第96話 英雄、客人を迎える

「これからの休息日はストレリチアの面倒を見ていくつもりなんだが、たまにで構わないのでみんなも顔を出してくれないか」


「いいよ。ローは、たのしかった!」


「もちろんですわ! 競い合う仲間が増えたようでワクワクしますもの。おじい様の本にはこうありましたわ。『ライバルは己の成長に必要なものだ』と」


 自分が持つ知識や技術を誰かに教えるということは、しっかり理解できていなければできないことだ。

 ストレリチアへの指導を通じてそのことに三人が気が付いてくれるのに期待している。


「私たちもストレリチアさんに負けないように難易度の高いことにも挑戦していきましょう」


「ダンジョンが再開しましたら地下三層に改めて挑みたいですわね!」


「でも……」


 ローゼルが申し訳なさそうな顔をしている。

 先日の転送トラップに自分が引っかかってしまったことを考えているのだろう。


「たしかに今のレベルに慣れてしまうのはよくない。だから少し難しいことに挑戦するのは悪いことじゃないと思う。上へ挑戦を続ける以上、そのレベルに慣れるってことはなくなるからな。でもそれは常に自分を鍛えていないとついていけなくなるってことなんだぞ。そこをちゃんと理解できてるか?」


「もちろんですわ! ですから、これからは依頼を受けるかどうかをわたくしたちに確認されずとも結構ですのよ。ジニア様の判断を信用していますもの」


「そうですね。私たちに探索者としての自覚を促すためにしてくださっていたのはわかりますが、これからはチームのキャプテンとして、普通に振る舞っていただければと思います」


「ローも、それでいいよ」


「わかった。そうさせてもらうよ。……うん?」


 もうすぐ家につくというタイミングで視線を感じた。


「どうかされましたか?」


 歩きながらさりげなく周囲を見渡してみるが、気になるものを見つけることはできなかった。


「いや、俺の思い違いのようだ」


 ドアに手をかける。


「おかえりなさいませ」


 家へ戻るとブルーベルが玄関で出迎えてくれた。


「お客様がお見えになっています」


「客?」


 誰だろうと首を傾げながらリビングへ行くと、カラフルな衣装のシクモアがソファーに座っていた。


「お邪魔している」


「驚いた。よく俺たちの家がわかったな」


「この国のギルドはそのあたりにうるさいようだったが、やり方は一つではないだろう。お邪魔するのならダンジョンが閉鎖されている今がいいかと思ってな」


「食事に招待するって話か。悪かったな、留守にしていて」


「いいや。こちらがアポイントもなく来たのだから気にしないでほしい」


 シクモアが花束を差し出した。


「これは?」


「目を楽しませてくれるかと思ってね」


 まるで彼女の着ている衣装のようにどれも色鮮やかな花だった。


「ありがとう。綺麗な花だ」


 ブルーベルに指示して花瓶にさして貰う。


「タイムは? いっしょじゃないの?」


「三人は宿にいる。大勢で訪れるのも迷惑かと思ってな。私だけお邪魔したのだ。この休暇中にジニアから貰った香辛料で新しい料理を作るのだとタイムのやつが張り切っていたぞ。いずれ食事に招待させてほしいそうだ」


「ほんと?」


 ローゼルが目を輝かせている。

 本当に彼の料理を気に入ったようだ。


「その時を楽しみにしているよ。じゃあ、食事にしようか。みんなも座ってくれ」


 ブルーベルに食後のお茶の準備を頼んで、俺も料理に取り掛かる。

 もっとも、レプリケーターとスクラップバーをストレージから取り出すだけなのだが。




「よい食事だった。やはり私はこういうしっかりした味付けのが好みだな」


「ローも。シショーの、すき。タイムのも、すき」


「ローゼルさんは美味しいお食事が大好きですよね」


「うん!」


 なんとも幸せそうな笑顔だった。

 日々に楽しみがあるのはよいことだ。


「シクモアたちの料理に比べると刺激が足りなかったかもしれないが、楽しんで貰えたのならよかった」


「我が国ではなんにでもスパイスを入れるからな。食べ慣れていない者だとそれを辛いと感じるのかもしれんが、実際は複雑な味をしているのだ。個人的には少し甘めの味付けが好みだな」


 そういえば飲み物の方は甘さを感じる味付けだった。

 聖古宮王国の食事事情は聖塔王国に比べると随分と恵まれているように思う。


「スパイスを使うのは料理や飲み物だけではないぞ。薬として使ってもいる」


「聖女のような癒やしの力を持つ人はいないのか?」


「いるぞ。私のチームではミルフォイルが聖人の称号を持っているからな。千切れた腕を再生させるぐらいのことはできる。まあ、私は滅多に傷を作らないので、あれの出番もほとんどないのだが」


 メイドのペチューニアがそれぞれの前にお茶を置いてくれた。

 フューシャのところに手土産で持っていったものだ。


「ふぅ。気分が華やぐいい香りの茶だ。落ち着く味がする。こちらでは食事の後はこういう茶を飲むのが普通なのかな」


「そうですわね。お茶とお菓子を楽しむ時間もございますけれど」


「ほう、そうなのか。それは楽しそうだ」


「よろしければ次はお茶会へご招待しますわ。用意ができましたら、こちらからお知らせいたしますわね」


「うむ。楽しみにしている」


「ダンジョンでタイムさんにいただいたお茶は不思議な味がしましたね」


「あれはチャイだな。私の国では茶葉とスパイスを一緒に煮込んで、それに牛乳を注ぐ飲み方をするのだ」


「甘くて苦い飲み物――カフワだったか。あれはどういう時に飲むものなんだ」


「眠気覚ましとかダイエットのためとかが多いかな。もちろん食後の一杯としても楽しむが」


 シクモアはダイエットが必要な体つきには見えない。

 女性の身でありながら、かなり鍛え上げられた肉体をしているのは衣装を着ていてもわかる。


「我が国では細身であることは美しいとされているからな。これでも気を使っているのだよ」


 晴れ渡った空のような色の大きな瞳が俺を見つめていた。

 どうやら俺の考えていることなどお見通しのようだ。

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