第106話 英雄、前チームを発見する

 魔獣以外に敵の姿はない。

 キマイラと一対一で戦うタンジーはまるで古の剣闘士のようだ。


「ササンクアはキャトリアの治療を。ティアとローゼルはタンジーの援護だ。だが無理に仕掛けるな。まずは時間を稼げ。あれはディープアリゲーターよりもずっと恐ろしいバケモノだからな」


 二人の顔色は緊張のあまり青白くなっている。

 噛みしめる唇にも色がないほどだ。


「俺はニモフィラから事情を聞く。状況がわからなければ作戦もなにもないからな」


「わかりましたわ。いきますわよ!」


「うん!」


 二手に別れて走る。


「ジニア! ジニアぁ! キャトリアが死んじゃう。なんとかして……お願い……」


 横たわったキャトリアは虫の息だった。

 美しかった顔の右半分が焼けただれている。


「あのバケモノが火を吐いたの。キャトリアがわたしと助けてくれて。でもキャトリアが炎に焼かれて……もうどうしていいか……」


 言いながら俺に取りすがるニモフィラの腰のあたりが濡れていた。


「大丈夫です。私の癒やしの力を信じてください」


 ササンクアがニモフィラを遠ざけてくれと目顔で言っている。


「ニモフィラ、あとのことはササンクアに任せるんだ。それより話を聞かせてくれ。今はどういう状況なんだ」


「ひっく、ふ、ぐぅぅ、う、うぅぅ……ふぅ、ふぅぅ……あ、あの……よく、わかんないん、だけど……」


 ストレージから水筒を取り出してニモフィラに渡す。話を聞き出すには少し落ち着いて貰う必要がある。


「ありがと……ごくごく……ふぅ。え、っとね。あいつが、言い出したことなの」


「あいつ?」


 そういえばチームから俺を追放したボールサムの姿が見えない。


「……死んだのか?」


「わからないの。転送の時にはぐれちゃって……あいつが言ったの。困っている者がいるのなら助けにいくのが貴族としては当然だって、いきなりそんなこと言うから、助けられるのはあんたの方でしょって思ったんだけど、転送トラップでダンジョンから、戻れてないチームがいるのは事実だったから、みんなで救出にいこうって、話になったの」


 落ち着こうとしてか、ニモフィラが肩を大きく上下させながら浅い呼吸を繰り返している。

 たくさんの涙を流したあとが顔に残っているので、指の腹でグイグイと擦って消してやった。


「なんかね、あいつ、やけに詳しい情報持ってたの。まだギルドにも報告されていない隠し部屋とか、トラップのある場所だとかね。知り合いから、教えてもらったんだって言ってた。その情報通りに隠し部屋で転送トラップを見つけて、どうすれば起動するかを調べてたらいきなり動き出しちゃって……」


「それでここへ転送されたわけか。その時点ではもうボールサムは一緒じゃなかったんだな?」


 こくりとニモフィラが頷く。


 ということは元の場所に残されたままなのか、あるいは別の場所に飛ばされたのか。


 元の場所に残っていたのならギルドに報告が入っているだろうから、別の場所に飛ばされたと考えるのが妥当か。


 戦闘能力が高いとはいえ探索者としては素人同然のあの男が地下二層以降に単独で放り出されて無事だとは思えない。


「それからどうしたんだ」


「待っていても仕方がないから自力で脱出しようってことになって、ここまでなんとか来たんだけど、地図にはなかった広い場所に出ちゃって。出口があると思ったんだけど、間違ってたみたいで……」


 ニモフィラの足元には、俺たちも途中で見かけた金属製の薄いプレートが落ちていた。

 この地図を頼りに出口がここにあると思って移動して来たのだろう。


「わかった。あとはあの魔獣について教えてくれ。どこから現れた?」


「この部屋に入って、出口に繋がる通路はないか調べようとしたらいきなり現れたの。全然、気配なんてなかったのに、まるで転送されてきたみたいに背後から叫び声が聞こえて、振り返ったらあの魔獣がいて……」


 自身の体を抱きしめ、わなわなと唇を震わせている。

 ショックのあまり立ち上がる気力すらないように見える。


「上を向いた魔獣が炎を吐いたの。とっさにキャトリアが私を突き飛ばして。でもキャトリアは、ほ、炎に焼かれ、て……あ、あああぁぁぁ! キャトリア! キャトリアごめんなさい! あたしのせい……あたしのせいで……」


 地面の砂を握り締めて悔恨の言葉を迸らせる。


 あの魔獣はここを通りかかった者に襲い掛かるガーディアンみたいなものか。


 出口があると信じてここまでやってきた者を絶望の淵に叩き込むには相応しい凶悪な魔獣だと言える。

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