第135話 22 英雄、食欲を刺激される

「今日の食卓は賑やかですわね! とても楽しいですわ!」


 貴族の娘らしく着飾ったティアがきらびやかな衣装に似つかわしくないほど顔中を口にして笑っている。


 実際、シクモアたちを招いて開いた食事会は大変楽しいもので、際限がないのではないかと思うほど盛り上がっていた。


 次から次へと運び出されてくる料理はシクモアのチームメイト、タイム・ヴァッラブバーイーがこの家のキッチンで調理したものだ。

 テーブルに並べられる料理はどれも目に新しく、これまでに味わったことのないものばかりだった。


「とても香りが豊かで、それでいてこれをなんと表現したらいいんでしょうか。ビリビリした痺れる感じに口の中びっくりしているというか、でもそれが不快ではないと言いますか……」


「からいのに、あまいの! でも、おいしー!」


 どの料理も刺激的な味付けだった。

 変化の乏しいこの国の料理とは大違いだ。


「香辛料一つでこうも味が変わるとはなあ」


 たしかにローゼルの言うように口の中に刺激があるのだがなんとなく甘いのだ。

 そして美味い。

 ふんだんに使われている香辛料によって食欲が刺激されるのか、次々に口へ運んでしまう。


「楽しんでいただけてなによりだ。ジニアから珍しい香辛料を貰ったおかげだよ」


 同じテーブルについて微笑んでいるのは聖古宮王国からやってきたシクモア・ディーウだ。

 今日は転送トラップの件で協力して貰ったお礼のために食事会へ招待していた。


「俺たちばかりがタイムの料理を楽しんですまない。本来なら手を貸して貰ったお礼の場だったんだが」


「気にすることはない。タイムは食事を喜んで食べてくれるのをなにより喜ぶ男だ。私は私でジニアの複製器レプリケーターの料理を楽しませて貰っている。あの時の報酬としてはこれで十分。他になにを望むことがあろう」


「これは不思議な仕掛けですね。タイムが持っているレプリケーターとは仕様が異なるようです」


 俺が出した料理を一つひとつ味わって食べているパキラ・サルダールだった。

 その隣では口髭を生やしたミルフォイル・パテールが無言で口を動かしていた。


「タイムのは素材を入れても食料にはならないのか」


「ええ。変換されてできるのは香辛料ばかりです。もっとも、それこそタイムが欲しているものなので問題はないのですが」


 そうしてできた香辛料を混ぜ合わせて独自の味付けにしているのだそうだ。


「そもそもレプリケーターはダンジョンでも地下四層でないと手に入らない珍しいものなんだが、迷宮ではどうなんだ?」


 使っている俺が言うのもなんだが、こいつの原理はよくわかっていない。

 材料になるものを入れると必要とするものが作り出されるというのを知っているだけだ。


「珍しいと言えば珍しいですが、そこまで手に入らないというほどではありません。もしかするとジニア様のお持ちの物とタイムの物は全く別物という可能性もあります。ジニア様のレプリケーターはどこでも温かく美味しい料理が食べられるのですから希少性が高いのかもしれませんね」


 料理を作り終えたタイムがリビングへ戻ってくる。


「悪いな。招待したのに料理を作って貰って」


「とっても、おいしかった!」


「お腹がいっぱいになってしまいましたわ」


「聖古宮王国はきっと豊かなところなのでしょうね。いろいろな味が楽しめました」


 それぞれの感想を微笑みながらタイムは聞いていた。


「楽しんでいただけたのなら幸いだ。食後のカフワです。先日、ジニア様からいただいた豆を使っています」


 カップから立ち上る香りが鼻腔をくすぐる。


「図らずも今日の食事会は互いの祝勝会にもなってしまったな」


 カップの香りを楽しんでいるシクモアが呟いた。

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