第146話 33 英雄、反省会をする

「……本当に申し訳ございませんでした。わたくしがあそこで突出したせいです。調子に乗って動き、孤立してあっさり倒されてしまいました。すべてはわたくしの浅慮のせいです。ごめんなさい……」


 声を震わせながらティアが謝罪した。


「ティアは、わるくない。ローは、一人しか、たおせなかった。もっと、たおさないと、いけなかったのに」


 悔しそうにローゼルは唇を噛みしめている。


「あの時、逃げるのに夢中で離れすぎてしまいました。アンチガードシェルが解除されたのはそれが原因です。距離を意識しながら移動していたら防げたミスでした。すみません」


 ササンクアも反省の言葉を口にした。

 力ない三つの視線が俺へ向けられる。


 〈筋肉がすべてを解決マッスルソルバー〉との一戦を終えた俺たちは控室に戻っていた。


「途中まで上手くいきすぎて地に足が着いていなかったかもしれないな」


 実際、マグノリアを孤立させ、さらに倒れた大木で相手チームを分断できたところまではこれ以上ない展開だったのだ。

 しかも先に一人倒すこともできた。

 ここでこの試合に勝てるという意識が芽生えたのかもしれない。


「格上相手だと一瞬の隙をつかれて流れを一気に持っていかれることがある。今日の試合のようにな。常に冷静に状況を見て、その時その時に最善の選択をできるようになるのは簡単じゃない。だができないことでもない」


 ダンジョンで魔物と対峙した時は倒すことが唯一の選択ではない。

 避けることができるのであれば避けていい。

 そのように俺は教えてきた。


 理由は簡単。

 探索者にとっては生き残ることこそを最優先すべきだからだ。


 先へ進むためにどうしても倒さなければならない相手であれば、自分たちが生き残る術を確保してから倒し方を検討する。

 そういう優先順位をつけてきた。


 だが大会ではそうではない。勝つことがすべてだ。

 戦い、勝つことも大切なのだが、避けられる戦いを避けられる者こそ優れた探索者であると俺は思う。


「マグノリアたちからポイントを奪ったことは胸を張っていいぞ。あのローゼルの一撃はとてもよかった」


「ほんと?」


「ああ」


 上級のヘビィアームドを必殺技の一撃で倒したのだ。十分すぎる戦果だと言える。


「ローは、たよりに、なる?」


「もちろんだ。これからもその調子で頼むぞ」


 ローゼルの頭を撫でてやると、ふにゃりととろけるような笑顔になった。


「序盤のティアは上手く誘導してくれていたな。俺たちが罠を準備するだけの時間を稼ぎつつ、狙い通りの場所へ相手を引き込めたのはティアの行動があってこそだ」


 頬を濡らしたままのティアは力なく微笑んでいる。

 流れを傾けてしまうきっかけになった自分の行動をまだ気にしているのだろう。


「前回の大会でニモフィラ様は〈筋肉がすべてを解決マッスルソルバー〉との戦いの際、連続攻撃を三人目まで回避されていましたわ。わたくしが同じことをできていたらこんなことにはならなかったはず。己の実力のなさを痛感いたしました……」


 そういえばティアにとってニモフィラはライトアームドとしての目標だったな。


「ああ見えてニモフィラは血の気が多いからな。殴り合いは上等なんだよ。相手と対峙する時の覚悟がティアとは違うんだと思う」


 驚いたのか、ティアはポカンと口を開けている。


「そのせいかな。しょっちゅう、タンジーと戦闘訓練をしているんだ。ライトアームドであそこまで近接戦闘を得意としている奴は少ないと思うぞ」


「……なおさら自分を情けなく思います。タンジー様にはヘビィアームドとの戦いを想定した練習に付き合っていただいたのに結果を残せなかったのですから。自分が不甲斐ないです……」


「相手を見てどう動くか考えろとタンジーに言われていたな」


「……はい。だというのにわたくしは見境なく突出してしまい……」


「それはできていなかったわけじゃないと思うぞ。試合が始まってしばらくは相手を引き付けておいてくれただろう。これはまさに相手がどう動くかを想定していた証しだ」


「そう、でしょうか……」


「俺が思うに、ティアは状況を動かす、あるいはとどめる行動が自然にできているように思う。これは魔物との戦いでも有効だぞ。状況を見て加勢したり事態を硬直させたりなんていうのは言うのは簡単だがやるのはすごく難しい。これからはそこをなんとなくでやるのではなく、意識してみたらどうだ」


 心なしかティアの瞳がキラキラと輝いているようだった。


「それはとてもやりがいがありそうですわ! 『仲間のために動けるのが本物の探索者だ』とおじい様の本にもありましたもの。皆様のために、わたくしも動けるようになりますわ!」


 前のめりなのはいいことだ。

 こういう状態なら貪欲にいろいろなことを吸収していけるだろう。


「あの場でのササンクアの立ち位置は俺が気を付けるべきだった。だが生憎と俺には腕が二本しかなくてな。ローゼルしか連れていけなかったんだ」


 少し茶化したような言い様に、ニモフィラの口元が緩んだ。


「私は最後方に控えていることが多いですから、皆さんの位置を常に把握して、適切な位置取りをできるようになるべきだと思いました」


「そうだな。これから経験を積んでいけば自然と身についていくとは思うが、意識していればそれだけ上達の速度は早くなる。なによりそこに自分で気が付いたのはすごくいいことだと思う」


「思えばラークスパーさんとミーゾリアンさんは言葉を交わすことなく互いの動きを理解していたようでした。ああいうところを見習わないといけませんね」


 ラークスパーに俺たちをけん制させ、その間に状況を打破すべくミーゾリアンが大木を断ち割った。

 あの一連の動きにおいて言葉によるやり取りが一切なかったのは事実だ。


 互いが必要だと思った行動をとる。

 そしてそれが自然と連携になっている。

 それこそがチーム力と言ってもいい。


「俺たちにはまだまだ足りないところが多い。それがわかっただけでも大会に参加した意味はあったな」


 戦闘能力を競う大会に意味をあまり感じていなかったが、どうやらそれは俺の早とちりだった。

 こうして個人とチームの不足している部分が見えるようになったのだから意味はある。

 ダンジョンに潜るだけでは気が付けなかったかもしれない。


「次は決勝トーナメントだ。一つでも勝ち進めるように練習をしよう」


 すっかり元気を取り戻したティアが右手をあげる。


「せっかくですもの。決勝までいってマグノリア様たちにリベンジしたいですわ!」


「そいつはいい。成長したところを見せつけてやろう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る