第143話 30 英雄、木の上から見下ろす

 想定していたよりも森の中でのマグノリアたちの移動が速い。


 射出したワイヤーを利用し地面に足をつけることなく移動している俺とそんなに変わらない速度でついてきていた。


 木から木へ移動しながら次々にトラップを発動させていく。


 地面に隠しておいたネットが跳ねあがってマグノリアを捉えた。


「むっ、このような初歩的なトラップに引っかかるとは不覚」


 三人が足を止め、罠にかかったマグノリアを見上げるがそれもわずかな時間でしかなかった。


 二人が手を組んで足場になると、残った一人がそれを利用して跳躍し、ネットに手をかける。


「ふんッ!」


 力を籠めるとあっさり引き千切られてしまった。


 それならと木を倒して行く手を塞ぐが、拳のラッシュで秒も待たずにへし折られてしまう。


 足止めすら容易ではない。


 仕掛けたトラップの半分以上を使ったところで移動をやめ、大きな木の幹に体を固定する。


「まったく。そんなあっさりトラップを突破されたら俺たちの立つ瀬がないだろう」


 罠を警戒しているのか、マグノリアは少し離れた場所で足を止める。


「それは申し訳ないことをしました。この程度はそよ風に吹かれた程度ですからな。実際、チューベローズたちの仕掛けたトラップの方が緊張感がありましたよ」


 そりゃ落とし穴に先を尖らせた杭が置いてあったからなあ。


 最初からアームドコートの装甲で押し切る腹積もりで突っ込むマグノリアたちだったから問題はなかったが、駆け出しの探索者だと罠に落ちたら命の危険があったはずだ。


 それだけ危険度の高いトラップをものともしなかったマグノリアたちにとって、俺たちの仕掛けは手ぬるいと言われても仕方がない。


「しかし貴方の身体能力はどうなっているのですか。ワイヤーを使って移動をするなど普通は考えませんよ。それはただ筋力があればいいというわけではないはず。柔軟性、判断力、バランス感覚。どれ一つが欠けていてもできないでしょう」


「鍛えているからな」


「私も鍛えているつもりなのですが……」


 言いながらマグノリアは体を捻り、両腕を組む。

 他の三人――ラークスパー・スウープ、ミーゾリアン・ボーレック、ファレノプシス・ポーターも思い思いのポーズをとっていた。


 アームドコートの下では胸、腕、太股の分厚い筋肉が盛り上がっているのは想像に難くない。


「私の考える体を鍛えると貴方のそれとは違いがあるようです」


「そりゃそうだ。いくら見栄えのする筋肉をつけたってアームドコートとは比べ物にならないからな」


 体内にある魔力素というモノが形状や性質を変化させるというシクモアの言う説が正しいのだとしたら、筋肉とは比較対象にならない。


 事実、アームドコートは金属のような強度を持っており、装甲としても機能するのだ。

 だから傷を負わせる目的のトラップがあったとしても、当たり所を間違えなければケガをすることはない。


 だが筋肉で同じことをするのは不可能だ。

 いくら筋肉を鍛え、増やしてもナイフなどで斬りつけられれば無傷では済まない。筋肉はアームドコートの代替物にならないのだ。


「塔やダンジョンで生き延びるために必要なのは筋肉だけじゃないからな。経験や知識は当たり前として、体のキレやスピード、しなやかさ、持続性なんかも必要だ。覚えておくといい」


 そのアームドコートとて万能ではない。

 長時間の召喚は、たとえベテランの探索者であっても難しいものだ。


 アームドコートの本来の用途はここぞというときに肉体を補助する道具なのを忘れてはならない。


 心身を鍛えることには意味がある。


 筋力をつけ、体の効果的な動かし方を知っていれば、アームドコートがなくても多少の重量物であれば持ち上げることはできる。


 走り続けたり、長時間の集中を維持したり、危機的状況下において冷静になったり、次に起きることを推測したりといったことこそが探索者にとって真に大切なことなのだ。


 再び塔へ行くと決めてから――いや、聖塔探索士タワーノートになるのだと決意してからというもの、俺は心と体を鍛え続けてきた。


 塔に入ってからはノービススーツの常用をしてきた。

 だから今の俺の体の仕上がりは伊達ではない。


「金言、感謝いたします。あれからノービススーツを常に身に着けるようにしています。今ならば貴方を超えていると言ってもいいでしょう」


「お役に立てたようでなによりだ。だが簡単に俺を超えられるかな?」


 皮肉ではなく笑いかける。

 マグノリアも笑っていた。


「私は今こそ、敬愛する英雄を超えてみせます!」

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