。あんまり痛くないかも。これがシールドの効果なんだ。ううぅ、それより目が回って……あわわ」


 落下のダメージはササンクアが付与したシールドで吸収したので幸いにも無傷だった。

 しかしすぐに起きあがることができない。

 ニモフィラが動けないと見てゴーレムが距離を詰めていく。


「俺が相手だ!」


 飛び出してきた新たな標的へ向けてゴーレムが足を進める。


 ズシンズシンと足音を鳴らしながらゴーレムが近づいてくる。

 タンジーは腰を落とし、握り締めた左手を掲げてゴーレムを待つ。


「タンジー様。逃げてくださいまし!」


 大きく振りかぶった石の拳が振り下ろされた。


 ゴワンという衝撃音。

 踏ん張るタンジーの足元に大きなヒビが入り砕けた。

 強力な一撃を不可視の盾が見事に受け止める。


「……なるほど。いいシールドだ」


 巨大な拳の下でタンジーが笑っていた。

 このシールドがあれば多少の無理はできる。

 お陰でいくつかの勝ち筋が見えた。


 ゴーレムは追撃しようと反対の腕を振り上げている。


「タンジー! 逃げて!」


「……むっ」


 だが移動しようにも崩れた石畳に足が挟まれ身動きが取れない。

 拳が振り下ろされる。


 駆け寄ったササンクアがタンジーの前に立つ。

 そして両腕を前へ伸ばして叫ぶ。


絶対防御障壁アンチガードシェル!!」


 物理攻撃ならば必ず防ぐことができる半球状の防御障壁が瞬時に展開し、巨大な拳を防いだ。

 防いだどころか障壁に当たった拳の方が砕けている。


「すまん。助かった」


「いえ。ご無事でなによりでした。まずはシールドをかけ直します」


 その間にもゴーレムはタンジーたちへ向けて拳の雨を降らせる。

 しかし激しい衝撃音はするものの障壁が消える気配はない。


「ゴーレムの攻撃を完全に防ぐとはな。聖女はこんな強力な防御魔法も使えるのか。……大丈夫か?」


「魔力が、そろそろ……」


 タンジーにシールドを付与し終えたササンクアが膝から崩れ落ちる。

 それを咄嗟に抱きとめた。


「す、すみません……」


「いや、いい。全員にシールドを付与した上にこれだけの防御魔法を使っているんだ。これ以上は無理をするな」


「わかっています。シールドはこれで打ち止めです。でも癒やしの力を使うだけの余裕は残してありますからご安心を」


 青い顔をしながらもササンクアは気丈に振る舞う。


 困難な状況下においても自身の役割を正しく理解し、必要な行動を取れている姿を見て感心するしかなかった。

 これもチームキャプテンであるジニアの指導の賜物だろう。


「この魔法はどれだけ持つ」


「私が維持を続ける限りは持たせることができます。でも魔法が効果を発揮している間は内側から攻撃することができません」


「防御特化の魔法なのか。このラッシュの中で解除するわけにもいかんしな。ニモフィラ、動けるか!」


「もう大丈夫!」


「悪いがゴーレムを誘導してくれ。いったん俺から離して、また俺に向かってくるようにするんだ。次の一撃で決める。フォーサイティアもニモフィラと連携してほしい」


「わかりましたわ!」


 ゴーレムの肩から飛び降りたフォーサイティアがニモフィラと合流すべく走る。


「合図をしたらこの魔法を消してくれ。俺の攻撃でゴーレムが動きを止めたらジニアたちに合図を送ってここから脱出するんだ」


「どうされるつもりなんですか?」


 タンジーは右の拳を握り締める。


面壁九年めんぺきくねんの鍛錬を経て編み出した一手を使う」


「それはもしや必殺技ではありませんの!? おじい様の本にもありましたわ。『一つの技を幾度も繰り出し、ただひたすらに磨き上げることで自身にとって絶対の技となる』のだと」


「ははは。『ダフォダルは如何にして聖塔で90日間を生き延びたのか』にそんな記述があったな」


「では本当に必殺技を? ああ、素晴らしいですわ! これぞ燃える展開というヤツですわね!」


 ニモフィラとフォーサイティアがゴーレムの前を高速で移動して誘導する。

 このまま殴り続けていても埒が明かないと判断したのか、ゴーレムはニモフィラたちを追いかけ始めた。


「解除してくれ」


「はい」


 絶対の障壁が解除される。

 あとは己のアームドコートと、ササンクアのシールドで乗り切るしかない。


「少し離れていてくれ。巻き込まれるといかんからな」


「わかりました。ご武運を」


 頷いて返事とする。


 両足を肩幅まで広げて立ち、顔の前まであげた両手をゆっくりと下ろしていく。


「――コォォッ」


 下腹部を意識しながら腹を膨らませながら息を吐く。

 最後まで吐ききると、今度は鼻からゆっくりと息を吸い上げる。


 この呼吸を繰り返し、己の内にエネルギーを蓄えるイメージを積み上げていく。

 自身の魔力が高まっていくのがわかる。


「こい!」


 その声を聞いたライトアームドの二人が反転し、タンジーへ向かって走る。

 狙い通りゴーレムは二人を追ってきた。


 振動が迫ってくる。

 その迫力は大会の決勝で戦った四人が一丸となったヘビィアームドの比ではない。


 半身をとり、腰を落とす。


「あとはお願いね!」


「タンジー様の必殺技。拝見いたしますわ!」


 二人が通り過ぎていく。


 立ち位置とタイミングを見極める。

 狙うのは右足が地面に着く瞬間だ。


「――フッ」


 大きく踏み出した足が床石を踏み抜く。


撃・閃通掌ペネトレイトインパクトォ!!!」


 前へ突き出した右手がゴーレムに触れた瞬間、爆発する。


「ちょ、わわ――あたっ!」


「きゃ――……」


「タンジーさん!」


 ゴーレムの右足はタンジーが触れた場所から順次崩壊していく。

 右足を失いバランスを崩して前のめりに倒れていく。


 爆心地にいたタンジーは大量の石礫に襲われていた。

 とっくにササンクアのシールドは消えている。

 あとは自身のアームドコートで防ぐしかない。

 正中線を守るように体を丸めて石の嵐をやり過ごした。

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