第70話 英雄、ダンジョンへ向かう

『――〈星を探す者スターシーカー〉の生配信で地下三層の状況を知ったギルドは討伐隊を編成して送り出しました』




 あの日、俺たちの生配信を確認したギルドはダンジョンへの入場を即制限した。


 地下二層におけるディープアリゲーターの生息位置の変更に加え、地下三層の巨大なストーンゴーレム、地下四層ではホワイトタイガーの大量発生が確認されていたという。


 ダンジョンの様相に大きな変化があれば、ギルドは脅威度の再設定をしなければならない。

 地下二層の変化はすでに周知されていたし、地下四層はごくごく限られたベテランチームでなければ許可が下りない場所だ。

 さしあたって危機が認められる地下三層へ討伐隊が派遣されることになった。


 討伐隊の中には聖塔探索士タワーノートである〈筋肉がすべてを解決マッスルソルバー〉もいた。

 ゴーレムに対してヘビィアームドの攻撃力は絶対に欠かせないので、最適の選択だっただろう。

 事実、ストーンゴーレムにとどめを刺したのはキャプテンのマグノリアだった。


 それだけではない。

 討伐隊が少しでも早く地下三層にたどり着けるようにと独自に先遣隊を編成した人物がいた。

 音頭をとったのはスノウボウル・マーハーンだ。




『――ボクもいろんなダンジョン探索の配信を見てきたつもりですけど、地下三層までをここまで短時間で走り抜けたのは初めて見ました。もちろん複数チームによる連携だからできたことですけどね。ダンジョンにならここまで効率化、短時間化が可能なんですねえ」




 駆け出しの探索者たちの面倒を熱心に見てきた彼から手を貸して欲しいと言われて断る者は一人もいなかった。

 一時的なチームとして登録された先遣隊によって地下三層までのルート確保ができた。


 ギルドの方針決定から数時間後には討伐隊が例の大広間まで到達できたのは決して奇跡ではない。知識と経験、そして人柄と熱意の賜物だった。

 そして討伐隊は自己修復中の巨大なストーンゴーレムを見事に撃破した。




『――探索者ギルドはダンジョン内の魔物の生息位置、脅威度に変化がみられるとし、評価の見直しをすると発表しました。その間、ダンジョンへの立ち入りは禁止となります』




 これまで地下二層への立ち入りは8級、地下三層は6級、地下四層は最低でも3級であれば可能とされてきた。

 ちなみに段位ランクは個人が持つものだが、メンバー四人の平均ランクをチームのランクとして扱っている。


 たとえば、タンジーたちの〈不屈の探索者ドーントレスエクスプローラー〉ならば、2級のタンジー、3級のボールサム、4級のニモフィラ、5級のキャトリアだから平均すると3級となる。端数は切り捨てだ。


 だから旧基準においてもボールサムは地下四層に入ることならできただろう。

 もっとも、ギルドへの申請をしていなかったので許可なく足を踏み入れたことがバレたら説諭だけではすまなかった可能性が高い。

 そもそも行けるはずがないとニモフィラたちは思っていたのだが。




『――ダフォダル・ファーイースタン・ダニューブ公爵が、今後、王国内のいくつかの場所にスクリーンを設置する計画があると発表しました。公爵は『聖塔とダンジョンは危険な場所だが、我々に恵みをもたらしてくれる場所でもある。ダンジョンで鍛錬を積み、聖塔へ挑戦する若者が出てくることを期待する』という声明を合わせて発表しています』




 タンジーたちと力を合わせてダンジョンから脱出した俺たちは、指名依頼も無事に終えることができた。






 ダンジョンが閉鎖されている間は自由行動とした。

 探索での疲れをとるもよし、次の探索に備えて準備をするもよし、他のチームと交流を深めるもよしだ。


 俺は真っ先にスノウボウルとマグノリアに声をかけて酒を奢った。

 二人はどれだけ大変な行程であったかをたっぷりの誇張と一緒に語ってくれた。

 それを聞いて俺たちは大いに笑い、大いに歓談し、そして大いに騒いだ。

 たまにはああいう日があってもいい。


 日を改めて先遣隊と討伐隊に参加してくれた連中、全員に奢らせてもらった。

 いろんな話ができた。さまざまな噂話も聞いた。

 何度でもああいう日があってもいい。


 ヒサープから連絡があったので会って話を聞いたりもした。

 ササンクアの活躍は喜ばれている一方で、聖女が探索者として目立つのはいかなるものかと苦言を呈する者もやはりいるのだそうだ。

 自分ができる範囲ですがと前置きしたうえで、ササンクア擁護の活動を行っていると教えてくれた。ササンクアの兄弟子なのだ。頼りにさせてもらいたい。


 ティアたちに誘われてショッピングにも行った。

 荷物持ちとしてならば俺は優秀だ。

 なにしろ大きなスクリーンを10個以上も収納できるストレージを持っているのだから。

 しかし俺に求められているのはそういうことではなかった。

 まあ、その話を語ることもいずれあるだろう。


 個人的にはこの休暇中に古い知人に会いに行った。

 足が遠のき気味だったのだが、今回のことがあったので踏ん切りをつけられたのだと思う。

 その話もまた、いつか語ることがあるかもしれない。






 俺がギルドに入ると水を打ったように静かになる。


 入口近くにいた筋肉質の大男がこちらへ向かってきた。

 俺の前に立って覗き込むように見下ろす。

 他の者は俺たちの様子を見ているようだった。


「貴方もダンジョンですか」


 髭面の男――マグノリアが笑う。


「ああ。ようやく封鎖が解けたからな」


「そうですか。私たちもこれからです。ギルドからの依頼で地下四層の様子を見てくることになっています」


 そう言いながら上着の袖をまくってみせる。

 皮膚の表面を薄く覆うノービススーツを纏っていた。


「防寒装備はしっかり整えていけよ。それにあそこの魔物はどれも強いぞ。気を引き締めろ。救援要請があっても俺たちのチームでは地下四層まで行けないからな」


「勿論ですとも。油断はしません。間もなく次の大会のエントリーも始まりますからね。しっかりと戦闘訓練も積んできますよ」


 差し出されたデカい手を握り返す。


「じゃあな」


 マグノリアと別れて受付へ向かう。


 受付嬢のパチュリィはいつものようにすまし顔をしていた。


「こんにちは、ジニアさん。今日はどのようなご用件でしょうか」


「地下二層に降りるから計画書を持ってきた。確認を頼む」


 これまでは経験を積む、戦闘技術の向上を図る、アーティファクトを回収するといった自分たちの目的のためにダンジョンへ入る時は計画書の提出など必要なかった。


 しかしダンジョンの様相が変わってからはどの階層にどのチームがいるかをギルドが把握するために、事前に計画書を提出するのが義務となったのだ。


「はい。たしかに受領いたしました。地下二層ということは、狙いはストレージですか?」


「そうだな。それもある」


 まだローゼルがストレージを持っていないから、運よく見つけることができればいいのだが。


「見つかるといいですね。あ、それから懸案だったジニアさんのランクなんですが」


「お、やっと結論が出たのか」


「はい。暫定ではありますが5級となります。ご不満だとは思いますけど、ギルドマスターも各方面と調整をして最大限の譲歩を引き出しているので……」


「わかってるさ」


 アームドコートの召喚ができないのに5級なんて破格の扱いもいいところだ。

 オウリアンダに一杯ぐらいは奢ってやってもいいかもしれない。


「それではお気をつけて。これからもジニアさんたちの活躍を期待してますからね」


 笑って送り出してくれるパチェリィに手を振って受付カウンターから離れようとする。


「あの」


 背後から声をかけられる。


 振り返るとすらりとした鏡会のシスターが立っていた。

 その後ろにはよく似た顔立ちの少女が二人並んでいる。


「ダンジョン、いける?」


「ああ。ちゃんと計画書を提出したからな」


「ローゼルのストレージを必ず見つけますわよ!」


「うん。でも、ほかのがでたら、クアのだよ」


「ありがとうございます」


 今回の目的の一つはアーティファクトの入手だ。

 ストレージだったらローゼルに、それ以外のものならササンクアに割り当てが決まっている。

 俺には塔から持ち帰ったアーティファクトがあるから不要だ。

 今は彼女たちの装備を整えていくのを優先したい。


「今回は事前準備もばっちりですわ!」


 そう言ってティアがストレージから取り出したのは背の低いチェアだった。


「ササンクア様も忘れ物はありませんわね?」


「ええ。大丈夫ですよ」


 そしてササンクアが大きなパラソルをストレージから出してみせる。


「ローも、バッチリ」


 背嚢から取り出したのは小さな布切れだ。

 それを両手に持って俺に向かって突き付ける。


「シショーが、えらんでくれた」


 ざわり、と。

 ギルド内に緊張が走った――気がした。


 待って。ちょっと待って!

 こんなところでバカンスの道具を広げなくてもいいんじゃないですか!?


「海水浴、楽しみですわね! もちろん、前もって周囲の魔物は一掃して万全を期す所存ですわ!」


「言っておくが、俺たちは探索に行くんだからな」


「今回は地下二層に長期滞在の予定ですからね。その準備はちゃんとしてありますよとジニアさんにお見せしたかっただけですよ」


 ローチェアも日よけ用の傘も水着もここで出す必要なかったよね!?


「わかったわかった。じゃあ、行くか」


「はい!」


 三人の威勢のいい返事を背中で聞きながら、俺はダンジョンへと向かった。

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