第107話 英雄、魔獣に立ち向かう

「大丈夫です。キャトリアさんは助かります」


 額に玉のような汗を浮かべるササンクアの言葉にニモフィラが顔を上げる。


「ホント? キャトリアは元に戻る?」


 意識は取り戻していないが、キャトリアの呼吸は落ち着いているようだった。

 彼女の半身も元通りになっている。


「はい。もちろんです。だからここから脱出するためにあの魔獣をなんとかしてください。お願いします」


 ササンクアの顔は疲労の色が濃い。

 癒やしの力を使って魔力の余裕がないのだろう。


「ササンクアはどの程度動けそうだ?」


 しばしの沈黙。


「シールドが一度。あとは癒やしの力として温存しておきたいと思います。キャトリアさんぐらいの損傷なら治癒できるようにしておきたいので」


「残した魔力で絶対防御障壁アンチガードシェルは使えるか?」


「……使えます」


 わずかな逡巡の後、ササンクアは言い切った。


「それなら――」


「ですが物理攻撃ではない炎は防げないと思います。だから絶対防御障壁アンチガードシェルで時間を稼ぐことはできないと思ってください」


「……わかった。じゃあ、ササンクアはここでキャトリアたちと一緒に待機だ。なるべくヤツの意識が向かないように俺たちは立ち回る。シールドはニモフィラにかけてやってくれ」


「はい」


 ニモフィラが驚いたような表情で俺たちを交互に見ている。


「ど、どういうつもりなの? 動けないキャトリアをここから連れ出すべきでしょ!?」


「どこへ?」


「どこって、入ってきた扉の向こうとか」


「あそこはゴーレムが集まっているから無理だ。今は一緒に救助に来てくれたチームがここへの侵入を防いでくれている」


「そんな……」


「それに腰を抜かしている奴の面倒も見てやらないといけないだろう?」


 それを聞いてニモフィラが頬を染める。


「うううぅ~」


 握った拳で自分の太股を叩いているが、思うように力が入らないようだ。


「そこで座って見ていればいい。あの魔獣を倒すところをな」


「簡単に言うけど、あんなバケモノをどうやって倒すのよ! ジニアはアームドコートの召喚だってできないのに! いつだって無理ばっかりしてっ。仲間に心配させないでよ!」


「魔獣だって生き物だ。それなら倒し方なんていくらでもあるさ」


 巨大なディープアリゲーターだって戦い方によってはあっさり倒すことは可能だ。

 キマイラにだって攻略法があるはずだ。


 決意を込めて立ち上がると、釣られるようにしてニモフィラも腰を上げる。


「待って! 私もいくから! 嫌だよ、またジニアがどこかにいっちゃうなんて!」


「立てたじゃないか」


「え? あれ?」


 俺に対する憤りで、キマイラから受けた精神的なショックを乗り越えられたのだろう。


「じゃあ、役に立って貰うからな。ニモフィラにシールドを頼む」


 頷いたササンクアがシールドを付与してくれた。


「いいか。ティアと合流したら速度を生かしてヤツの後ろに回り込んでくれ。そしてヘビの意識を自分たちに向けるようにして貰いたい」


 キマイラにはライオンとヘビの頭がある。それが協力して戦われると厄介だ。

 しかしそれぞれが異なる存在に敵意を向ければ、二つの頭が足枷となって動きに隙が生じやすくなる。

 しかも胴体はヤギのものだ。動きに混乱が生じる可能性だって出てくるだろう。


「ヘビには毒があるはずだから無理に手を出すな。あくまで意識を向けさせるだけでいい」


「解毒はできますが、あまり魔力に余裕がありません。それだけは忘れないでください」


 水を含ませた布をキャトリアの口元に当てているササンクアはこちらを見ずに言った。


「だそうだ。ティアにもそう伝えてくれ」


「わかった」


「俺はタンジーたちとライオン頭をなんとかする」


 唇を噛みしめたニモフィラが俺の上着を掴んだ。


「絶対に死なないで。これ以上チームメイトがバラバラになるなんてイヤだから」


 まだ俺のことをチームメイトと呼んでくれるのが嬉しかった。


「いくぞっ」

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