第18話 英雄、依頼を探す

 初めてダンジョンに潜った三人娘には十分な休養が必要だったので、数日の休息期間を設けていた。

 ただし休んでいる間もノービススーツを常用するように伝えてある。


 その間に俺は新しい依頼がないかとギルドに来ていた。


 ダンジョンに入る目的は大きく二つある。


 一つは自分たちのためだ。


 より深い階層まで潜って経験を積む、戦闘技術の向上を図る、アーティファクトを回収するあたりが目的となる。

 これはいずれ塔を目指そうとしているチームに多いスタンスだ。


 もう一つがギルドで依頼を受けること。


 ダンジョンでしか得られないアーティファクトの回収であったり、特定の魔物を倒して魔核を得ることであったりが多い。

 探索で生計を立てているチームはこちらのスタンスが多いだろう。


 内容は同じようだが、前者が自発的な目的であるのに対し、後者は受動的な目的となる。

 あと依頼を達成すれば報奨金が貰えるのも違う点だ。


「さてと。駆け出しでもやれそうないい感じの依頼があるといいんだが……」


「ジニアさんがそうして依頼板を見ている姿って久しぶりですね」


「そうか?」


 受付嬢のパチェリィに声をかけられる。


「復帰されてからは一度も依頼を受けていませんからね」


「あー、そういえば。タンジーたちとは塔で生き残る訓練をするためにダンジョンに潜っていたからな」


「むしろニモフィラさんのためだったのでは?」


「……まあ、それもあるな」


 ここ数カ月はニモフィラに付きっ切りでサポートしていたからなあ。

 もっとも彼女には素質があったのか、あっという間に一人前になってくれたんだが。


「今度はあの三人ですね。しっかり鍛えてあげてくださいね」


「簡単には死なないようにするさ。そこはベテランの責任ってやつだからな」


 だからこそスノウボウルも新人に基礎を教えているのだと思う。


「どうですか、ジニアさんから見てあの三人は」


「素質はあると思う。特にササンクアは今のランク以上の実力があるな」


「たしか8級でしたよね」


「ああ。教義の関係で自分から攻撃できないと言っていたから8級止まりなのはそれが原因なんだろうな。双子も攻撃するときの躊躇いのなさはとても駆け出しには思えん。育てばいいチームになると思う……なんだ?」


 パチェリィがニマニマと笑っている。


「そういうジニアさんの顔を見るのは久しぶりだなーと思いまして」


「どういう顔してた?」


「一言で言えば、楽しそうですかね」


 そうか。俺は今が楽しいと感じていたのか。


「依頼なんですけど、こんなのはどうですか?」


 パチェリィが手にしていた束から一枚を手渡される。


「アーティファクト回収の依頼か。ん?」


 それはアーティファクトの中でもそれほど珍しくない代物だった。

 むしろ探索者の間では棒クズと同じ外れアイテム扱いされている。


「へえ。灰色袋グレーパックを欲しがる奴なんているんだな」


「いるんですよ、これが」


「なんとなく依頼主の予想はつくけどな」


「予想だけして私に聞かないところがベテラン探索者って感じですよね」


 依頼がギルドを介している以上、依頼主についてあれこれ問うのはマナー違反というものだ。


「グレーパックなら地下二層だな」


 ダンジョン初挑戦で南フロアはほぼクリアできたのだから、地下二層へ行くのは問題ないはずだ。


「なんとかなると思う。受けさせてもらうよ」


「ありがとうございます。あ、依頼主からの希望で入手するまでの映像が欲しいそうですからそちらも忘れずにお願いします」


「配信じゃなくて録画して提出するんだな。了解だ」


 パチェリィがもの言いたげに俺を見ている。


「なんだ?」


「えーと、今回の依頼とは直接関係はないんですけど、ジニアさんにはこれからも配信を続けてほしいなーとギルドマスターが言ってましたよ」


「貴族推薦を狙ってるから配信はしていくつもりだがギルドマスターの希望って聞くとなんだか裏を感じずにはいられないな」


「いえいえ。そんなことは全然、まったく」


 パチェリィはにっこりと笑う。

 駆け出しの探索者ならコロリと騙されるだろう笑顔だ。


「この前のミノタウロスを瞬殺する配信、すごい閲覧数じゃないですか。ご存じでした? 大会の決勝戦より伸びてるんですよ」


「あの試合は持久戦になって見た目に派手なところがなかったからなあ」


 その点、一撃でミノタウロスを倒した配信のが派手と言えなくもない。

 なにより短い配信だったしな。


「ゴールデンロッドさんに取り上げられたのもあるんでしょうけど、次の配信はまだなのかって声もありまして。ジニアさんのチームについて教えてほしいって聞きに来る人もいるんですから」


「教えてほしいもなにも、まだ結成したばかりのチームなのにな」


「勿論、ギルドスタッフとしての立場と節度は守って対応しておきましたのでご安心ください」


 無用のトラブルを避けるため、滅多なことでギルドスタッフが所属しているメンバーやチームについて口を開くことはない。

 そういう信頼の上でギルドと探索者の関係は保たれている。


「そんな注目されているジニアさんのダンジョンに入る時の心構え的な配信があると初心者さんたちも見てくださるんじゃないかなーと……」


「言っていたわけだな。ギルドマスターが」


 なるほど。

 スノウボウルみたいなベテラン探索者がやっていることを配信でより多くの人にやろうって腹か。


「それならギルドからそういう依頼を出してくれよ」


「そう来ますか。わかりました。ギルドマスターにその旨伝えておきますね」


「俺もメンバーに確認をとっておくよ」


 正式な依頼になれば報奨金がギルドから出る。

 俺個人としては無償で受けてもよかったんだが、チームでの配信となればそうも言っていられないからな。


「じゃあ、こいつの受注手続きを頼む。ダンジョンに入るのは明日の予定だ」


「わかりました。この作業が終わったら手続きしちゃいますから、少しだけ待っていてくださいね」


 束になった依頼書を持ったパチェリィは依頼板へ向かっていった。

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