第97話 英雄、大会挑戦を決意する

 食事の後のまったりとした時間が過ぎていく。


「シクモアたちの目標はやはり塔に登ることなのか?」


「そうだ。我が国にある広大な迷宮は踏破してしまったからな。次の目標として聖なる塔に挑戦することにしたのだ」


 聞いた話では、聖古宮王国の大迷宮は聖塔王国のダンジョンの各階層を合わせたよりも広いらしい。

 それをすべて攻略したのならばあの実力にも納得がいくというものだ。


「当面の目標は地下四層に入って実力試しだな。可能であれば地下五層にも入ってみたいと思っている。三年前に発見されて以降、地下五層の攻略はほとんど進んでいないそうではないか。まだ誰も走破していない場所に足を踏み入れることに今から心躍っているよ」


「ジニアさんが所属していた〈頂上へ挑む者トゥーザトップ〉が地下五層を発見したんですよね」


「その話をスノウボウル殿から聞いていたので、こちらへお邪魔したというのもあるのだ。地下五層はどのような場所なのか、よければ教えて貰えないだろうか」


 なるほど。

 スノウボウルがカフワで売った俺の情報だな。


 とはいえ、そのことを責めるつもりはない。

 情報収集は探索者にとって必要なことだ。

 むしろシクモアのこの慎重さこそを見習うべきだろう。


「すまないが俺も詳しくないんだ。発見した時に少しだけ中に入ってみたんだが本格的な探索はしなかったからな」


「そうだったんですの?」


「そこまでの探索で疲労していたから地下五層の存在をギルドへ報告するのを優先したんだ」


「そうか。それは残念だ」


 とはいえ、シクモアの表情はとても残念そうには見えない。

 むしろ未知へ挑戦できることの喜びすら感じさせた。


「入口周辺だけで言えることとしては、地下四層よりも体を重く感じるのは間違いない」


「それも聞いた。ダンジョンの呪いというやつだな」


 俺としては呪いよりも、地下深い場所ほど体が重くなっている説を唱えたいところなのだが。


「地下三層で体が重いとは感じなかったか?」


「言われてみればたしかに。いつもよりも体のキレが悪かったように思う」


「それをより強く感じるのだと思ってくれ」


「なるほどな。助言、感謝する」


 地下四層よりも五層では確実に体が重くなる。

 こればかりは実際に体験してみなければわからないことだろう。


「なんで、シショーたちは、しらべなかったの?」


「調べるつもりだったさ。だから万全を期して準備をしていたんだが、そのタイミングで塔への挑戦を推薦されてな。目標を塔へ切り替えたから五層は調べられなかったんだよ」


「む。塔へ行くには選抜大会とやらを勝ち進めばよいのではないのか?」


「大会で優勝したチームには塔への挑戦権が与えられる。それ以外の方法として、ダンジョンで目覚ましい活躍をしたチームが貴族たちの推薦を受けて塔へ挑戦できることもあるんだ」


「なるほど。どちらにせよ大会で勝てば問題はないわけだな」


 簡単に言っているが、それを裏付けるだけの実力がシクモアたちにはある。


「そういえば私たちも大会に参加するんですか?」


「それなんだが……」


 腕組みをして考え込む。


 聖塔探索者選抜大会で優勝すれば塔へ挑戦する権利が得られる。

 その栄誉を得ようと戦闘訓練を積んでいるチームも多い。


 〈不屈の探索者ドーントレスエクスプローラー〉で参加した時に思ったのだが、戦闘技能だけを磨いてもそんなに意味があることのようには思えないのだ。


 もちろん探索には危険がつきものだから、最低限、自分の身を守れるだけの能力は必要だ。


 だが塔での探索において、明らかに格上を相手にして勝利しなければならないということはあまりない。

 危険は避けて通ることもできるからだ。


「私の個人的な希望を述べさせてもらうのなら、ジニアのチームと対峙してみたいと思っている。塔から生きて戻った英雄と戦うのは誉れだからな」


 そう言ってもらえるのは光栄だ。

 しかし、アームドコートの武装化までこなすシクモア相手に健闘したというビジョンすら見えないのだが。


「『目指すべき壁は高いほどよい。それだけ努力をできるのだから』――おじい様の言葉ですわ」


「ローも、でたい。シハンとも、たたかってみたいし。どれだけ、つよくなったか、しりたい」


「貴族推薦を目指すだけでなく、大会にも出場して塔へ行ける可能性を高めておくのもよいのではないかと思います」


 三人と一人の視線が俺へ向けられている。

 あと部屋の隅から二人分の視線も。メイドのブルーベルとペチューニアのものだ。


「わかったわかった。俺たちも大会に挑戦をしよう」


 シクモアの手が差し伸べられている。


「地下五層の情報を感謝する。それから、ライバルとして戦える日を楽しみにしている」


「お手柔らかに頼むよ」


 がっちりと握手をかわした。



 別れ際にストレージにしまい込まれたままだった謎の黒い豆を手渡しておいた。

 その豆からはなんとなくカフワの匂いと似ている香りがするからだ。


「きっとタイムも喜ぶだろう。感謝する。しかし貰ってばかりで申し訳ないな。なにかあれば遠慮なく言ってくれ。力になろう」


 笑ってシクモアが玄関を出る。

 すると路地から一人の男が姿を見せた。

 シクモアのチームの一人、パキラだ。


 どうやらシクモアが訪問中、ずっと外で待機をしていたようだ。

 俺が感じた視線の持ち主は彼だったのだろう。

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