第147話 34 英雄、頼んでいた情報を聞く

「こっちじゃ」


 そこそこ席が埋まった食堂に入ると声をかけられる。


「すぐに大会の本選が始まるというのに、わざわざ足を運んでもらって悪いの」


「いや。構わんよ」


 テーブルにはいくつかつまみが並んでいる。

 当然、スノウボウルの前に置いてあるジョッキには酒が入っていた。

 席に着いて自分の食事を注文する。


「なんじゃ。飲まんのか」


「この後に訓練があるんだよ」


「前もそう言っておったの。感心感心」


 腹に手を当て、大口を開けて笑うスノウボウルはぐいとジョッキをあおって喉を鳴らす。


「マグノリアたちにはコテンパンにやられておったの。どうじゃ、嬢ちゃんたちの様子は。落ち込んでおらなんだか?」


「初めての負けで凹んでいたが、思っていたよりもすぐに元気を取り戻したな。それぞれの課題も見えたのもあると思うが」


「それは結構。命を失わずに自分の失敗を振り返る場が得られたのだと思えばお釣りがくるだろうて」


「ふーん」


「なんじゃ」


「いや。俺もそんなようなことを思ったからさ。大会に出て戦闘技能を競うことに意味があるのかと思っていたんだが、やってみてわかったことがあったよ」


「塔に行ったお主に言うのもどうかと思うが、少し頭でっかちになっておらんか?」


「諫言、耳に痛い」


 スノウボウルは口元だけで笑ってからジョッキを空にする。


「あの男についてじゃがな」


 俺を見て、それからジョッキへ視線が向けられる。


「酒を一つ頼む」


 店員に注文するとスノウボウルが笑った。


「お主は昔からそういう気遣いができる奴じゃった」


「あんたは昔からたかりクセがあったな。まあ、この一杯については依頼の謝礼だと思っておいてくれ」


 ボールサムが新しいチームを結成したこと、そして可能ならば〈不屈の探索者ドーントレスエクスプローラー〉がどうして転送トラップに引っかかってしまったかを調べて欲しいと頼んでいた。


「一杯では足りんのお」


「わかったわかった。今日は好きなだけ注文してくれ。俺のおごりだ。当然、それだけの情報が貰えるんだよな」


 スノウボウルがニヤリと笑う。


「前もって今のチームを結成しようとしていたのは間違いないようじゃ」


 いきなりの確信に、俺も姿勢を正す。


「チームメンバーのファックスグラヴ・トウセイとカレンジュラ・ヨンナムは幼い頃から付き合いがあったようじゃ。家同士にも繋がりがあるし、年が近いのもあるんじゃろう。もう一人、ポメグラネイト・ウンナンを加えた四人は自らを四象ししょうと呼び、よく徒党を組んでおったらしい」


「四象っていうのがわからんのだが」


「ワシも詳しくは知らん。なんでもあやつらの祖先をなぞらえているらしい。東方にあった大国の血筋だったからそこの風習ではないかの」


「そのうち三人が集まってチームを組んでいるわけか。もう一人は鏡会の聖人だよな」


「ヘリオトロープ・ブルーワン。若い頃は探索者として活動しておった。ワシも一緒にチームを組んだことがある。ガードアームドとして頼りになる人物じゃった。ある時、神の声が聴けるようになり聖人になったがの」


「貴族なのか?」


「うむ。まあ、悪い御仁ではないが、あの頃から価値観の相違を感じることはあったかの」


 ササンクアは平民出身だから、今度のチームは貴族で固めたのかもしれない。

 ただし鏡会では聖人が探索者になるのを歓迎していない風だったから、チームに迎えるにあたり圧力をかけた可能性も考えられる。


「例の騒ぎのあと、ボールサムは親戚のウンナン家が持つ屋敷で生活しておったそうじゃ。これは屋敷で世話していたというメイドから聞いた話じゃから間違いないじゃろう」


「はぐれたタンジーたちのことをギルドに報告せずに、ぬくぬくとお屋敷暮らしをしていたのか?」


 なにを考えているのだ。

 チームメイトが危機に陥っているのなら、真っ先にすべきことがあるだろう。


「うむ。どうやら転送トラップについてなんらかの情報を持っておったようじゃぞ。なんでもトラップを確実に作動させる仕掛けがあるらしい」


「キーワードの組み合わせだな。シクモアもから聞いた。あちらの国では転送トラップをショートカットとして有効活用しているそうだ。行き先を告げてから転送と言えば作動させることができる。しかし、そうか。あいつはそのことを知っていたんだな……そうか」


 握り締めた拳が鈍い音を立てる。


「とはいえ、それを問い詰めたところで認めるような奴ではなかろう」


「……そうだな」


 転送トラップの作動条件を知っていただろうと指摘したところでなにができるわけでもない。


「チームが奴をダンジョンで見捨てたと言っていたが、事実は真逆じゃないか」


 幸いなことに、今のところはタンジーたちに圧力はかかっていないようだ。

 ここしばらくは模擬戦に付き合って貰っていたから、なにかあれば態度に出ていただろうが、そんな様子はまったくなかった。


 とはいえ、この先もなにもないとは言えない。

 むしろ時機をうかがっている可能性だってある。


「そう怖い顔をするな。酒を持ってきた店員が怯えておったぞ」


「……悪い」


「お主の気持ちもわかる。微力じゃが次はワシも力を貸そう。お主は一人ではないんじゃ。それを忘れてくれるな」


「ああ。感謝する」


「お主はあれじゃな。昔から不器用というか、なんでも自分でやろうとするというか。そういうところがあるのぉ」


「年を重ねて少しは成長していると思うんだが」


「出会った頃のお主であれば、全部自分でやるから手を出すななどと言っておっただろうしの。そこからは成長しとると言ってもよいか」


 どうにも昔を知っている人の前ではやりにくかった。

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