第78話 英雄、段位を語る

「お主も彼女のことが気になるのではないかと思ってな」


 スノウボウルは笑いながら空いていた椅子を引いて座る。


「なぜそう思うんだ。っていうか、勝手に座るなよ。今はミーティングの最中なんだぞ」


「かたいことを言うな。なんだ、酒を飲んどらんのか。探索から帰ってきた打ち上げの場なんじゃろ」


「このメンツで酒を飲むと思ってるのか。それに酒ならこの前、奢ってやっただろ」


 先日の事件に際して、先遣隊を率いてくれたスノウボウルと討伐隊で巨大ゴーレムを倒してくれたマグノリアには感謝の気持ちを込めて個人的に酒を奢らせてもらった。


「うむ。あれはいい酒だった。タダ酒より美味い酒をワシは知らん」


 大笑いをしているが、まさかすでに酔っぱらっているわけじゃないよな。


「それで、どうして俺がシクモアのことを気にしていると思ったんだ」


「なんじゃ、知らんのか。彼女はお主のことを知っておるというのに」


「俺のことを?」


「ジニア様は英雄なのですから、他国にその名が知られていてもなんの不思議もありませんわ」


「どうやらこの国へ来る前にいろいろと調べておったようじゃぞ」


 言いながら、スノウボウルがトントンとテーブルを指で叩く。

 ここから先は有料ということだ。


「わかったわかった。酒を一杯頼む」


 店員に注文をすると、スノウボウルはにんまりと笑う。


「実はな、チーム登録をしにギルドへ来た際に彼女たちと少し話したんじゃよ」


「つまりシクモアの知っている俺の情報はスノウボウルが教えたってことだな。そこでも酒を奢って貰ったんだろ。二重取りじゃないか」


 さっきの注文をキャンセルしてやろうか。


「違うちがう。酒は奢ってもらっとらん」


「違うのはそこかよ」


 どうせなら情報を売ったところを否定してくれ。


「かの国では飲酒が禁止されておるそうでの。かわりにカフワとやらをご馳走してもらったわい。ところで、お主は聖古宮王国についてどの程度知っておる」


「この国の北にあることと、迷宮と一緒に栄えていることぐらいだな」


「わたくしはもう少し存じていますわ。砂漠に囲まれているために夏は暑く、冬は時に零下にまでなるほど寒暖の差が激しいところですわね。ジニア様たちもご存じのように迷宮と共に栄える国で、今の国王はルドベキア・ネルール様ですわ」


「ということは、シクモアはその国王の関係者ってわけか」


「先ほど思い出したんですの。たしか第三王女がシクモアというお名前だったはずですわ」


 ティアは貴族だけあってこの方面の知識に明るくて助かる。


「シクモアは迷宮を走破した迷宮走破者メイズランナーだと名乗っていたな」


「話を聞いたところ、迷宮走破者メイズランナーは広大な迷宮をすべて走破した者にのみ与えられる称号だそうでの。さしずめこの国の聖塔探索士タワーノートといったところのようじゃ」


「聖塔から戻った英雄ではなく、迷宮をすべて巡った英雄か。それなら実力者なのも頷ける。地下二層で見かけたんだが、ディープアリゲーターを吹き飛ばしてたよ」


「ほっ。それはそれは。さすがじゃの」


 パワーを誇るヘビィアームドではないかと思っていたが、先ほどの配信ではほっそりとしたシルエットの軽甲腕ライトアームドを召喚していた。

 軽量でスピード重視のライトアームドでディープアリゲーターを吹き飛ばすだけのパワーを出すとは驚きだ。


「生配信で見たシクモアさんのアームドコートは変わった形をしていましたね。あれはあちらの国の特徴なんでしょうか」


「右手がすごく長くなってましたわ。そしてまるで刃物のように鋭かったですわね」


「ゴーレム、まっぷたつ、だった」


「あれはアームドコートの武装化だよ。1級を超えて段位に入ると使えるようになるんだ」


 三人は目を丸くして驚いている。


「段位というのは聞いたことがありませんわ。おじい様の本にもそのような記述はなかったと記憶しているのですけれど……」


「そこまでいかずにほとんどの人が引退するからな」


 俺は塔に入る時点で1級の放甲腕シュートアームドだったが、塔を登って半年が過ぎる頃から明らかに能力が向上していた。

 これが噂に聞いていた段の位だと認識できたほどだ。


 段位ともなればアームドコートを自分のスタイルに合わせて変化させるのも容易になる。

 シクモアの右腕が柔らかい鞭のような剣になっていたのはそれだろう。


「ランクには1級よりも上があったんですね。私たちもいつかそこまでたどり着けるでしょうか」


「塔を頂上まで登ることができるのなら段位すら超えられるかもしれんぞ」


 目を輝かせている三人が微笑ましかった。


 その時だ。


「うるさいですね! もう話すことはありません。己は帰ります」


 食堂に響くような荒々しい声がした。

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