第132話 19 英雄、激励を受ける

「やりました! やりましたわ! わたくしたちが勝ったのですわ!」


 両手を高く上げながらティアが快哉を叫ぶ。


「ローは、ちゃんと、オトリになれてた?」


「はい。チューベローズさんを引き付けてくれたお陰でアンチガードシェルに閉じ込めることができましたからね」


「えへへ。よかった!」


 相手を発見するために建物の探索をするのは想定外だったが、戦闘については事前に用意しておいたプラン通りに進めることができた。

 これも今日を見据えて準備してきたからこそだ。


「みんな、いい動きだった」


「練習に付き合ってくれたタンジーさんたちにもお礼を言わないといけませんね」


「それでしたら、お食事にご招待いたしましょう。きっと喜んでくださいますわ!」


「それなら、ローの、グレーパックを、出すよ!」


 控室で盛り上がっているとノックがあった。


「盛り上がっているところ悪いですねェ」


 のっそりと部屋に入ってきたのはチューベローズだ。

 気のせいかスッキリしたような表情をしている。


「なにかご用ですの?」


 問いかけるティアの声にトゲはない。

 試合でのことは文字通り水に流したのだろう。


「いえね。勝ったチームにエールの一つでも送ろうかと思いまして。正直、驚きましたよ。とても結成して半年足らずのチームには思えませんでした」


「そういえば戦いを始める前にもそんなようなことをおっしゃってましたね」


「それが、参加した、目的だって、いってた」


 チューベローズは口元を歪めて大きく息を吐く。


「結成して間もないチームがダンジョンの深い階層に挑めるはずがないと思い込んでいたんでしょうな。そんな無謀な話があるか。ギルドはなにを考えているんだ。探索者は時間をかけて大切に育てるべきだと思っていたのです。あの時は随分と生意気な口をききました。申し訳ない」


 ペコリと頭を下げる。

 チューベローズが言っているのは転送トラップで未帰還となったチームを救出する時の話だ。


 俺たちも救出チームとしてギルドから声をかけられたのだが、ベテラン探索者であるチューベローズやナンダイナから懸念の声が出るのは当然のことだったと思う。


「いや。そう思うのはむしろ正しい。俺だって同じ立場なら反対していたと思う。ただまあ、なんと言えばいいのかな。俺はそれなりに探索者として経験を積んでいて、彼女たちにそれを全部教えようと思っている。だから他の駆け出しに比べると成長が早いのかもしれない。なにより、みんな優秀だからな」


 堂々と三人を自慢する。


「たしかに。身をもって知りました。まずあの魔法です。あれは本来、防御専用のものなのでは?」


「はい。物理攻撃なら完全に防ぐことができます」


「……どういう思考をしてたらそれを相手の分断に使うって発想に至るんですか」


「防御用の魔法だが、それだけにしか使えないとは言ってないからな」


 呆れたようにチューベローズが肩をすくめる。


「ヘビィアームドのお嬢さん。あんたは怖いもの知らずですな。こう見えて自分は2級のライトアームドなんですよ。よく正面切ってタイマン張りましたな。しかも連続攻撃がなかなか途切れない。普通なら途中で一息つくところでまだ拳を振るっていた。どんな訓練をしていたんですか」


「ん-と、たくさん、練習した」


 本当にそれだけなのだ。

 プラス、ノービススーツによる肉体強化の効果もあるのだろうが、あのスタミナは純粋に訓練の成果と言っていいだろう。


「ライトアームドのお嬢さんのスピードには目を見張りましたよ。仲間が完全に翻弄されてましたからね。秘密は足回りまで覆っていたアームドコートにあるんでしょうか」


「そうかもしれませんわね。安心感があるので思い切って動けるというのはあると思いますの」


「なるほど。ああいうアームドコートもありえるんですな。目から鱗が落ちました。どうやら自分はこうあるべきといういらぬ常識に囚われ過ぎていたようです。今回はいい勉強になりました。試合後の大切な時間にお邪魔して申し訳ない。自分はこれで失礼します」


 背中を見せたチューベローズに声をかける。


「次はマグノリアたちとの試合だろう」


「ええ」


「強いぞ」


「知っています」


「大会の常連だけあって対人での戦い方をよく知っている。魔物相手とは立ち回りを変えた方がいいだろうな」


 後方に残したガードアームドをリーダーにするみたいなわかりやすい手は避けた方がいいだろうと言い添えておく。


「はは。アドバイスありがとうございます。こちらにも探索者として長く一線でやってきた意地がありますからね。簡単には負けないつもりです」


「そこは必ず勝つと言うべきだと思いますわ。わたくしが知っている〈危険な快楽デインジャラスプレジャー〉といえば、無理なことでも絶対に弱音を吐かない、どんな危機であろうとも笑って飛び込み、そして必ず生還する。前だけを真っ直ぐに見据えた尊敬すべきチームですもの」


「これは……参りましたな。そのような高評価をいただいているとは」


「あの地下室の水責めは壁に細工がしてあったのだろうとジニアさんが言ってましたけど、それは事実なのですか?」


「ええ。試合が始まってすぐにあそこで工作をしていたんですよ。素直に入口から入ってくれば分断して各個撃破するか、最悪でも地下へ誘導して混乱状態に陥らせて戦うつもりでしたが、まさかああいう形でトラップを発動させる羽目になるとは。予想の上をいかれました」


 短時間であれだけの仕掛けをするとは、一線でやっている探索者は伊達ではないな。


「探索は、シショーに、おしえて、もらってる。だから、得意」


「侵入方法だけでなく、手際のいい探索でした。ダンジョンでも同じように行動しているのだろうというのがわかりましたよ」


 にっこりと笑う。

 意外に愛嬌のある男だった。


「まだ一敗しただけです。これから巻き返しますよ。そちらもご武運を。それでは」


 そう言い置いて去っていく。


「やはりチューベローズ様は尊敬すべき方ですわね」


「自分たちに勝った相手を素直に称賛できるところは見習いたいですね」


「ローも、すき」


 チューベローズは三人に好印象を残していった。

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