第19話 英雄、ササンクアの兄弟子に会う
「おう、ちょうどいいところにおったわい」
声に振り返るとスノウボウルがいる。
「俺に用か?」
「うむ。ワシではなくてこの御仁がの」
スノウボウルの後ろに丸っとした体格の男がいた。
鍛えられた体ではない。むしろあまり健康的とは言えない体つきだ。
「鏡会の人が俺になにか?」
ササンクアと同じように男は首から小さな鏡をぶら下げている。
「ぼ、僕はヒサープ・ピナクルといいます。お察しの通り鏡会に所属する者です。ササンクアは僕の弟子なんです。あ、弟子というのは年長者が面倒を見ている者という意味なのですが……」
「生憎、ササンクアは休養をとっていてギルドには来ていない。用があるというなら俺が聞いておくが」
「ああ、いえ、その……なんと言いましょうか……」
ヒサープはプクプクした手をせわしなく動かしている。
「あの、ササンクアは……大丈夫なのでしょうか?」
「それはどういう意味で聞いているんだ」
ちゃんと話を聞こうと腕組みをすると、顔を引きつらせたヒサープが一歩後ずさる。
「おいおい。威してやるな」
「威してないだろ。ちゃんと話を聞こうと思って姿勢を変えただけだ」
「そうじゃったな。威してはおらんかった。ヒサープさんや。ジニアは話がわかる男じゃよ。ビクビクせずに聞いてみるといい」
小さな布で流れ落ちる汗を必死に拭いているヒサープはスノウボウルの言葉に何度か頷いた。
「ササンクアがダンジョンに入った配信を目にしまして。それでどうなっているのかと思った次第でして……」
「要領を得んな。つまりなにが聞きたいんだ。はっきり言ってくれ」
「ひぃ!?」
ぶわっと大量の汗が流れだして床に滴っている。
……これ、俺が悪いのか?
「ササンクアを心配しているようだが、アームドワーカーとしては優秀だと思っているぞ。そこらの駆け出しとはモノが違う。探索者としての経験はこれからダンジョンで積んでいくことだから、どこまで成長できるかまではわからんがな」
「そ、それです!」
「どれだ?」
「ダンジョンというやつです」
「なるほど。ダンジョンに入るのはあんたたちからは危険な行為に見えるんだろうな。だが安全マージンをしっかりとってやっていくつもりだからそんなに心配しないでほしい」
絶対に安全だとは口が裂けても言えんが、ランクに見合わない階層へ降りたり、ボスと戦ったりはしないつもりでいる。
今回の依頼で地下二層へ行くことだって、俺の知識と経験から問題ないと判断しているのだし。
勿論、彼女たちが無理だと判断するのならキャンセルしようと思っている。
「ジニアは優秀な探索者じゃ。なにより塔を経験したタワーノートじゃからな。駆け出しがチームを組む相手としてこれほど頼りになる男はおらんぞ」
スノウボウルにそうやって褒められると尻の辺りがムズムズしてくるな。
「ああ、いいえ。そういうことではないのです。僕たち鏡会に所属している者にとってダンジョンは不浄な場所ですから。そんな場所へササンクアが入ったと知って心配になってしまって……」
それについてはササンクアも言っていたな。
「ここだけの話にしていただきたいのですが、チュウゲン様からアームドコートの召喚ができる聖女をチームに入れたいと強い要望がありまして……上層部も相当悩んだ末にササンクアを送り出したのです。しかし、いつの間にかチュウゲン様のチームは解散になってしまい、ご本人は別チームに移籍してしまったではないですか」
貴族からの強い要望っていうのは露骨な圧力ってやつに間違いない。
どうやらかなり強引な手を使ってササンクアをチームに加えていたんだな。
チームが解散したのなら鏡会へ戻ってくるのだろうと思っていたら、ササンクアは別チームに参加しており、しかもダンジョンに潜っていたと知って兄弟子であるヒサープは居ても立っても居られなくなったのだそうだ。
「今ならまだ大きな問題にはならないと思います。ですから、できるのなら鏡会へ戻るようササンクアに伝えてくれませんか」
「……わかった。本人に確認をとってみる」
「ありがとうございます。あなたが話のわかる方でよかったです」
これについては俺がとやかく言えるものではないから本人の意思を尊重するしかない。
「だけどな、ササンクアが鏡会に戻らないと言ったらどうするんだ」
「それはそれで構わないと思います。彼女が選んだことですから」
「兄弟子だから心配で連れ帰りにきたんじゃないのか?」
「ボクが来たぐらいで素直に帰る子じゃありませんから」
笑いながら汗でぐっしょりの布をヒサープは絞った。
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