第142話 29 英雄、腹の探り合いをする
当然だがマグノリアたちも煙を目にすることになる。
俺たちになにか作戦があり、そのための合図なのだというところまでは予想するはずだ。
その場合、次に彼らはどう動くか?
事態を静観し出方を待つか。
それとも罠があるのを承知の上で踏み込むか。
待たれてはこちらの勝ち目はなくなるので選んでほしくないところなのだが。
だからマグノリアたちに動いて貰うためのエサを用意している。
それが偵察に出たティアだ。
単独行動をするティアを見つければ追いかけようとする可能性が高まる。
4対1というおいしいシチュエーションなのだ。戦えば負けるなどありえない。楽にポイントを稼ぐことができる。
それでも動かないようなら俺もオトリとして動くところまでは考えているのだが。
「どうやら動いてくれたようだ」
大きな音が近づいてくるのがわかる。
「素直に誘いに乗ってくれたのか、あるいはあちらの作戦にこちらがハマっているのかはわからんが……」
独り言ちていると木々の間をすり抜けるように駆けるティアの姿が見えた。
「ジニア様!」
「よくやった」
ティアは俺の脇をそのまま駆け抜けていく。
次にやってくるのは四人の屈強な男たちだ。
その足が俺を見つけたことで止まる。
「お待たせしましたかね」
一歩前に出て声をかけてきたのはマグノリアだ。
「いや、そうでもない。こっちこそ誘いに乗って貰ったようで悪かったな」
「いえいえ。どのような歓迎をしていただけるか楽しみにしていましたから」
その表情には自信が満ちている。
チューベローズたちとの試合ではトラップがあろうと構わずに前へ出る戦い方を貫いていた。
振り子の要領で迫る大木も、転がり落ちてくる大岩も、いきなり崩れ落ちる壁も、すべてヘビィアームドの装甲任せで足を止めることはなかった。
ひたすら前へ。
相手めがけて駆け寄り、殴りつける。
シンプルなたった一つの
それこそが彼らの強さだ。
「ところで、お一人なのですか?」
「ああ。今はな」
「そういうそっけない態度で私たちに周囲の警戒をさせようという腹ですね。この場合、トラップは足元にあるのがセオリーですが――」
マグノリアが視線を下へ向ける。
そしてなにかを見つけた。
「艶消しのワイヤーですか。これなら光を反射することはなく薄暗い場所では目につきにくい。しかも草を被せる徹底ぶり。短時間とはいえ見事な仕掛けです。ですがそれも発見されては意味がない」
一歩踏み出してワイヤーに足を乗せて踏みつける。
ビンと高い音を立ててワイヤーが千切れた。
それだけだ。
ワイヤーを踏んだことで他のトラップが発動するわけではない。
「時間的にこのワイヤーをスイッチにして大掛かりなトラップを仕掛けることはできなかったはず。恐らくは走っている時に引っ掛けて体勢を崩してくれたら儲けものといったところですか」
「そこまでお見通しか」
「そして陣形が乱れた隙に後方に回り込みたかったと読みますがいかがでしょうか?」
さっきからガサガサと木々が音を立てているのは、枝から枝へティアが飛び移っているからだ。
だがその動きも察知されている。
「聞こえてくる音は一つ。ヘビィアームドが身軽に動くのは難しいですし、ガードアームドはそれほど身体能力が優れているようには見えませんでしたから移動しているのは先ほどまで陽動に出ていたライトアームドでしょう」
「いい読みだ。塔へ行ったのは伊達じゃないな」
「お褒めの言葉をいただけたのだと思っておきます。ところでヘビィとガードはまだ伏せておくおつもりですか?」
「あの二人はこのチームの切り札だからな。せっかくだ。どう動くのか予想を聞かせて貰ってもいいか?」
この試合のリーダーはセオリー通りにガードアームドのササンクアにしてある。
試合展開によってはアンチガードシェルで時間稼ぎも考えに入れてあった。
一方、ポイントゲッターであるローゼルは相手を打ち倒すのが役割だ。
一対一で正面から殴り合う状態に持ち込むことができれば御の字。すべてが上手くかみ合えばポイントを取れるかもしれない。
「情報不足です。貴方のことですからどんな手で来るか想像もできません。ここは予断を持たず、流れに従うとしましょう。というわけで目の前のことを一つずつ片付けていくことにします」
マグノリアが腰を落とすと、他の三人もそれに倣った。
「まずは貴方から消えてもらいます。英雄ジニア!」
地面を蹴って四人が迫る。
「ちっ。一番イヤな展開か」
マルチブレスレットからワイヤーを射出して張り出した枝の上へ移動する。
次の瞬間、俺が立っていた場所に四つの拳が撃ち込まれる。
まるで爆発でもしたかのように地面がえぐり取られていた。
今日の俺は両腕にマルチブレスレットをつけている。
二つとも塔で入手したアーティファクトだ。ダンジョンで得られる物よりも高性能だとされる。
たとえばワイヤーはかなり丈夫で、凶悪な魔物でも引きちぎるのは難しい。数人分の重量など楽々支えることができる。
交互にワイヤーを射出して次々に場所を変えていく。
森の中だからワイヤーを引っ掛ける場所には困らない。しかも立体的な移動が可能だ。
この方法とこの場所であれば、ヘビィアームド相手ならアームドコートがなくとも移動速度で負けはしない。
「追います」
上下左右、あらゆる方向へワイヤーで移動する俺に対し、マグノリアたちは愚直に地面を走り続ける。
ただ走るだけではない。真っ直ぐにだ。
脇に抱えられる程度の若木であればなぎ倒していく。
「無茶苦茶だな!」
「貴方の移動方法こそ無茶でしょう。それも塔で入手したアーティファクトですか?」
「ああ。なかなかいいだろう」
「そうですね。気に入りました。塔に入ったら探してみることにしますよ」
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