第38話 英雄、お兄さんの気持ちになる
「こちらですわ!」
ギルドに併設されている食堂に入ると、ティアが手を挙げて合図してくれた。
食事の時間は人が多いからテーブルを確保するのも大変だっただろう。
「遅くなって悪かった。食事の注文はしたのか」
「はい。ジニアさんはいつものスープでいいんですよね」
「ああ」
物欲しそうな顔をしてローゼルが俺を見る。
「だからあれはなしだからな」
「しゅん」
いまだにローゼルは食堂の食事に不満なようで、レプリケーターをそれとなく要求してくる。
というか一緒に食堂へ入る度にこのやり取りをしている気がする。
「そういえば先ほどゴールデンロッド様の配信でわたくしたちの生配信が取り上げられていましたわ」
食堂にも大人数が見られる大きさのボードが設置されている。
今もボードの前には人だかりができていた。
「俺もギルドの方で見たよ。閲覧者数も多いそうだな」
「あんな風に取り上げられると、なんだか面映ゆいですね」
「ローも、ティアも、クアも、みんな、うつってた」
俺たちのノウハウ配信は三人が中心に映る構成になっている。
理由の一つはアームドコートの召喚ができない俺が目立つのを避けるためだ。
ダンジョン攻略なんて簡単だと勘違いをされたらアームドワーカーではない者が挑戦しかねない。
もう一つは新人が陥りやすい状況を実際に見せるためだ。
こうすれば具体的になにを避けるべきか、問題が起きたときにどう対処すればいいのかがわかりやすい。
トライアンドエラーで身につけていく知見を、実際に体験しなくても配信を見ることで知ることができるはずだ。
慣れた探索者向けの効率的な攻略法は他のチームに任せ、俺たちはあくまで初心者向けのものを見せていく。
これが受けている理由なのかもしれない。
「ファンクラブはないのですかっておっしゃってましたわ。そんなものが本当にできてしまったら困ってしまいますわね」
この方針には思わぬ副作用があった。
三人が成長していくところを余すところなく見せるので、アイドル的な人気が出てしまったのだ。
「いいか。知らない人に声をかけられてもホイホイついていったらダメだぞ」
ティアとローゼルは貴族だからそっち方面でも警戒は必要だ。
大っぴらにアストライオス家へケンカを売る怖いもの知らずはいないだろうが、貴族の倫理観は俺には想像もつかないからな。
ササンクアは聖女という希少性があるので、他のチームからスカウトされることだって十分に考えられる。
「そんな心配はご無用ですわ。わたくしたちだって一人前のレディなのですもの」
うん。一人前のレディならそれはそれで心配ではあるんだけどな。
親子ほどとは言わないが双子とは年齢差があるので、どうしても保護者的な目で見てしまう。
「ローも、レディ」
一番不安なのがローゼルなんだからな?
美味しいものをあげるよと言われたら尻尾を振ってついていきかねない。
ローゼルはぼんやりとした表情で俺を見ている。
「にへへ」
視線が合うとにっこりと笑った。
……不安だ。
「最近、ギルドに入ると視線が向けられるのがわかるんですの」
「ローも、みられてる」
「ああ、やっぱり。皆さんもそうなんですね」
それを聞いて周囲を見渡してみると、たしかにいくつかの視線がこのテーブルに向けられているようだった。
偶然、視線が合った奴をじっと見ておく。
相手が視線をそらしたらよし。ちょっかいをかけてこようとは思わないだろう。
「シショー、めがこわい」
「心配しているんだよ、俺は」
「心配しすぎですわ」
「ふふ。なんだか過保護なお兄さんみたいですね」
なぜだか三人は笑っている。
いいさ、笑いたければ笑うがいい。
俺はチームのキャプテンとしてメンバーを守らなければならないんだからな。
「……どうした?」
三人の視線が俺の背後に向けられている。
スノウボウルでも来たのかと思い振り返る。
そこに見知った姿があった。
俯いていて表情はわからない。
別れた時に撫でた白銀色の髪が艶を失っているようにも見える。
肩はこんなにも小さかっただろうか。
「ジニア……」
絞り出すような掠れた声だった。
「お願い、ジニア。戻ってきて……」
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