第145話 32 英雄、主導権を握られる

「一気に畳みかけますわ!」


 離れて場所から状況を見守っていたティアが駆けつけてくる。


「無理はするな!」


 倒れた巨木のこちら側に俺たち三人が固まっている。

 逆に言えば、あちら側はティア一人しかいない。そしてそこには相手が二人残っている。


「甘く見られたものだ」


「舐めるなよ、お嬢ちゃん!」


 いかん。

 一対二だけでも厳しいのに、中級止まりのライトと上級のヘビィでは相性の上でも最悪だ。


「ササンクアはここで魔法を維持。ローゼル、いくぞ」


「はいっ」


「うん!」


 右腕でローゼルを抱え、大木の向こう側へアンカーを射出する。

 軽く地面を蹴って空中へ身を躍らせた。


「ティア! いまいく! まってて!」


 木を超えた時だった。


「きゃあぁぁ」


 攻撃を受けたティアの体がすごい勢いで地面を転がっていく。


「ティア!」


 俺の腕をローゼルが振り払っていた。


「待て、ローゼル!」


「よくもティアを!」


 そのまま真下にいるラークスパーめがけて落下していく。


「戦力の逐次投入とは愚かな行為だな!」


 ラークスパーは迎え撃つべく構えをとった。

 空中にいては取れる選択肢が限られる。

 このままではカウンターで撃ち落とされるのは火を見るよりも明らかだ。


「ちっ」


 咄嗟に右手のワイヤーを射出してティアに引っ掛ける。


「むんっ」


 迎え撃つラークスパーの右腕が空を切った。


「わ、わわ!?」


 ギリギリのところでティアを捕まえることができた。

 両腕のワイヤーを巻き上げて高所を確保する。


 倒れたティアに起き上がる様子はない。どうやら今の一撃で戦闘不能になったようだ。


 下を見るとラークスパーがこちらを見上げていた。

 数の上では互角。

 しかし俺はアームドコートがないから殴り合えるのはローゼルのみ。

 なんとか一人を俺の方へ誘き寄せ、ローゼルが一対一で戦える状態に持ち込む必要がある。


 どうやってそこへ持っていくかを思考したわずかな間。

 俺たちから視線を外さないラークスパーと背中合わせで立っていたミーゾリアンが構えた。

 そして倒れた大木へ向かって手刀を振り下ろす。


「ふんっ!!」


 メキメキと嫌な音を立てて生木が裂ける。

 地面が揺れ、真っ二つにされた木が跳ねる。


 裂けた木と木の間から見えるのは顔色をなくしたササンクアだった。

 ミーゾリアンは躊躇うことなく隙間へ向かって突っ込んでいく。


「逃げろ、ササンクア!」


 俺の声に反応したササンクアが背中を向けて駆け出す。

 しかしミーゾリアンはすぐ背後まで迫っていた。


「ラークスパーを頼む!」


「うん!」


 ローゼルは木に沿うように落ちていく。

 この位置なら、いざという時に木の幹を蹴って方向を変えることができる。


「間に合えっ」


 空いた右手のワイヤーをミーゾリアンに向かって放つ。


「来るのがわかっていればこの程度!」


 サイドステップでかわされてしまった。

 ワイヤーの先端が地面に突き刺さる。


「まだだ!」


 自身を木の幹に固定していた左手のワイヤーを切り離し、ミーゾリアンへ時間差で射出する。


「正気か!?」


 今度は命中させた。

 ワイヤーが絡まり、ミーゾリアンの足が止まる。


 だが支えを失った俺の体が落下を始めていた。

 地面に刺さったままの右ワイヤーを切り捨て、新しいワイヤーを頭上へ向けて放った。


 落下が止まる。


「なっ!?」


 止まっていられたのはわずかな時間だった。

 ワイヤーに絡めとられたミーゾリアンがジリジリと前へ進んでいる。


「く、この……」


 なんとか引きとめようとする。

 だがアームドコートのあるなしでは出せる力が違い過ぎた。


 ぶら下がるために頭上へ打ち出したワイヤーが外れて俺の体が再び落下する。


 地面が迫ってくる。

 ただの自由落下ではない。ミーゾリアンが前へ進む分、俺の体も引きずられるようにして斜めに落ちていく。


「くぅ……はあっ」


 なんとか受け身をとり、最小限のダメージに抑える。

 だが俺の体はズルズルと引きずられ続けていた。


「待て待て待て待てぇぃ!」


 引きずられながらもなんとか立ち上がり、両足を踏ん張ってこれ以上進めないように堪える。

 だがアームドコートのない俺ではわずかな時間稼ぎすらできなかった。


 このままでは追いつかれたササンクアが倒されて終わりだ。


 彼女は自分から攻撃することはできない。

 身を守ろうとしてもアンチガードシェルはマグノリアを閉じ込めるのに使ってしまっている。


 自身へシールドをかけてもヘビィアームド相手では長くは持つまい。

 ウォールオブプロテクションも似たようなものだ。


 ここで俺がミーゾリアンを止めるしかない。


「足止めが無理なら!」


 こちらから近づいてミーゾリアンの意識を俺へ向けさせる。

 ミーゾリアンに絡みついたままのワイヤーを巻き上げる。

 俺の体がミーゾリアンへ向けて文字通り飛んでいく。


「お前の相手は俺だ!」


 ミーゾリアンが振り向く。

 そのアゴ先を狙って肘を出した。

 〈危険な快楽デインジャラスプレジャー〉戦でやった攻撃だ。

 決まればアームドコートがなくても相手の意識を一撃で落とすことができる。


「その攻撃はすでに見ている!」


 ミーゾリアンは自分の太い腕を首に回してアゴをしっかりとガードしていた。

 肘が硬いものに当たる衝撃に思わず顔が歪む。


 それも一瞬。

 ワイヤーを切り離し、次のワイヤーを射出。

 一つでササンクアの体を巻き取り、もう一つで距離を取るために跳ぶ。


「す、すみません、ジニアさん……」


「いや、いい。勝負はこれからだ」


 俺の腕の中でササンクアは悄然としている。


「違うんです……アンチガードシェルが解けてしまいました……」


 その時、落とし穴からマグノリアが飛び出してくるのが見えた。

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